第2-9話 湿地帯の魔物
俺たちはギルドの用意した馬車に乗って、フォーゲルン大湿地に向かっていた。
外を見れば、他の冒険者や物資を乗せた馬車が列をなしている。
今回は騎士団と合同で魔物の排除に当たるわけだが、一緒に戦うというわけではない。
騎士団は騎士団のみで、冒険者は冒険者のみでいくつかのグループに分かれて、それぞれで魔物を討伐する。
騎士団と冒険者がいきなり連携するなんて不可能だから、これが妥当なところだろう。
フォーゲルン大湿地は広大だが、異常発生した魔物の数自体は少なく、大まかな分布状況はすでに判明している。
魔物一匹に対して複数人のチームで討伐していくのが、最も安全で効率がいい方法だ。
「討伐対象の魔物は頭に入ったか?」
「倒し甲斐のありそうなやつは全部覚えたよ」
「ルカも他の冒険者たちじゃ手に余りそうな魔物は覚えたよ!」
それなら大丈夫か。
冒険者たちだって強いからな。
Cランクまでなら心配する必要はない。
俺たちはBランク以上の魔物を優先的に倒していこう。
そんなこんなで順調に馬車は進み、野営をはさんで翌日。
俺たちはフォーゲルン大湿地に到着した。
冒険者たちのグループから少し離れたところには、騎士団たちの姿もある。
「初めて見たけど……ホントに広大だな、フォーゲルン大湿地」
地面はぬかるみ、いたるところに水たまりや沼がある。
軽く霧が出ているし、湿地内には背の高い植物も多い。
足場の悪さだけでなく魔物からの奇襲を警戒しないといけないから、冒険者たちにとってはさぞ戦いにくいフィールドだろう。
「まあ、俺たちは足場なんて気にする必要がないんだけど」
ルカのスキルのおかげで俺たちは問題ないし、ミラは空を飛べるからな。
足場を気にしなくていいだけで、かなり戦いやすくなる。
「それじゃあ、最終確認を──」
冒険者たちのリーダーがもう一度作戦内容を説明してから、とうとう作戦開始となった。
それぞれのグループに分かれて、討伐対象のいるポイントに向かう。
ちなみに、騎士団のほうも俺たちと同じタイミングで動き出していたぞ。
俺たちが湿地帯の奥のほうに向かって進んでいると、さっそく蛇の魔物とエンカウントした。
「シャァァーー……!」
「そいつは討伐対象じゃねぇ。適当に追い払っとけ」
「了解です、リーダー」
魔物の近くにいた冒険者が軽く威嚇すると、その魔物はそそくさと逃げていった。
それからさらに進むこと数十分。
今度は討伐対象にエンカウントすることができた。
「あれはマーダークロコダイルだな。フィジカルに特化した魔物だ。気をつけろ」
沼の中からこちらの様子をうかがう二匹のワニ。
その攻撃力や凶暴性もさることながら、最も厄介なのは生半可な攻撃は通さない鱗による防御力だ。
「あれは冒険者たちじゃちょっと危険だね。というわけで【デコイ】」
沼のほとりにミラの分身が二体現れる。
マーダークロコダイルたちは勢いよく沼から飛び出し、分身に噛みつく。
そこへすかさずスキルを発動したミラ。
「かかったね、【催眠術】」
マーダークロコダイルたちが眠ったところで、俺とルカは同時に動いた。
瞬時に肉薄し、その首を斬り飛ばす。
俺は【身体強化】を発動した剣で。
ルカは進化で獲得したエクストラスキル【剛力無双】と【炎斬拡張】を発動したフレアネイルで。
【炎斬拡張】。
炎による斬撃を繰り出す際に、その攻撃力とリーチを大幅に引き上げるという効果のスキルだ。
このスキルはルカと非常に相性がいい。
ルカは炎の爪による斬撃を主体にこれまで戦ってきたが、リーチの短さのせいで相手が巨体になればなるほど決定打になりにくくなるのがネックだったからな。
リーチが伸びたことによって、マーダークロコダイルの太い首を一撃で切り落とせたというわけだ。
ちなみに俺が発動していた【身体強化】だが、これはミラから借り受けたものだぞ。
ルカの【身体強化】は、ルカの進化に伴って上位スキルの【剛力無双】にパワーアップしたからな。
俺の【キメラ作成】は配下の通常スキルしか借り受けることができないから、エクストラスキルである【剛力無双】は対象外だ。
「すげぇ……。マーダークロコダイルを一撃かよ……」
「……さすがBランク冒険者だな」
「というか、なんでこのぬかるんだ地面の上をあんなに速く動けるんだ……?」
冒険者たちの視線が俺とルカに集まる。
「やっぱ便利だな、ルカの新スキル」
「でしょでしょ~。もっと褒めて」
俺たちがぬかるんだ地面を気にせずに動けるのは、【悪路走破】というルカのスキルのおかげだ。
ルカが進化で獲得した新スキルの一つで、どんな足場でも問題なく動けるという効果を持つ。
まさに湿地帯にうってつけのスキルだ。
ルカをたっぷり褒めていると、ミラが話しかけてきた。
「ねぇ、クロム。他のところでかなり強そうな魔物の気配がするから、そっちに行っていいかな?」
聞けば、ゴブリンキングと同等か少し弱いくらいの気配がするらしい。
事前調査ではそのレベルの魔物は見つからなかったはずだが、フォーゲルン大湿地は広大だ。
なんらかの理由で調査に引っかからなかった個体がいてもおかしくはない。
「もしものことを考えたら向かうべきだな。リーダーには俺から話しておくよ」
「ありがとね、クロム。それじゃあ、行ってくる。なるはやで戻ってくるね」
「気を付けてね、ミラお姉ちゃん」
離脱したミラを見送った後、俺たちは引き続き討伐に当たる。
ミラが抜けても特に問題はなく、順調に魔物を狩ることができた。
「魔法職、攻撃! 今だ、やれ!」
「うぉおおおおおおおおおッ!」
魔法を喰らって隙を晒した魔物を、斧使いの冒険者がぶった切る。
冒険者たちの連携度はなかなかで、マーダークロコダイルのような魔物じゃない限り俺たちの出番は全くなかった。
「索敵係!」
「周囲に魔物の気配はありません!」
「よし、次に向かうぞ!」
リーダーのその言葉に返事をしようとした、その瞬間だった。
「「ッ!?」」
殺気を感じた。
──それも、俺たちのすぐ後ろから。
「……躱したか」
とっさにしゃがんで攻撃を回避した俺たちの耳に、聞き覚えのない声が届いた。
すぐに振り返りながら、声の正体を確認する。
「お遊びはここまでだ。ここからは俺が相手をしてやる」
そこにいたのは、大蛇の魔物と……その頭に乗る黒いローブに身を包んだ怪しい男だった。
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