悪役令嬢ランナウェイ その14
リーナを攫ったその足でそのまま王城へと吶喊……をしたいのは山々だったが、カトレアに無理をさせてしまってガス欠。『問題ない』と言い張るカトレアの言葉は大嘘。イヤでも分かる。
公爵家に戻るわけにもいかないので城下町のスラムの一室へと戻ってきていた。
「不覚をとりましたが、制御のコツは掴みました。すぐに出られます」
ボロボロのベッドに横になって休息。瞳を瞑って頭を休める。
「ってカトレアは言ってますけど、頭ボーッとしてますから、少しでも休めるのであれば休んだ方がいいです。なず先輩」
「ん、りょーかい」
反論をしようとするカトレアから主導権をふんだくって横になったまま深呼吸。幸い、事が上手く運んだから僅かだけれど時間はある。日が落ちた後、夜の暗闇を味方につけて突入できれば良いので予定変更。
『ほらほら、ちゃっちゃと休んで休んで。余裕って言ってもそんなに時間ないんだから』
『はぁー……休んでは疲れて、疲れては休んで……体感で言えばもう数日分の密度ですわよ』
『それは同感』
『では、わたくしは休みます』
『ん、おやすみ』
数十秒もすれば意識のラインが途切れた。口ではあれだけ問題ないと言い張っていたけれど、実際の所は限界なのだから。
芹も十二分に摩耗してはいるけれど、直接魔法を行使したカトレアよりはマシ。とはいえ、疲れ切っているのは間違いないので、なず先輩に一声掛けて仮眠でもしよう。
「な、な、え……えぇっ!?」
聞き慣れない声が真横から。声に向かって顔を倒すと、数十センチの距離に、栗毛でふわふわした愛嬌のある小動物のような少女。
「あ、カ、カトレアさん……!?」
目をまん丸にして、芹を見ていた。
「リーナちゃん居たの忘れてた……」
攫ってきてそのままベッドの上に転がし、芹もまた疲労困憊だったので横に寝っ転がった。
カトレアもまたクタクタだったので、リーナの横に寝転がるのに特に何も口は挟まなかった。リーナは主人公ということもあって美少女だったので、面食いのカトレアのお眼鏡に適ったのだろう。
「リーナ、ちゃん……?」
近いが故に届いてしまった呟き。しまった、と咳払い。カトレアが寝ている今、カトレアとして振る舞えるのは芹しかいない。
「可愛らしい寝顔でしたわよ、リーナさん」
長く綺麗な指をリーナの顎に添えて囁きながら持ち上げる。
「な、にゃ、なにを……!?」
「寝ぼけ頭は少しは覚めましたか? 夢の中のわたくしに、リーナちゃん、と呼ばれていたようですが」
カトレアに聞かれたらお説教必至のアドリブで『ちゃん』付けで呼んだのを誤魔化す。無茶苦茶な言い訳も、カトレアの顔の良さでゴリ押し。真っ赤になっていくリーナの顔。鉄面皮のカトレアと違って表情豊かで、顔立ちだけではなく反応まで可愛らしい。
熟れたリンゴのように朱に染まり、わたわたと右へ左へと揺れ動くリーナの視線。
慌てまくっていたリーナが、ピタリ、動きを止めた。
芹の後方を見て固まっているので、視線を追いかける。
そこにはなず先輩が居た。
「あっ」
ちょいちょい、と顔を指さすジェスチャーを送る。なず先輩の手が顔に触れる。
「あっ」
休憩モードに入っていたなず先輩は、フェイスシールドを外していた。
「女の子、だったんですね……」
あくまで、外しているのはフェイスシールドだけ。身体には見慣れた黒アーマー。フェースシールドで隠していないと普通に顔は見える。
「い、いや、あのーそれは、そのですわね……こ、高位の悪魔であればあるほど、ツインテールが似合う美少女になるっていうかですわね」
「カトレアさん、目が泳いでます。言葉使いも変です……」
フェースシールドを装着し直すも後の祭り。
着ぐるみの頭が客の前で外れてしまったかのような気まずい沈黙が、ボロ部屋に転がる。なず先輩も、芹も、ついでにリーナも何を言えない時間が過ぎていく。
その沈黙を崩したのは三人の誰でもなく、今、おねむのカトレアでもなくて……
――ぐぅぅぅうぅぅ。
大きな大きな唸り声が、唐突に割り込んできた。
カトレアのお腹の中から。
「お、お腹が減りましたわ……」
修羅場続きだったから意識する間もなかった。だが、一度気付いてしまうとダメ。反則技で魔法を使った反動で疲れるのは勿論、ハッキリと分かってしまうほどにエネルギーが足りていない。
とは言え、この辺りの土地勘が全くない上、ベッドから身体を起こす気力も残っていない。学園侵入前に食べたブリトーもどきをチンピラさんに買いに行かせたのが裏目に出た。どの辺りに食べ物があるのかも分からない。
「あ、あの、それだったら私が買ってきましょうか」
なんて悩んでいると、ベッドから身体を起こしたリーナがおずおずと挙手。
「えっと、聖女としての資格を見出されるまで貧しかったので、貧民街については土地勘がありますから……」
なんだかんだ、リーナが幼い頃は苦労していたというゲームでは中盤で明かされる話を直接聞けて思わず嬉しくなってしまうのは悲しきファンのサガ。
余談だけれど幼い頃スラムに居た設定は、副騎士団長ノールドアルートで特に重要な設定。
ノールドアが子供特有の全能感を原動力に、実戦訓練と悪を裁くという二つの大義名分を抱えながらスラム街へと一人で乗り込んだ。
当然、幼い頃から教育を受けたノールドアはチンピラごときに後れを取ることは無かったのだけれど……どこにでも、猛者というのはいるもので。所謂マフィアのような相手に目をつけられ、ボロボロになった時に傷の手当てをしたのがリーナ。
リーナ側は覚えていないけれど、幼い頃に出会っている二人、というヤツ。
「あっ、でも、カトレアさんのお口に合うかは……」
「合うかどうかは二の次です。栄養補給を出来ればなんでも構いませんが……できれば、甘い物を身体が求めています……」
「で、でしたら……!!」
リーナの申し出は渡りに船。お金はチンピラスリーから巻き上げたのが残っている。
「ですが、リーナさん。アナタ、逃げるつもりでしょう」
こんな状況、手荒い誘拐をした芹たちの為に手を上げるなんて、怪しさ満点。のんきな芹にだって裏があることは見え見え。
「ソ、ソンナコトナイデスヨー」
「目が泳いでますわよ」
栄養補給をしないとこの先、持ちそうにないのもまた現実。
「なず先輩、リーナさんと一緒にお遣いして貰ってもいいですか?」
折衷案として、見張りをつけることにした。芹なら兎も角、なず先輩だったら万が一にもリーナを逃がすことはないだろう。
「ん、りょーかい」
ビッと親指を立てるなず先輩。つられて、芹も親指を挙げた。
「き、消えた……!?」
ハイテクステルス迷彩で見えなくなったなず先輩に驚くリーナ。いちいち説明する必要も無いので、後はなず先輩に任せて一休みしよう。
「きゃっ……!!」
「行くからしっかり捕まっておいて……それから道案内もよろしくね」
突然、宙に浮いたリーナ。リーナ本人は何が何だかと目が点になっているけれど、何度も体感した芹からすれば確認するまでもないことだった。ただ、他の人がなず先輩にお姫様抱っこされているのだけは気になった。
脳天気な自分にも独占欲があることに、少しの驚きと苦笑い。独占欲に身を任せると余計に疲れそうだったから、その感情に向き合うのは後回し。一先ず瞼を落とした。
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