ハッピーエンドを迎えたかった人魚姫

有栖川ヤミ

前編(主人公視点)

デート終わりの喫茶店。

「別れよう。気になる人ができたんだ。」

俺が言うと、

「言い忘れてたことがあるの。」

彼女はいつもと変わらない様子で言った。

「何、別れ話の最中に必要あること?」

俺は苛立ちながら言葉を返した。

「私本当は、ハッピーエンドの映画より、バッドエンドの映画が好きなの。」

「は?」

何言ってんの、コイツ。

「だからね、あなたと一緒に見た映画は、全部好きじゃなかった。」

「あ…そう。それだけ?」

「だってハッピーエンドって、予定調和感があるし、大方ご都合主義じゃない。私はそれが気に入らなかった。」

「はぁ…つまり何が言いたいわけ?」

「全部あなたに合わせてきた私が他に目移りされて振られるのって、バッドエンドだなって思って…」

そう言いながら、ぽろぽろと涙を零す。相変わらず一言一言が回りくどい。昔はこういうところも可愛いと思えたのにな。

「もう冷めたんだよ。よくある話だろ。」

「私だって何度も冷めて、でもその度に恋をしてきたわ。」

愚図りながらこちらを睨んでくる。

「五月蝿いな、頼んでないだろ。」

「こんなことなら、人魚姫になりたかったわ。」

「泡になって消えたいとでも?」

あまりのメルヘンぶりに思わず笑いそうになる。

「いいえ、今からでも人魚姫にはなれる。」

どうしてこんな痛い奴と付き合ったんだろう?顔が可愛いからか、なんてつまらない自問自答をする。

「とにかく、星羅とはもう別れるから。」

「分かったわ、さようなら。」

星羅は俺が昔あげたハンカチで涙を拭うと、性急にその場を立ち去った。

あ、合鍵返してもらうの忘れた。

呼び止めようとした時には、彼女はもうタクシーに乗っていた。

「まぁ、いっか。」

でもメンヘラ気質だったからな…少し悪寒が走る。そこそこ可愛い容姿だし、俺なんかに執着しなくてもすぐに彼氏ができるだろうに。


そんなことを考えている間に、部屋についた。部屋を片付けて、星羅に貰った物を一通り棄てると、疲れてベッドに倒れ込んだ。

まだ18時だけど、少しだけ寝てしまおう。

ーーガチャリ、と扉の開く音で目が覚める。

するとそこには、包丁を持った元彼女が立っていた。

「は、お前…何して…る?」

恐怖で呂律が回らない。

「何って、私は人魚姫になるのよ。」

「な…んでそんなものが」

「あはは、俊くん人魚姫も知らないの?」

「知ってるよ、泡になって消えるんだろ。」

「その、前の展開よ。」

ーーザクッ。彼女は笑顔で俺の足を刺した。

「う゛ああああああああああ!い゛たひいい」 

「もう、静かにしててよ!」

彼女は俺の口をテープで塞いだ。

「ん、んー!!」

ダメだ、何も言えない。

てか普通刺す!?別れたからって刺すか!?

意味分かんねぇ…。足いっっっった。

「王子様を刺し殺すよう言われるの。殺せば、彼女は泡にならなくて済むのよ。」

なるほどな、俺殺されるのか。

不本意だけど納得してしまった。

星羅は本当にヤバい奴だったのだ。

ああ、人生ミスったな俺…。

足から全身の血が引いていくのが分かる。

「愛してるわ、俊くん」

そう言って微笑んだ星羅は、鳩尾の辺りに包丁を振り下ろした。想像以上に激痛が走る。

多分俺はもう助からないし、星羅は殺人罪で捕まることになるだろう。

なんというバッドエンド…百点満点かよ。






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