先輩後輩ロマンシス その15
目の前で泡を吹きながら伸びる少年を、足先でつつく。当然無反応。苛立ちとフラストレーションが溜まっているため、一発くらい自分の手で殴りたいという想いは残っているが、そんな暇はない。
OWBを手に取り鋸剣を起動。芹の足取りがここで消えているのであれば、この場からなら侵入が出来るハズ。さっさと、向こうへ行って、すぐにでも取り返す。
「じゃあ、ノードを仕掛けます」
「鳥居、それは不可能だ」
振り上げた刃が、止まる。虎伏隊長が不可能と断じたことに、眉を顰める。
「向こう側に渡るのに必要な条件は奴らが此方へと干渉し奪っていったから痕跡を追う。謂わば逆探知のようなモノだというのは言うまでも無いな?」
態々返答するまでも無い。無言で肯定とする。
単純な話。家に入ってきて金目の物を盗んでいった泥棒の足跡や指紋を元に、追いかける。それが干渉者への唯一のカウンター。
「だが、今回は、此方の人間が向こう側に直接差し出している」
「つまり、後を追うもクソもない」
例えるなら家の中の住人が、玄関先にまでやってきた泥棒に金品を手渡ししたようなもの。
身体中の内側、内臓を掻き毟りたいほどの、衝動が荒々しく噴き上がる。何故、そんな前例のないやり口で狙われたのが芹なのか。
どうして。その四文字が、しつこいほどに脳内を反響。沸々と押さえ込まれた衝動が形を歪ませ、彩度を落としていく。
理不尽に理由がないのは知っている。分かっている。だから、理不尽を捻じ伏せる力を欲した。
「だから、お手上げ……なんてみっともない話は聞かされるんですか?」
誰かが、身動ぎした。その物音一つすら耳に障る。視線を挙げると、誰もが視線を逸らす。誰かが息を呑む。
「いいや、まだ話は途中だ……うちの隊を脅すのは止めろ」
「勝手に怯えてるだけですよ」
虎伏隊長は僅かに表情が強張っているが、怯えた様子はない。一応、隊長という肩書きだけを見れば、菜沙と虎伏隊長は同じだが……とても、対等な同僚と言える関係ではない。
「戸羽のヤツ……分かってて、俺に説明させやがったな。お前ら、中間管理職はキツいぞ」
ぶつくさと、虎伏隊長が溢した言葉。菜沙を除いた全員に、ぎこちなくだが笑いが浮かぶ。張り詰めた空間がその言葉が針となって僅かの穴を開けた。
「お前ほどじゃないだろうが、腹が立つのは俺達も同じだ。此処に居る人間は、どいつも、道理が通らない事を憎んで此処に居るのは知ってるだろ」
「知ってる」
知っている。分かりきっている。怒りを向ける相手は彼ら彼女らではないことを。『やりづらいな』という呟きは、当然聞こえた。
深呼吸一つ。吐き出す。怒りは腹の底に溜めたまま、その怒りから生じる熱だけを吐息とともに体外に。
「……子供みたいな癇癪を起こしてごめんなさい」
感情は伝播する。故に、表に出す感情も制御しなければ隊長としては片手落ち。隊長とは名ばかりの、単独行動ばかりだったが故に、そんな基本すら疎かになっていることを自覚。
「いいさ。まだ子供だから癇癪くらいは構わん」
「今後も、子供のワガママを色々聞いてくださいね」
ぺこり。冗談とともに頭を一つ下げる。和やかな空気……とはほど遠いが、少なくとも菜沙が苛立ちを収めたことは周りにも伝わったみたいで幾分か不要な緊迫は落ち着く。
「大人の助言に従う素直な子供の言うことなら、な」
「……善処します」
虎伏隊長が、菜沙の下手な冗句に乗っかってくれたお陰か、更に空気からは角が取れる。チームとしての空気作りにおいては間違いなく菜沙よりも秀でている。信頼を置かれるのも、納得。
「本題だが、こいつが主犯だとすれば利用すれば取り戻せる可能性があるだろう……打て。そして起こせ」
虎伏隊長に指示された隊員が、取り出した注射器を手早く床に寝転がる少年の二の腕に突き刺した。バシュっ、と、空気の抜けるような音とともに、打ち込まれる薬。
それから、手早く両手両脚を縛り付けた後、所定の位置に戻った。
「イッッッ!?」
パチ、と大きな静電気にも似た音。意識を強制的に覚醒させる。避けようのない、体内からの強制的な電気信号。
「な、なんだよっ、これ……ガッ!?」
動揺する少年に対して、虎伏隊長は手に持ったリモコンをこれ見よがしに見せつけながら近寄る。芋虫のように縛られた少年を、見下ろす身体の大きな益荒男。物々しい装甲スーツを身に纏っているのが、ただでさえ大きな身体を、一際巨体へと変貌させる。
痛みに文句の声を上げようとした少年は、すぐに威圧感に呑まれ、閉口。
「今のは、お前の身体に打ち込んだナノマシンを反応させた。怪しい真似をすれば、死んだ方がマシな痛みに襲われる。そして、この場から一定以上距離を置いても、ナノマシンが反応するように設定してある……つまりは、生殺与奪は全て我々が握っている」
淡々と、高圧的に事実を述べる虎伏隊長。その事実に、只でさえ脂汗を滲ませていた少年の顔は、血の気を失って青くなる。
「一体、僕が何をしたって」
「五月蠅い」
「グッ!?」
軽く蹴っただけなのに、ゴムボールのように跳ねる。なんて、軽くて、頼りない。こんな、ヤツに翻弄されていたのだという事実に腹が立つ。
「こっちの質問にだけ答えて」
「それ、がっ、頼む側の」
「別に頼んでない」
未だ、睨み付けてくるのは、根性があるのか、傲慢が過ぎるのか。一つ一つを相手にしている余裕はない。ただでさえ、拘束するまでに時間を掛けているのだから。片足で手首を踏み押さえ、もう片足で指を逸らす。抵抗して、指を握り込もうとするが、そもそもの力に差がありすぎた。ミシミシと、反り返っていく指。
「おい、やめろっ。分かったっ!! 分かった、話すからっ!!」
「指の一、二本くらいで……」
ぼそり。余りにも張り合いがなくて愚痴がこぼれた。口惜しいけれど、力を込めるのは止める。少年の菜沙を見る目が、恨みだけではなくなっている。
「鳥居は下がっててくれ。進むモノも進まん。もう少しスマートに事を運べと散々言われてるだろうが」
言われ、仕方なしに一歩退く。菜沙が得意なのはあくまでも斥候遊撃迎撃反撃……無心で、武器を振るうばかり。名ばかりではなく、真の意味で隊長として、信を置かれている虎伏隊長に任せた方が円滑に進む、と冷静な部分が判断し、黙る。
「単刀直入に言う。少し前に干渉……分かりやすく言うのであれば、別世界へと連れて行った少女をこの場に戻すことは可能か?」
菜沙が一歩退いたことで、ほんの少しばかり表情に余裕が生まれた少年は、少し考えた素振りを見せた後、首を横に振るう。
「無理、だ」
ぎりっ、と噛み合った歯が軋みを上げる。だが、無意味に喚き散らかすことはしない。湧き上がる暴力性を燃料として、自身の炉心へと焼べる。
「直接的な手段でなくとも、可能性であれば何でもいい……本当にないのだとしたら、身の安全は保証できん」
そう言って、顎で菜沙の方を示す。怒りに染まるでも無く黙して張り詰めている菜沙を見て、ヒュッ、と引き攣った声を上げる少年。
「俺、重要参考人というか、捕虜というか、そういう価値あるん、だろ?」
「多少は自分の立場を理解しているのは構わんが……あいつが暴れたら、我々では止められん」
実際に、暴れたりはしないが、この場で態々、指摘はしない。
「な、なんでだよ」
「能力の差だ。挽き肉になりたくないのなら、手段を出すことだ」
聞こえる舌打ち。虎伏小隊の隊員は、数名がこの場を離れている。恐らく、このビル内の完全鎮圧か、支部への連絡辺りだろう。数十秒ほど、沈黙する空間。菜沙が痺れを切らしかけた、その時、渋々といった様子で少年が口を開く。
「残っている力を全部使えば、一人くらいを送るだけなら出来る……と、思う」
「残っている力、だと?」
「そうだよ。僕のこの能力は与えられたモノだけど、際限なく使えるものじゃない。燃料補給しないと、使えないんだよ。それこそ、世界を繋ぐような門を拵えるとなると、近所に門を作るのとは話が違う」
諦めがついたのか、誤魔化したり、はぐらかすこともなく、あけすけと舌を回す。少年の様子をモニターしている隊員が何も言わないと言うことは、嘘もついていないと言うこと。
「で、燃料を分けて貰う為の交換条件として、神様って名乗ったり名乗らなかったりするヤツらの手伝いをしてたわけ」
引っかかるところは存在するものの、大凡の理解は出来た。ソファーに腰掛けて、背もたれに体重を預ける。やたらと重たい装備は、高級そうなソファーでさえも悲鳴を上げさせた。
「それを私たちが邪魔をし続けたから、焦って、直接、向こうに渡すようにしたってところね」
「そうだけど、若干違う。向こう側が、邪魔が入るなんて聞いてないってクレームを入れてきたんだよ。俺だってこんな組織があるなんて、知らなかったんだから、お門違いも甚だしい」
「何のためにその力を……は、私にとってはどうでもいいか。芹……さっき連れて行った女子高生の元には送ることが可能なのね?」
「保証は出来ない。それに、向こうがどんな世界かなんて情報は期待されても、何があるかなんて何も知らないから」
「何処に出るかも分からない片道切符か。素子を使えば戻れる可能性は、あるにはある。だが……」
確実に戻ってこられるとは限らない。普段とは異なるイレギュラーケース。理屈の上では、帰ってくる方法は存在している……が、上手くいくかどうかは不明。
「それで構わないから、今すぐ、送りなさい」
「おい鳥居、勝手に決めるな」
「小隊としての判断です」
ソファーから立ち上がり、床で寝転がる少年を見下ろす。カチャカチャと、背面の装備が鳴き声をあげているようだった。背負ったブレードの持ち手を撫でる。
「いいんだな? 送った後、どうなるかも分からないんだぞ?」
「構わないと言ってるでしょう。あなた一々女々しいのよ」
「めっ……!!」
一先ず、向こう側へと渡る手段が出来た。芹への手掛かりも無ければ、向こうに辿り着いたとて追う術もない。けれど、胸の内には夜明けにも等しい明るい希望。行く路が閉ざされていないのであれば、それでいい。
今回の目的は、芹の救出。どんな世界かも分からないから、装備の過不足が不明。そんなの、いつも通り。装備が整っているかどうかなんて、敵は考慮してくれない。十分に装備が整ったから戦うのじゃない。今ある手持ちで何を為すかが戦い。
「どうせ行くのなら、必要だと思うモノは何でも持って行け……大したものはないがな」
手渡される虎伏隊長が持っていた銃が手渡される。ミンチメーカーよりもずっと大きな、主装備。装備が貧弱な菜沙に対する助け船。
「助かります……」
「構わん、持てるだけ持て」
それじゃあ……と、幾つか、周りの隊員から装備を幾つか拝借。火力のある装備は魅力的だが、首を横に。元々持っているミンチメーカーと手渡されたライフルで十分。アクセントとしてバーナーを持っていれば十分。
最優先は素子を詰め込めるだけ詰め込んだOWB。サイドパックや、バックパックに詰められるだけ詰める。他の武装を持つ枠を減らしてでも持つべき生命線。
「よし、いつでもいけます」
「無茶は好きにしろ。但し、必ず務めは果たせ」
「了解です」
背面や、腰、腕部等、拡張できる部分は片っ端から拡張装備を装着。銃は二丁、ブレードが一本。相手が虎か、猫かも分かっていない現状。相手のホームグラウンドに突入するのは、幾ら準備を重ねたとしてもリスクが勝る。その上、何処に出るかも手がかりも無し。それでも、やるしかない。
全身の装備の具合を確認。違和感なく、身につけることが出来ていることを確認。地面へと寝転がって準備を見上げていた少年に声を掛ける。
「カッコいいでしょ?」
「はぁ!? 別にんなこと思って」
「ないならいいわ。今すぐ行くから送りなさい」
「もう、知るかっ。好きにしろっ」
そう言った同時、菜沙の目の前の空間が、小石を投げ込んだ水面のように波打っている。先ほどまで対峙していた内は、打ち倒すのに意識を裂いていた。だが、こうやって、異能を使っているのを改めて見ると、この少年の特異性が分かる。
「すぐに迎えに行くから」
呟いて、大きく一歩、水面の中に、足を踏み入れた。
この足は、理不尽を踏破するためにあるのだから。
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