第二章 桜並木

車は大手町にある広洋銀行本店に向かっていた。

皇居の桜が春を待ちわびるように蕾をふくらませている。


「あれから8年にもなるのか・・・」

「えっ・・・?」


今日の役員会議の議題を確認していた雪子は、びっくりしたように父の顔を見た。


「伸男君と四人で花見をしただろう?

お前が朝早くから起きて・・・

はりきって弁当をつくって。

いい・・天気だったなあ・・・」 


桜並木を見つめながら感慨深げに父が呟いた。

雪子は何も言わずに桜並木を眺めている。

  

「お前もそろそろ・・・

いや、よそう・・・。


まだまだ有能な秘書を手離したくは、

ないからなぁ・・・」  


大きく伸びをした父の肩にもたれ、雪子は囁くように言った。


「ふふっ・・・。

それと可愛い娘を・・・

でしょ・・・?」


「おいおい、今年で二十五にもなるのに、

少し、ズーズーしくないかね?」


「まあ、ひどい・・・」

二人は顔を見合わせ笑った。


※※※※※※※※※※※※※※※


車が会社の前で止まり、二人は業務用の大きなエントランスホールに入っていった。

その顔は頭取と秘書の顔に戻っている。


「今日のスケジュールの確認をします。

八時から十二時まで役員会議。


そのあと昼食会を兼ねて、

各支店長からの報告を聞きます。


十三時半から提携交渉中のベルツ銀行の方と会談をします。

そのあとは一応フリーとなっていますが・・・。


民自党の小田幹事長から会談の要請が入っています」


「小田さんか・・・。

とりあえずベルツとの話が終わってからだから、

夕方電話すると言っておいてくれ・・・」


エレベーターに乗り込みながら正秀が言った。


「かしこまりました・・・。

では、私は秘書室で待機しておりますので

何かありましたらお呼び下さい・・・」


頭取室をあとにして背筋を伸ばし雪子が出ていった。

既に正秀の頭の中は銀行業務でいっぱいだった。


役員会議室の方へ足を運んでいた。 

緊張した空気がみなぎっている、今日の役員フロアであった。

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