きさらぎ駅に連れてこられたオタクが特定する話
ナトリウム
問題編
目を覚ますと、まず視界に入ったのはこちらを見下ろす白い三日月だった。
身体は寝袋に入っているらしいが、冷たく硬いコンクリートの感触は身に伝わってくる。その寝袋の中で手足を縛られているらしく、どうやらろくに動けそうもない。身体が重く、しかも喉が痛く枯れている。
どうやら“奴ら”を深追いしすぎたようだ。取引現場の情報を掴み張り込みしていたところまでは記憶があるが、そこで気絶させられ拉致されたらしい。そして今いるこの場所に放り出されたというわけだ。“奴ら”は直接的な殺しを好まない。返り血や皮膚片など何かしらの証拠が残るからだ。その代わり、気絶させてから遅効性の毒を飲ませて人の来ない場所に放置する。そして数時間経って、自分達が居なくなってから勝手に息絶えさせるというやり方を取るのだ。…まさか自分がされる側になるとは迂闊だった。
しかし俺はまだ生きている。声が出せない状況だが、縛られた後ろ手を動かして何とかポケットに忍ばせていた通信用端末を手に取った。長年“奴ら”を追ってきた俺たちは既に解毒剤を完成させている。毒が回る前に仲間に連絡をして助けに来てもらわねば。
(くそ…ここはどこだ…)
暗闇に目が慣れてくると、どうやら今いる場所が駅のホームらしいことが分かってきた。ホーム1面に線路1線という小さい駅だが、周りの風景を見るにそれなりに住宅がある町の中にあり、そして高架らしい。
だが駅のホームならどこかに駅名標があるはずだ。それさえ確認すれば場所など一発で…何とか身体を起こし辺りを見回す。目当てのものは数メートル離れた屋根のない場所にあった。だが、そこにはこう書かれていた。
「きさらぎ駅」
(舐めやがって…)
こうなることを予見した“奴ら”の仕業だろう。本来の駅名が書かれた上からシールか何かで目隠しをしているらしい。
駅名が分からないとなるとそれ以外の情報から駅を特定せねばならない。何時間気絶させられていたかも分からないから地域の特定すら困難だが、俺には自信があった。“奴ら”はおろか仲間にも知られていないことだが、俺は鉄道オタクなのだ。JR全線完乗済みの経験を思い起こせば、駅の特定くらいやってやる。
まず駅の様子を概観した。古い駅だ…いや、違う。古く見えるが鉄骨造のホーム屋根やプラ製のベンチは古くはない。ただ錆や汚れがそう見せているだけだ。あまり手入れがされていないらしい。…一つ気になったことがあり、俺は線路を覗き込んだ。レールの踏面に錆はない。廃線なら列車が通らないうちにたちまち錆び付いてしまうはずだが、そうでないということは営業線なのか…?
顔を上げ視線を戻す。ホームの長さは50mくらいだろうか、せいぜい2両編成くらいしか停まらないということか。架線柱は見えないからおそらく非電化。暗くて先がよく見えないが、ホームの片方の端からすぐのところがトンネルになっているようだ。トンネルを出てすぐ駅、というのはよくあるが、それにしては周りに人家が多い。谷間の集落…?
他に特徴的なものと言えば、先程の駅名標の手前には何故か祠があった。「きさらぎ駅」の文字と妙に親和性のある存在だが、「ホームに祠がある駅」だけで特定できるほどの知識は持ち合わせていなかった。
夜風が頬を掠める。寒い。どこだか分からないが、冬なら毒など飲ませなくても凍死させられそうだ。凍死にしろ服毒死にしろ俺は今ここで死ぬわけにはいかない。JR全線は完乗したが私鉄があと半分くらい残っているのだ。
ここまでの情報をまとめてみよう。
~~~~~
・非電化路線、1面1線の高架駅
・ホームは2両分ほど
・構造物は古くはないがあまり手入れされていない
・レールには最近車輪が通過した痕跡がある
・ホームの片端はトンネルに近い
・周辺は人家がある
・ホーム上に祠がある
~~~~~
倦怠感が増してきた。毒が少しずつ効いてきているようだ。早いところ駅を特定して助けを呼ばなければ。今まで巡って来た駅を片っ端から想起しながら当てはまる駅がないか脳内で検証していく。この駅は一体、どこだ…!
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