第2話「報復の牙」


 夢を見た。透明な色をしたサメが語りかけてくる。


「あっ、あんた! 何者だ! というか何で僕生きているんだ!?」


「落チ着ケ。ニンゲン。我ハ今、ソナタノ精神ニ語リカケテイル」

 精神に語りかけている。という事は実際に会話しているわけではないという事か。


「ソナタノ肉体ハ既ニ死ンダモ同然。シバラクスレバ確実ニ死ヌダロウ。シカシ、助カル方法ガ一ツダケアル」


「なっ、何だ! 教えてくれ!」

 僕は藁にもすがるような思いでサメに聞いた。


「我ト契約シロ。ソウスレバココカラデラル」


「どういう内容?」

 僕は不安さを隠せずに聞くと、サメが不気味に口角を上げた。


「我ノ姿ト成リ、ココカラ抜ケ出スノダ」

 僕がサメになる。そんな事が可能なのか? というかそれしかないのか?


「ソナタノ肉体ハ死ンダモ同然。唯一ノ救イハコレシカナイ」


「なんで他の生き物には取り憑かなかったんだ?」


「他ノ生物ハ弱イ。鯉モ亀モ海ニハイケヌ」

 なるほど、淡水のみに適応している生き物には乗り移れないという事か。


「あんた。ひょっとして昔、ここで死んだって言われているサメか?」


「ソノ通リ。我ハココデ死ニ、魂ノミガ残ッタ」

 勘違いかもしれないが、サメの声がどこか悲しそうに聞こえた。きっとここで死んだのが無念だったのだ。


 僕もその気持ちが痛いほど分かる。こんな形で死ぬなんて、あんまりだ。死んでも死に切れない。


 サメはここから出たい。僕も奴らに復讐したい。断る理由などどこにもなかった。


「わかった。契約しよう」

 絶対に許さない。僕をここから突き落としておきながら、のうのうと生きている。


 僕は契約を受諾する事を伝えると、サメがゆっくりと胸の中に吸い込まれるように入っていった。


 どれくらい不動のままだっただろうか。ゆっくりと意識を覚醒させていくと視界は濁った水の中だった。


 体の感覚が明らかに人間じゃない。ああ、本当にサメになったんだな。水面を見上げると晴天と太陽の光が差し込んできた。おそらく一晩、この川の中にいたんだ。


 僕はなれない体を動かして、ゆっくりと報復へと一歩を踏み出した。


 体を徐々に慣れさせながら、今後のプランを頭の中で練っていく。復讐をするにせよ、段取りは必要。

 

 二日目の予定は確か、川下りだったはずだ。ならここら辺の川を探索すれば、あいつらとも遭遇できるはずだ。


 頭の中で計画を練り、ゆっくりと自然豊かな森に覆われた川の中を進んでいく。一人で泳ぐとはこんなに気持ちが良いものなのか。いや、今の僕は一匹だった。


 自分で自分の事を突っ込んでいると近くから気配を感じた。近くの岩陰に隠れていると見知らぬカヌーがゆっくりと川を下っていた。


 そこには何と金城の取り巻き二人が乗っていたのだ。


 まずはあの二人に狙いを定めた。こいつは自分では何もしない癖に口だけは達者。つまり、腰巾着の様な存在だ。


 僕は金城の後ろでこそこそする虎の威を借る狐のような態度が気に入らなかった。絶対に許さない。


 僕はバレないようにすぐさま水底に身を潜めて、襲撃のタイミングを見計らった。


 金城の取り巻き達はカヌーで川下りを楽しんでいた。おそらく篠宮と彼女とのひと時を邪魔したくないのだろう。


 こいつらを片付けた後は金城達に狙いを定めよう。


 川の水はそこそこに濁っているが、水深はかなりあるなので不自由ではない。


 むしろ僕からすれば好都合だ。


 待っている間。僕は自分を鼓舞するために過去の苛烈な仕打ちを思い出していた。


「白中のやつ。まだ見つかってねえらしいぜ」


「マジかよ。俺らのせいじゃねえよな」


「ないない。てかあいつが勝手に消えただけだろ」


「そうだな」

 取り巻き二人がゲラゲラと聞くに耐えない笑い声をあげた。お前らの大将が母さんへのお土産を捨てたせいでこうなっているんだろう。


 腹の底から怒りが沸沸と湧いて来た。


「そういや、篠宮くんって今、どこにいるんだ?」


「海じゃね。彼女と乳繰り合ってんだろ」


「いいなー。俺もクラスメイトの女子適当に声かけようかな」


「どうせヤりたいだけだろ?」


「当たり前だろ?」

 再び、水上から取り巻きの二人が下品な話題と笑い声が聞こえた。それがお前らの最期の会話だ。



 僕は勢いをつけて船底に体当たりをした。その瞬間、二人を乗せたカヌーは思いっきり、ひっくり返って、二人とも川の中に投げ出された。


「なんだよ! 岩にでも当たったか!」

 水の中は濁ってはいるが、そんなに派手に動いていると嫌でも居場所がわかる。


 まずは一人目、食うか。僕は素早く忍び寄り足に噛み付いて、水底まで引きずり下ろした。


 鼻腔を駆け巡る血の匂い。ああ、美味い。


 口からぶくぶくと泡を吐き出して、何かをほざいている。きっと命乞いだろうが関係ない。


 奴は細身だったため、皮と骨しかなかったが、とりあえず、内臓とお情け程度につけられた脂肪を食らった。


 味は悪くなかった。しかし、これだけでは満足しない。


「おい! どこ行ったんだよ! 返事しろよ」

 もう一人の方に目を向けると震えた声を上げながら、辺りを見渡している。僕に手を出していた時とは大違いだ。


 僕は勢いをつけて、背びれを見せた状態でターゲットの方に向かった。


「サッ! サメ! うわああ! たっ、助けて!」

 聞くに耐えない程、情けない声を上げて足をばたつかせる。距離が近づくほど、心臓の鼓動が高鳴り、気持ちが高揚とした。


「ぎゃあああああ!」

 岸に上がる寸前で片足に噛み付いて、水中へと引きずり込んだ。左右に振り回して、鋭利な歯を肉や骨に食い込ませる。


 苦しそうな顔を浮かべながら、必死に両腕を振っている。おそらく抵抗しているのだろうが、痛くも痒くもない。


 力強く振り回して数分後、ピクリとも動かなくなった。


 今、海辺ではあの金城と篠宮がイチャコラしている頃だろう。全くけしからん。すぐさま、ぶち殺してやらねばならない。


 前菜を食い終えたので、メインディッシュを口にするために僕は海の方に向かった。

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