第八章 携帯電話

子猫を抱く仕草が好きだった。


早くに両親を亡くしているせいだろうか、伸男は動物が好きであった。

じゃれつく子猫を、いつまでも飽きずに眺めている。


そんな伸男に少し焼餅を焼いてしまうほどだった。


そんな時、別に気持ちを表情に出しているわけでもないのに伸男は雪子の顔をのぞき込むとイタズラッポイ目をして言うのだった。


「どうしたの、子猫ちゃん・・・?」

気持ちを見透かされて、雪子はわざとつっけんどんに答える。


「別に・・何でもないわ・・・」

横を向く雪子の顔に覆い被さるように、伸男の顔が近づいてくる。


「ユキ・・僕の・・大切な・・・人。

愛しているよ・・ユキ・・・」


「伸・・ちゃん・・・」


二人のシルエットが重なる。


伸男の細い指が、それより幾分小さい雪子の指にからみつく。

やがて、もう片方の雪子の指は伸男の背中をゆっくり廻っていく。

 

男の唇が離れ、雪子の白いうなじに熱い息をかけた。


※※※※※※※※※※※※※


「愛している・・雪子さん・・・」

首すじをくすぐる感覚に身体が熱くなる。


「ああ、だめ・・片山さん・・・」

雪子は最後の力をふりしぼって片山の腕を擦り抜けた。


そして足早に駆け出すと、家の門の中に消えていった。

しばらくその家を見つめていたが、片山は肩をおとし駅の方へと歩いていった。


突然、携帯のベルが鳴った。


「はい・・・?」

「私です、ごめんなさい・・片山さん・・・」 


雪子の声であった。


片山は振り返り、二階の窓を見た。

シルエットが一つ、微かに見える。


「別に・・気にしてないよ・・・。


まだ、君の中にいるんだね?

伸男っていう人・・・・

相川さんから、だいたいの事は聞いているよ。


でも、僕はかまわない・・・

いつまでも待っているから・・・」


「片山さん・・・」


「じゃあ、切るよ・・・。

又、電話してくれるかい・・・?」


「ええ、本当にごめんなさい・・私・・・」 


「いいんだよ・・・じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい・・・」


片山は振り返り、歩いていった。 

二階の窓から男の背中を見つめて、雪子はいつまでも立ちつくしていた。


春の宵も随分暖かくなってきた。

桜はもうすぐ終わり、やがて新緑の季節を迎える頃になっていくのだった。

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