鳥は高校野球が好き。
倉沢トモエ
1
夏の高校野球。うちの県の、今日は第一回戦。
曇り空とはいえ外でトランペットを吹くのは本当に大変なんだけど、うちの野球部はそんな私らの応援の甲斐もあり、とりあえず二回戦に行けることになった。まだ二回戦か!
やれやれ、と、楽器ケースを抱えて集合場所に集まり、注意事項を聞かされて解散だ。顧問のヤマ
野球部の部長たちがわざわざ来て私たちに「ありした!」て。いいのよ頑張りなさいよまだ先があるのよ。
今日は打線が調子よかったって話だわね特にオカダくんまだ一年生だっけ? あんな弱小中学から、って散々言ってたやつら、なんか感想ある?
「ラーメン食べようよ」
クラリネットのナカヤマが言うので、あたしとミズキちゃん、ほか後輩のヤマダで球場近くのラーメン屋をのぞいたら、同じことを考えている人間がこんなにいるのか、というくらい混んでいて、仕方ないので学校近くまで戻り、いつものおばちゃんの店へなだれ込んだのだ。あの、古い映画のポスターが額に入ってたくさん並んでるとこ。
「まあ、音楽室に楽器置けて身軽になってよかったじゃないか」
そうだねえ。ミズキちゃん、ユーフォだから重たかったと思う。お疲れ様。
「お疲れ様。よかったね、まず勝ち進めて」
この店は野球部のやつらもかなり通っているはずだから、おばちゃんも勝利の知らせは嬉しいだろう。
それにしてもお店、球場から少し離れただけで、こんなに空いてるもんなのね。
「なんでみんなチャーシューメンなの」
みんな肉の気分になっていたようだ。
「おめでたいから、みんな一枚おまけするね」
おばちゃん大好きだ。
「おう」
そのとき、店に入って来たおじさん。
「あ、昨日はどうも」
ナカヤマが挨拶しているので、知り合いなのかな。白いライオンのついた水色の野球帽かぶってる。この店のおばちゃんくらいの年齢。
「よかったな、一回戦」
「ええ。応援も行ってきました」
「みんな吹奏楽部か? ご苦労さん。
いやあ、勝つと思ったんだよ」
「びっくりしました。やっぱり岡田くんで」
「だろ?」
みんなが一応会釈するとおじさん、どうも常連の人らしく、カウンターの隅っこに行ってしまった。
誰よ? という視線にナカヤマは囲まれる。
「時々店でいっしょになるおじさんなんだよ」
ナカヤマ、そんなにこの店通ってたっけ?
「いや、別にへんな人じゃないよ。店のおばさんの弟さんなんだって」
「西部ライオンズファンすか」
ヤマダがにこりともせずに言う。こいつは表情に乏しいのに、何を叩いても表情豊かと褒められるパーカッション担当だ。
「いや、あれ、ライオンズの昔の帽子っすよね」
「そうなの?」
誰よりもナカヤマが感心している。なんで知ってるのかわからない話をヤマダは時々する。
「おじさん、ファンなのかな」
わざわざキャップをかぶっているともなれば、主張も強そうな。
あたしたちが今日座ってる席のそばの壁には『神様のくれた赤ん坊』のポスターが貼ってある。おばちゃんにすすめられてこないだDVD見たけど、特定のチームファンだらけのお店に他チームのキャップで入る危険について描かれている場面があったな。
「いや、わからないな」
ナカヤマ、神妙な顔をする。
「あの帽子、縁日の射的で取ったパチモンだって言ってた」
そんな話もしてるの。
「はい、チャーシューメンです」
おばちゃんがニコニコしながら運んできてくれたので、その話はいったん中断してあたしたちはとりあえず空腹を満たし疲労をいたわった。
「あのキャップなあ……」
チャーシューかじりながら、なんでかナカヤマが唐突につぶやいた。
「なに?」
「いや、別に。
オカダくん、活躍したよなあ」
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