先輩後輩ロマンシス その17

「お嬢様、もうすぐ、学園に到着いたします」


 御者台から聞こえてくる、低く落ち着いた声。言われた側の心はもうどうしようもないほどにてんやわんやの大わらわ。柔らかな椅子に、心地良い揺れ。人生で初めて乗る馬車……それも、公爵令嬢を送迎する特別製へのドキドキワクワクは少しも存在しなかった。これが体験型アトラクションなら心から楽しめただろうが、これから放り込まれる場所が予想通りだとすると、そんなお気楽思考へと切り替えることも出来ない。

 起こってしまうであろう一大イベントが一番の懸念だけれど、それだけではない。

 ただ単純に価値観の違う貴族に囲まれるという状況に耐えられるか、どうかが不安で仕方ない。高校進学して新しいクラスに行くだけで、緊張と不安で吐きそうになっていたのに……一体自分が何をしたのだろうか。

 馬の嘶き声と同時、馬車がゆっくりと止まる。


「……着いてしまった」


 夜、お手洗いに行くフリをして逃げだそうかと考えたけれど、メイドさんが着いてくるので上手くいかず。明るくなってきたと同時、部屋に入ってくる侍女集団に着替えやヘアメイクだとかの為に拘束。質の良い学園制服は動きにくいこと山の如し。これでは走って逃げ出すなんて不可能に近い。

 ただ、スーパーロングの髪が編み込みハーフアップにセッティングされたことで、長さは据え置きだけれど地に引っ張られる髪の重さは幾分か楽になった。

『今日も王国一の美しい髪』だと、使用人が機械的にヨイショしてきた。

 確か、美しく長い髪をどれだけ維持出来るのか。それが令嬢として一種のパラメータである……みたいな地味な設定があったなぁ、と思い出す。


「お嬢様、到着致しました」


 開かれる馬車の扉。目の前に見える、大きな大きな宮殿……にも見える学校。基本的に、国中のあらゆる貴族はこの学園へと通うことになるので生半な建物では許されない。王子だって通うのだから、そりゃあそうだ。

 結果的に、国王の居る王城と対になるほどの建物となっている。


「すご……」


 胃痛と吐き気で泡吹いて倒れそうな心労にあっても……学園の全体像は、息を呑むほどの大きさと美しさだった。大型遊園地の一大メインスポットすら、この建造物と並べられてはハリボテと揶揄されてしまいそう。


「ここも、そのうち」


 感動するのも束の間、ここも戦場となると思うと心臓に溶けた鉛が流されたような重苦しい気持ち。何時までも馬車の中に居るわけにもいかず、使用人に促されるまま降りる。身体が覚えてくれているのか、それなりの礼儀作法は自然と振る舞えるのが、数少ない救いだろうか。


「それでは、お嬢様。私どもはここで」

「あ、ありがとうございます」

「とっ、とんでもございません……!!」


 迂闊なことを言うと何が起こるか分からないから言葉少なに、最低限を済ませるだけに留めていたのだがついクセでお礼を言った途端、使用人達が目を剥いて驚く。たかがお礼……なのだけれど、カトレア嬢の高飛車具合は、筋金入りの偉そうな貴族そのもの。同じ貴族相手にすら、高圧的。とはいえ相手が誰であっても、態度は一貫しているのでゲームの一部ファンからは結構好かれていたりする。

 最初から最後まで、媚びたりしないのが潔い。相手が国王であっても慇懃な態度を崩さない。小物じゃないのが、ミソ。とかとか。


「私も、嫌いじゃ無いけどさ……」


 かと言って、その本人になって命を落とすのは受け入れられるかどうかは別。

 ゆっくり、まっすぐ、学園に向かって歩いて行く。門から真っ直ぐ敷かれた大通りの先にある、学園前の広場にて、そのイベントは起きる。本来であれば、昼頃に大広間で婚約発表予定……なのだけれど、朝、広場にて婚約者である第一王子達に告発されて、その予定はおじゃん。

 一歩、また一歩。まるで、巨大なタイヤでも引き摺っているかのように重い足取り。個人ではどうしようもない、運命の津波。それでも、自分の言葉がこの先を、多少なりとも左右する力はある……と、信じたい。深呼吸を一つ。もう、やるしかない、と腹を括る。


「ごきげんよう。カトレア様、今日もお美しいですわ……!!」

「ご、ごきげんよう」


 挨拶をされても、挨拶を返すのが精一杯。これから他人の大舞台に立たされるのだから、心に余裕はこれっぽっちもなかった。広場が近づくにつれ、人集りが出来ているのが嫌でも分かる。

 王子達が集めたのか、はたまた自然と集まってきたのか。貴族達が集まる広場に差し掛かると、中心になっている場所に堂々とその集団が存在。

 流石に王族だとか騎士団だとか、メインキャラと呼ばれる人間が揃っているのは壮観。とはいえ、呑まれていては何もできないと、背筋を伸ばす。元の世界で見ていたキャラクター達が、目の前で実在している。感動を覚える時間は殆ど無い。

 堂々と、迷い無く、真っ直ぐに進む。まるでモーセにでもなったかのように、貴族の生徒達が動き、広場の中心への道が拓けた。

 出来上がった道を進んでいく。左右は人が居るため、避けることはままならない。まるで、プロレスの試合でリングに向かっているみたい。


「カトレア、少し良いかい」

「えぇ」


 爽やかさと甘いマスクを兼ね備えた輝くようなブロンドの青年……クレィス第一王子。白馬の王子様、という単語からクレィスというキャラクターが生まれたと思うほど。王子一人だけではなく王直下の近衛騎士団の副団長に、教会が誇る秘蔵っ子。それから主人公……ヒロインが控えている。誰も彼もが一筋縄ではいかない相手。対するは自分一人。この世界の何処にも、頼れる相手は居ない。

 次には、王子達が数々のカトレア嬢の悪行を突きつけて、婚約破棄を切り出す。

 出来る限り、記憶の中にあるカトレアとして違和感のないように振る舞う。いらぬ疑いを受けることで、何を言っても信じられない、なんて元も子もないから。

 かといって、完璧にカトレアとして振る舞えるかと言えば、否。何より、嘘をつくのはそれほど得意ではない。社交界の社の字も知らない自分が、貴族達相手にバレずに演技を貫き通した上で丸く収める自信は無い。更に、受け身で居ても結果が好転する筈もない……ならば、と。大きく息を吸い込んだ。


「婚約を、破棄する、と」

「なっ……!?」


 全員が、目を剥いた。あたかも、心でも読んだように見えるだろう。此方からすれば、予定調和……起こるべくして起こっている台本通りの流れ。


「どうして、それを知っている」

「……説明はしてもいいのですけれど、果たして信じてもらえるのでしょうか」


 取り繕うのは止める。演技なんて柄ではない。前置きをしたものの、王子達は誰一人として良い顔はしない。好感度はゼロどころかマイナスなのだから当然か。


「わたくしは、いつものカトレアではありません」


 告げると同時、怪訝そうな表情、困惑、聞く耳すら持たず、と三者三様。周りを取り囲む生徒達のヒソヒソとした小声がざわめきとなって伝わる。公爵令嬢と第一王子の婚約破棄……それだけでも、前代未聞の一大ニュース。だというのに、突然、カトレアが訳の分からないことを言い始めたのだから。


「カトレア=ド=ナファリウム=ディア=デイホワイトのもう一つの人格……とでも言いましょうか」

「もう一つの人格?」


 首を傾げ、何を言っているのか? と怪訝そうな表情は収まらないものの、言葉すら交わしたくないと完全な拒絶を示されていないだけ、まだ救いがある。只でさえ、知らない場所なのに、貴族なんかに囲まれていて、心臓が今にも止まってしまいそう。


「一つの身体に、二つの心……言うなれば二重人格。主人格は普段皆様と接しているわたくしで、副人格の私は表に出ることはないのですが……どういうわけか、殆ど表に出ることのない副人格のわたくししかいないのです。それで、幾つかの引き継いでいる記憶と、状況から類推してもしかしたら……と予想したのです」


 二重人格。これが、カトレアに成り切るという演技もせず、かと言って、『別世界から来ました』なんて突飛すぎる説明を省略する方法。かなり強引だけれど、貴族としての駆け引きや、ゲーム設定以上の背景を知らないから、正攻法は不可能。

 ならば、知識と人格が違うという二つの武器で先制攻撃。一方的に、破棄されるのだけは防ぐ。


「フンッ、くだらん。クレィス、大方、破棄をされると知った上での苦肉の策だ」

「私も同意ですよ、クレィス王子。二重人格なんて片鱗、見せたことすらないのに、この場でいきなりなんて都合が良すぎるでしょう」


 王子の両サイド、友人で有り、学園の中でも外でもカーストトップとも言える二人。逞しい身体付き近衛騎士団副団長と、細身で知的な教皇候補。改めて見ると、バランス感が良い三人だな、と一瞬だけ場違いな感想を抱く。


「僕だって信じてはいないさ。仮に、本当だったとしても、カトレアが、リーナに行った数々の行いは事実だ」

「破棄をすると、どうなるかも、クレィス様は分かっておいででしょう?」


 言葉を重ねる。無礼不躾はカトレア嬢の得意技。スパスパと自身の意見を押し通す気持ちの良さが結構気に入っている。少しでも肖ろうと必死に心を奮い立たせる。

 どうして婚約破棄が内紛に繋がる原因の一つとなるのか。答えは単純。公爵家と王家の仲が、年々悪化しているから。保守的な王家に対し、軍事力や対外的な力を重要視する公爵家。思想の差が対立を招いている。民主制ではないものの、対立構造は政治そのもの。

 溝を埋める一つの手として講じられたのが、王子と公爵家令嬢の婚約。それが破棄されてしまえば悪化は避けられない。結果、他の要因も重なり内紛が始まる。


「もちろんだ。だからこそ、キミとの婚約を受け入れたがそれも今日までだ……此処に居る皆、私の言葉に耳を傾けてはくれないだろうか」


 ざわめきは収束し全員の視線、集中が一点。王子へと集まる。


「ここに、カトレア=ド=ナファリウム=ディア=デイホワイトとの婚約予定を破棄し、リーナ=レプスと正式に婚約することをここに宣言する」


 一瞬の、沈黙。膨らんで、膨らんで、膨らんだ末に……ぱちんっ、と弾ける。ざわめきが広場を埋め尽くす。広場の花壇に植えられた花でさえ、揺れていた。

 リーナ=レプス。栗毛のセミロングが似合う素朴で、可愛らしいヒロインであり……主人公。この婚約が王子の若さだとか、考えの浅さによる恋心の暴走……ならば、まだ、なんとかなったのだが、そうは問屋が卸さない。


「リーナは家こそ男爵家だが……聖女の資格者でもある」

「……ですよねー」


 ぼそっ、と本当に小さな声での呟きは、最高潮に達したざわめきに一瞬で踏み潰されて消えていった。


「詳細は言えないが、私は先日リーナに命を救われている。聖女の魔法に、だ」


 それも勿論知っていた。王家として地方を回る、ピクニック的なイベントにおいて、魔物に襲われている村を助けるために王子達が参戦……退けるも強力な呪いを受け、並の治癒術士では解除のできないほどに深刻な呪い。言葉にするとたったそれだけ。

 それを、リーナはあっさり浄化してしまった……選ばれた人間にしか使えない魔法で。


「命の恩人でもあり、人格者でもある。その上、聖女であるリーナであれば誰も文句を言わないだろうし……僕が言わせない」


 恋した相手にハッキリ守ると誓う様はまるで王子様。いや、事実としてそうであったことを思い出す。大衆の面前である手前、建前の理由を大きく掲げているが、根幹は恋心であることなんて分かりきっている。


「待ってくださいっ。一方的に決めるなんて、無茶苦茶です……!!」


 とは言え、引き下がるわけにも行かない。このままだといらない血が流れてしまう。内紛が起きる理由はこれだけではないから止められないにしても、婚約をしている間は遅らせることは出来る。時間の猶予が出来れば、まだ、何か手が打てる、はず。


「無茶苦茶? それは、キミがリーナにした行いの事だろう」

「だからっ、それは、私じゃ無くて、もう一つの人格がっ……!!」

「見苦しいぞ!! そんな戯れ言、耳を傾けるのも馬鹿馬鹿しい!!」


 副団長……ノールドアの声に押し潰されて、全身が固まる。生まれて初めて感じた……背筋すらひしゃげてしまいそうな重厚な怒り。殺気というものなのだろうか……確かめたくもない。身体が震える。


「ですが、このままでは、血が流れてしまいますっ」


 王子達に嫌われるのは、構わない。一方的に知っては入るけれど、本当の意味で親交を深めたわけではないから。ただ、この後に待ち構えている争いを起こすのは、無辜の民が傷つく。それだけはさせてはいけない、と自分の、心の奥底の何かが大声で叫んでいた。


「それはつまり、公爵家がこの国に刃を向ける、という意味になりますよ?」


 痛いところを突かれてから、墓穴を掘ったことを自覚。言葉尻だけを取り上げると、婚約破棄をされたから、その報復行為として、国に対して牙を剥く……そう、言っているようにしか聞こえない。


「……それ、は」


 言い返せない。事実として、公爵家は背信しようとしている。けれど、それを公にしてしまった途端、大義の天秤は一方的に国に傾く。


「とはいえ、二重人格というのも、強ち嘘ではないかも知れませんよ。クレィス王子、ノール」

「……む、そうなのか?」


 何も言い返せないのが、どうしようもなく悔しい。今の失言によって、婚約破棄にいい顔をしていなかった貴族でさえも、カトレアへと疑義の視線を向ける。これ以上何を言おうともどうにもできない自縄自縛の四面楚歌。


「噂によると、公爵家は悪魔喚びの禁忌魔法を保持しているらしいからね……禁忌を犯し、悪魔憑きになった。という可能性がゼロじゃない」

「それは、言い掛かりにも程があります……!!」

「言い掛かりだと……!! リーナに対し、不当な圧力、非道の数々を棚に上げてよくも言えるな……!! 聖女だと分かったのもリーナに不可能な依頼を強制したのを、僕たちが助けに行ったからだ……!!」

「っ……!!」


 立ち絵なんかでは伝わるわけがない、本物の逆鱗。怒髪天を衝いた、相貌に甘いマスクなんて存在しない。修羅であった。


「事実、その場で、僕は命を落としかけた……リーナが居なければ今頃、死んでいただろう」


 主人公……リーナを庇ったクレィスが、特殊な呪いを受け、命を落としかけるも……聖女として覚醒したリーナの浄化魔法によって、救われる。ただ、それだけのイベント。ゲームの中では、なんてことはない、ちょっとした山場でも……この場においては、最大のジョーカー。

 間接的にとは言え、王族殺しになりかけたカトレア。一気に、場の天秤は傾く。


「百歩譲って信じたとしても、元の人格、というのが戻ってこないと言い切れるのか? 副人格と名乗る君が、主人格よりも邪悪である可能性だって少なくはない」


 言い淀む。今、どうしてこうなっているのか分からないのに、これから先、どうなるかなんて保証も宣言も出来るわけがない。五分後には、元のカトレアに戻っているかもしれない。


「フンッ。語るに落ちたな」

「えぇ。しかし、悪魔憑きという可能性は捨てきれません」


 悪魔憑き、再び向けられる言い掛かり。突然、降って湧いてきた状況に何も出来ず、否定され、ただただ起こる惨劇の引き金を引いてしまうのが悔しい。悪魔憑きという言い掛かりさえも、場の空気が、本物であるかのように仕立て上げてしまう。

 そうなれば、裁く理由は十分だった。


「悪魔憑き……」

「カトレア様が、国賊……?」


 場の空気は、全てがカトレアへと収束。敵意となって。ボソボソと呟いていた周りの声は、徐々に大きくなり……いつしか、聞こえるような否定へと変わっていた。悪魔憑き、裏切り者、逆賊……公爵家だという後ろ盾も王子達と聖女への悪辣な行為によって、身を守る盾ではなく、罵りのための的に変わっていく。


「無論、ただの推測でしかありませんが……悪魔憑きの疑いが晴れるまでは、カトレア嬢には大人しくして居てもらいましょう。誰か、彼女を捕らえてください」


 そう、声を掛けると同時、周りを取り囲む貴族の中から、勢いよく二人の青年が飛び出してくる。


「ノールドア副団長、我々にお任せを!!」

「あぁ、頼むぞ」


 顔も名前も知らない、二人。カトレアの身体よりもずっと大きな身長。腰から提げたサーベル。迫ってくる男二人に喉が引き攣る。突然放り込まれたワケの分からない状況を少しでも好転させようという感情が、墨一色、塗りつぶされる。

 怖い。その一色に。

 感覚器官が総毛立つ恐怖感。勢いが消失して感情が地に足がついた途端、ただの子供でしかない自分が顔を出して、もうどうする事もできない。


「抵抗はしないでくださいよ」


 そう言って、腕を掴まれる。その手には、縄。


「やッ……!!」


 きちんとついていくから、縄で縛らないで欲しい……ほんの少しの理性が言葉を捏ねるけれど、すぐに黒に塗り潰された。ようやく出たのは、小さな悲鳴だけ。縛られる手首。動かない脚。


「抵抗するって事は、悪魔憑きだって証明しているようなものですよ、カトレア様」


 夢見心地だった現実感が……この場面で、追いついてしまった。まるで金縛りにあったような身体。呼吸の仕方さえ、分からない。吸って、吐いての交互を維持することさえ厳しい。


「早く来いッ、悪魔憑き!!」

「あぅッ」


 腕を引っ張られて固まっていた身体は、そのまま地面へと一直線。縛られている上、硬直している今、受け身なんて取れない。ただ、ギュッと、瞼を閉じた。


「……え」


 おかしい。

 痛みが、来ない。


「……それは、なんだ。どうして、浮いている」


 どこかの誰かが呟いた声は、聞こえなかった。バランスを崩した身体は、地面にぶつかることがなかった。身体に触れるゴツゴツとした感触が、誰かが倒れる前に受け止めてくれていたことを伝える。咄嗟、見上げる。けれど、見えるのは澄み切った空。

 誰も居ないはずなのに、知っている、ブラックコーヒーの匂いがした……気がした。


「おい、どういうことか説明しろ!!」


 視線の先、縄を持った騎士の一人が再び、更に強く縄を引っ張ろうと腕を大きく振った。

 瞬間。


「ブベラッ!?」


 一瞬顔が歪んだと同時、錐揉み回転をしながら、周りを取り囲む貴族へと吹き飛ぶ。


「な、なんだ!?」


 巻き込まれ、上がる悲鳴。ぶつかる音。混乱、困惑、騒動。ブーメランのように飛んでいった光景が、網膜に焼き付く。


「時間がないってのに、気分の悪いモノ見せるの止めてくれないかしら。鳥だか貴族だか知らないけどピーチクパーチク五月蠅くて仕方ないのよ。時間ないってのに」


 見えない誰かが、転びそうになった身体を支えてくれている。その声は、甘い声質なのに凜とした声色で喋る少女の声。

 なぜか、聞いた途端に涙が零れてきた。


「揃いも揃って、みっともないからやめたら?」


 目には見えないけれど聞こえてくる声が、そこに誰かが居るのに気付き始める。


「姿を現せっ、卑怯者がッ!!」


 最も近くに居た、騎士団員の片割れが腰に提げていたサーベルを抜き、声の出所に向かって刃を掲げた。


「誰が卑怯者か!!」

「ボブェッ!?」


 何かが砕けるような小気味よい音と、面白おかしい叫び声と一緒に、先ほどのリピート再生。

 それから、パチッ、と静電気のような音がしたと同時、何も見えない空間から、人型が徐々に姿を現す。ドレスや学園制服、といったモノとは正反対の位置に存在する物々しい装備を身に纏った人型。纏っている装備は鎧か、特撮スーツみたい。全てがツヤ消しされた光を吸い込むような黒で統一され、所々に青白い光がぼんやりと走っている。

 背には銃や、鋸と剣を足して二で割ったようなメカメカしい武器。その上、大小の銃が二丁。余すこと無くつけられた装備。おっかないのを通り越して、SFの世界から迷い込んできたかのようで。

 フェイスシールドのようなもので素顔が覆われているけれど……左右均等に結ばれたツインテールが、人型が少女であることを裏付ける。


「お前が、悪魔か……!?」


 近衛騎士団副団長……ノールドアがクレィス王子達よりも一歩前へ踏み出し、サーベルへと手を添える。

 対する少女は、一瞬目を丸くした後、一笑に付した。バカバカしいと、肩を竦めて首を横に振るう。美しいまでに対称的に結われた……最高品質のツインテールが揺れる。知らずの内に視線が尾の先を追いかけていた。


「私は魔法なんて使えない、どうしようもないただの人間。あなたたちよりもずっとね」

「……何を言っている」


 誰も少女の言葉を理解出来ていない。けれど、本人は理解して貰うどころかロクにコミュニケーションを取るつもりもないようで。

 少女が、一歩前に出る。四面楚歌の状況に、牙を剥きながら。


「あえて、言うとしたら」


 背中の奇っ怪な形状をした剣を手に取って、躊躇うこと無く突きつける。


「ヒーロー」


 とっくに、身体を縛る恐怖は消えていた。

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