第7話 未知の魔物との戦い

 目の前の魔物を睨む。

 おそらく突然変異か何かで生まれた新種の魔物だろう。


 外見からじゃ、どんな攻撃をしてくるのか見当がつかない。

 相手の動きに注意しつつ、俺が気を引いてその隙にルカに攻撃してもらう。


「キョォォオオォォ!」


 耳が痛くなるような甲高い声を発した魔物は、俺めがけて飛んでくる。


 動きは単調な上に、俺でもハッキリ見えるほど遅い。

 これならいける!


「はッ!」


 俺は上段から剣を振り下ろした。

 魔物はあっさり両断され──。


「なっ!?」


 斬ったはずの魔物が、霧が晴れるようにその姿を消す。


「クロムお兄ちゃん、下!」


 ルカに言われて視線を下に落とすと、攻撃態勢に入った魔物がいた。

 毛むくじゃらの体からねじれた爪の伸びる腕を生やし、俺めがけて突き出してくる。


「うわっ!」


 とっさに剣をはさんで胴体に直撃するのだけは避けたけど、魔物の攻撃は予想以上に重かった。

 俺は何度もバウンドしながら吹き飛ぶ。


「がはっ……!」


 飛ばされた先で何とか頭を持ち上げたら、爪で切り結びあうルカと魔物の姿が目に映った。


「【炎装】!」


 ルカの右腕を炎が包む。

 ルカは魔物を森の中まで殴り飛ばしてから、俺のもとに戻ってきた。


「本気で殴ったけど、あまり大きなダメージになってないみたい!」

「厄介だな。攻撃力は高いし、斬ったらなぜか消えるし……」

「え、斬った!? お兄ちゃんあの魔物斬ったの!? いつ!?」

「いつって、一番最初だよ。あの魔物、最初に俺を狙ってきたじゃん」

「最初!? あの魔物、最初はルカのところに突っ込んできたよ!? で、殴ったらなぜか消えてクロムお兄ちゃんの足元に……」


 なぜか俺とルカの証言が食い違っている。

 俺は頭の中を整理する。


「……もしかして、あの魔物は幻影魔法を使えるんじゃないか? 斬ったら消えたことといい、俺とルカがそれぞれ違う認識なことといい、それしか考えられない!」

「キョシャァァッ!!」


 森の中から飛び出してきた魔物が雄たけびを上げる。


 ルカに殴られたことで怒りの咆哮を上げて……ッ!


「違う!」


 俺はとっさに剣を振り下ろした。


「ギャァァ!?」


 足元から悲鳴が聞こえる。

 俺の剣は、魔物の腕を斬り飛ばしていた。

 すぐに追撃に出るが、魔物はそれよりも早く気持ち悪い動きで後退する。


 咆哮する幻影を見せ、その隙に俺を刺し殺す。

 それが魔物の狙いだったのだろう。


 腕を斬ることができたのは完全に直感だ。

 でも、そのおかげで分かった。


「あの魔物の弱点は斬撃だ。体が柔らかすぎて打撃に強い分、斬撃にはめっぽう弱い。ルカのパンチは効かなかったのに、俺の剣が簡単に通ったのがその証拠だ」

「ん、分かった。次からはパンチじゃなくて爪で攻撃するね」


 俺たちは魔物に向かって走る。

 幻影魔法がある以上、こちらから攻めるほうが得策だ。


「キョォォォオオォァァアアア!!」


 魔物が真っ赤に充血した目で俺たちを睨みながら、奇声を発する。

 次の瞬間、景色が変わった。


「ここは……ッ!?」


 俺が立っていたのは、ハイリッヒ侯爵家の屋敷。

 実家の中庭だった。


「剣を持て、クロム」


 見知った声が聞こえた。

 振り向いたら、アイザック・ハイリッヒ侯爵。


 ──俺を追放した、父だった男が立っていた。


 アイザックは無言で剣を構え──肉薄!


「ッ!?」


 とっさに剣で防ぐが、ただの一撃で俺は吹き飛ばされた。


 体中が痛い。

 頭がくらくらする。

 視界がぼやける。


「どこまでいこうと貴様は出来損ないだ。落ちこぼれの無能でゴミのような……いや、ゴミ以下の存在だ」


 父の声が聞こえる。


「兄上が英雄になれるわけないじゃないか。笑わせるなよ」


 ダークの声まで聞こえてくる。


「貴様は何者にも成れない。何も成せない」

「──いちゃん!」

「調子に乗ってるだけの雑魚はとっとと死ねよ」

「──ムお兄ちゃん!」

「口先だけ威勢がいい臆病者など目障りだ。今すぐ消えろ」

「世界は誰もお前のことなんて必要としてないんだよ」


 最悪の言葉たちが脳みそを埋めつくす。

 絶望感でいっぱいになる。


「クロムお兄ちゃん!」


 その声は、やけにハッキリ聞こえた。

 意識が現実に引き戻される。


「……惑わされるな、俺。これは幻だ!」


 もう俺はハイリッヒ侯爵家の長男じゃない。

 大事な家族が、ルカがいる。

 もう諦めない、そう決めたから。


「こんなところで挫けていられるか!」


 剣を持って、走る。


 魔物はルカを狙って、背中をさらしている。

 まだ俺にかけた幻が解けていないと思っている。


「これで、とどめだ!」


 その背中に向かって、俺は剣を振り下ろした。

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