悪役令嬢ランナウェイ その13
余裕綽々。教室前方。ド真ん中に立つ。腕を組んで仁王立ち。
「貴様ッ、ここに何をしに来た!!」
「ふむ……少し、気に入りませんわね」
誰かが吠える。知らぬ存ぜぬ、柳に風。
『カトレア、なんか立ち位置的に見下されてるから、浮いたりできる?』
『注文が多いっ……今だって結構しんどいんですのよっ!!』
身体が、ふわりと浮きあがる。文句を言いながらも応えてくれるカトレアは最高の半身だった。好きになりそう。
身体から吹き出ていた暴風が、身体を包み込むように形を変える。全員を見下せる高さにまで浮く。くいっ、と立てた人差し指を内側に折り曲げると、吹き飛んで教室の端に刺さっていた教卓が風で引き抜かれる。流れるように風渦の中心、芹の元に。
引き寄せた供託の上、尊大に脚を組んで座る。スカートの中は、見えそうで見えない鉄壁仕様……と、カトレアが頑張っている。淑女の譲れない第一線、だそうで。
一部の生徒……特に、クレィス王子とノールドア副団長は武器を手に取り、キーレル大司教は魔法の準備態勢を整えていた。流石に早い。
身体を包む嵐、止むことのない魔法。個人だとは思えない出力の魔法を、身体を動かし喋りながら発動。
「この国は弱くて脆い。それを少し、理解してもらいたいだけだというのに、随分なご挨拶ですわね」
氷の大槍が空気を裂き飛来……それも、風の結界が粉微塵に砕いて、跡形も残さない。放った、キーレルは苦虫を噛み潰したように、こちらを睨む。
ノータイムで砲弾の速度で飛んでくる鋭利な氷に心臓が止まりそうになるが、表情には出さない。
「カトレア公爵令嬢、一日見なかっただけで随分と様変わりしましたね。もはや、猫を被るのもやめた、というわけですか」
「様変わりした? 違いますわ。愚かな方々に合わせるのに疲れただけです。古書に挟まれて押し花にでもなりたいのなら止めはしませんが国を道連れにされるのは困りますもの」
ぎくり。キーレルに『様変わり』と指摘されてカトレアじゃないことがバレてしまったのかと背中に冷や汗が流れる。思わず早口になってしまった。まくし立てでも押し通す、それしかない。
『殆ど交流の無かった彼にバレるワケありません。この桁違いの魔法を見て言ってるだけでしょう。少しは余裕をもちなさい』
カトレアだって余裕は無いはずなのに、時折、声を上げるのは余裕の現れか、はたまたやせ我慢をしているのか。
残念ながら、答えは後者だと分かってしまう。互いのことが筒抜けに分かってしまうのも考え物だ。カトレアのプライドの裏に隠されたモノが全部見えてしまうのだから。
「昨日はクレィス様や、キーレル大司教……あぁ、あとノールドアさんもあの場には居ましたね」
短詠唱とは言え、学園でも指折りの魔法の使い手であるキーレルの攻撃を受けても一切意にも介していない振る舞い。教室の中に渦巻くのは風だけでは無い。どうしようもないという、絶望感。
実際の所は、カトレアが内側で顔を真っ赤にしながら踏ん張っている。白鳥が優雅に泳いでいるように見えて、実際は見えないところで必死にバタ足している構図に近い。
「改めて説明は致しません」
この場はあくまでも布石。山場の一歩手前。そうなるようにエスコートするのが、芹の配役。
「ただ、わたくしとともに国の在り方を変えるか、緩やかに滅びを選ぶかの二択を考えておいてほしいとお願いをしに来たのです」
周囲からの信用ゼロ、好感度ゼロ、なんであれば立ち居振る舞い全てに正義が抜け落ちたかのような公爵令嬢の手を取って協力とは、どう足掻いたってならない。そんなのは分かりきっている。
「ふんっ、何をバカな、ァッ!?」
言い終わるよりも先に腕を振るう。大気が津波のように波打ち、内臓が持ち上げられる。あらゆるモノを巻き込み、隔てなく、教室の奥へと押しやった。地に足を着けさせず、踏ん張ることさえさせない。
けれど、そんな風を突っ切って、芹の元へと辿り着いた黒い影。腕の中には、気を失った栗毛巻き髪の少女、リーナ=レプスが少しだけ苦しそうに眠っていた。お姫さま抱っこで。
黒の鎧を身に纏った凜々しいなず先輩が眠り姫を抱いている図は、凄く画になる。
芹の目にはヒーローとヒロイン。他全員にとっては、悪に攫われる哀しきヒロイン。
「カト、レァッ!! リーナに手をッ!!」
「まだわたくしが喋っていますのよ」
デコピン。同時、圧縮され束ねられた風。もはや質量すら伴っていると感じる程の威力を持って放たれた槌が、怒髪天を衝く王子に炸裂……したかに思えた。
耳を劈く、破砕音。教室内、残っていた窓が全て割れ、飛散。巻き込まれるだけの生徒は、何が何だかと身体を縮め、文字通り嵐が去るのを待つ者が殆ど。
「落ち着けクレィス。意識を失っているだけだ。あのバケモノ共を相手に冷静さを失うな……俺が言えたことじゃないがな」
何処からか取り出した盾と剣に光を纏わしている、ノールドアが王子の前へと躍り出て、不可視の大槌を受けきった。これまでの、真っ先に怒りを顕わにしていた態度とは一変、真っ直ぐに此方を敵と見定めて揺らぎの無い眼光で刺し貫いてくる。
普段は突っ走り気味だというのに、ここぞと言う時には揺らぎ無い。静かな闘志が伝わってくる。
こうも真正面から受け止められるとは。まだ、学園は平和な時期。序盤でこんなに強かったっけ。なんて思いながらも、鼻を鳴らし興味なさげに言葉を続ける。
「ここで全てを決めるのは些か風情に欠けますし……駒が足りません。夜の帳が降りた頃にクレィス様たちだけで私の元へといらしてください。その場で答えを出してくださいな」
段々と自分自身でも何を言っているのかが分からなくなり始めるくらいには疲労困憊状態へ。
『こんな出力の魔法をただ見せつけるためだけに過剰演出をし続けているのだから当たり前ですわっ』
『でもこの反応を見るに、カトレア、演出家としても結構やっていけそうだよ』
『当然!! わたくしを誰だと思っていますのっ』
人質を手にしたこともあってか、もはや芹たちに牙を突き立てる者は誰も居ない。燃えるような炎を瞳に宿し、歯を食いしばり睨み付けるばかり。
「答えならこの場で返す。だから、リーナを」
「先走ったがらんどうの答えになんて価値はありません」
クレィス王子の言葉をスッパリ、切って捨てる。芹たちも勢いと根拠の欠ける推論のみで突っ走っているので偉そうなことは言えないのだけれど……それはそれ、これはこれ。
優しげで顔立ちのいいクレィス王子の顔が歪む。相当、リーナに入れ込んでいる……というか、惚れているのだろう。カトレア、顔は間違いの無い特急品なのにどうして王子を落とせていないのだろう。なんて考えると、お叱りの言葉が飛んできたので聞き流す。
剣と盾を持ちただ黙って佇むノールドアの横に歩み出たのは、メインキャラ最後の一人。痩身で眼鏡が似合うキーレル大司教。
「ならば私を人質にするのはいかがでしょう。大した家柄の無いリーナ=レプスよりも、次期教皇である私の方が、よほど価値はあると思いますが?」
確かに。と、喉まで上がった言葉を飲み込んだ。それじゃあ意味が無い。ブレインの役割を担っているキーレルが人質となってしまったら、起死回生、一発逆転の作戦を思いついてくれない可能性がある。
芹たちからすると一発逆転ホームランを思いついて貰わないと困る。そのホームランこそが帰るための切符だから。
「お断りします。所詮、今は司教の一人に過ぎないのでしょう?」
「それを言ったら、聖女というのも希少な属性持ちというだけで肩書きだけの存在でしょう?」
妙なところで食い下がる。が、それもそうかと納得する。リーナに拘る理由を突かれると、困る。今のリーナは聖女として本格的な覚醒をしていないので、客観的な人質としての価値は薄い。
『さすが、メインヒロイン。カトレアも、これの百分の一くらい、好かれればよかったのに』
『わたくしがそういう性質じゃないの分かって言っていますわね? 今更言われたって後の祭り、ですわ』
日本の諺を自然と引用してきたカトレアに、一言謝っておく。
リーナはヒロイン。物語の進め方によって幾らでも千差万別とシナリオは変化をするが、この三人はよほどの事が無い限りリーナの味方。敵対することはあっても根底にはリーナを思っているからこそ。
友情や恋愛感情、或いは仲間意識……内実は違えど親交を深めた少女を護りたいという意志は一貫。ルートによっては、想いが裏目に出て悲劇へと転ぶことも少なくはない。
王子達が少女のために必死になるのも当然。
そんな王子達をどうやって、納得させるかを考えようとして、やめた。
別に納得させなくても強引に押し通せるのと、疲れも相まって、適当に返す。
「リーナさんの方が、可愛らしいのですもの」
「なっ、なにを……?」
「だって、わたくしの横で眠っていて貰うのですから可愛らしい少女の方が気分が良いでしょう? えぇ。良いに決まっています。側に置くのは無骨な剣よりも、可憐な花のほうが好ましいですもの」
適当、言い放った。実際、可愛いのだから間違っていない。カトレアのような華やかさは無いけれど、寄り添って傍に居て貰うと嬉しくなる可憐さ。対する、カトレアは美人過ぎて近寄りがたくて、恋愛感情を抱きにくいまである。
尊大で傲慢に。けれども国の在り方を語る口から出てきたのは……まさかの、理由。王子達は怒りを通り越して理解できないと表情にデカデカと書かれている。
でも、一番驚いている人物は芹の一番近く。
『ちょっと、セリさん!? いきなり何、意味不明なことをっ』
『いいじゃんっ!! もうそれっぽいこと考えるのしんどいもんっ!! それに、嘘は吐いていないでしょ!! カトレア、面食いだし!!』
『だ、誰が面食いですってっ……!!』』
『ほらっ!! そろそろ逃げるから、お願いねっ』
そういう問題では無いとごねるカトレアを内心で宥めながら、全体を一瞥。言ってから、『聖女の真の力を知っている云々』と脚色すればよかったのではと気付くも、時既に遅し。
「お話をしたいだけだという約束を違えないでくださいませ」
下手なことをしたら人質がどうなるかは分からないぞ、と言外に込める。
ゆっくりと手を外壁へと向ける。そして今日一番の大出力。一息で現れた圧縮された竜巻が残っていた壁面を根こそぎ抉り教室はかなり開放的に。文字通りのオープンキャンパス。
ドッと重石のような疲れ。後は逃げ帰るだけ、と奮い立たせる。
台風の目が大気を揺らしながら、外へと躍り出る。
「待てッ!! どこで話をッ……!?」
そんな言葉を聞き流しならオープンキャンパスと化した教室から飛び立つ。振り返ることも無く。これ以上は語らなくたっていい。後は勝手に伝わる、伝えればいい。地面を揺るがす程の足跡を刻めばいい。
私達はここに居る。
あなたたちの敵はここだと。
取り戻して見せろ、と。
「それでは、ごきげんよう」
ここからは休む暇なんて与えない。
空を駆けて、駆けて、駆けて……力尽き空中で身を投げだした。受け止めてくれる人が居る。
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