先輩後輩ロマンシス その6
かつては負けっぱなしだった額縁がトンデモ兵器を用意することで勝負の土俵に立つことができた。
では何故、そんなトンデモ兵器を開発できたのか。
優秀な人材がいたから? コストを注ぎ込んだから? 間違いでは無いが、的からは外れている。
毎回毎回、数十人の被害を出しながら、一人を助けに行く。明らかに釣り合いが取れていないのに、それでも干渉者へと向かっていくのか。組織の目的が救出ではなく、観測及び解析にあったから。
異世界の来訪者が振る舞う力はこの世界では使うことが出来ない。『世界観』が異なるから。なので、此方の世界で使えるように、弱体化及び変換(コンバート)される。干渉者が此方で使うのは変換された異能……魔法や魔力は、科学と物理に置換。つまり、『観測・解析』が可能だと言うこと。
多大な犠牲を払いながら干渉者の振る舞う異能を解析することで、未だ人類が未踏であった数多の法則を発見。ゼロからイチへ至る足跡をばら撒いてくれる。気が遠くなるような研究をショートカット。
菜沙たち現場の人間にとっては怨敵であっても、研究者にとっては前人未踏の技術をばら撒いてくれる宝船。
故に菜沙たち前線の人間の肩書きは兵士ではなく『観測士』が宛がわれている。
それらが、今のゲテモノ兵器に繋がっている。
「幾ら、強化されてるって言ったって所詮、生き物。死ねば死んじゃうのは分かってるぅ?」
「分かってますよって」
ただ、ゲテモノ兵器を扱う人間というソフトウェアが追いつかなくなっていった。別世界における遠隔操作はリスクが大きいため、どうしても人間が武器を取る必要があった。
壁が現れたのなら打ち破るのが人類の力。自然現象さえも解明し、人の理解の枠内に落とし込んで、対策する。今回も同じ。
対策としてはシンプル。人間が弱いのなら強化すれば良い。
鳥居菜沙然り、戸羽伊月然り、観測部隊は全員が改造人間である。複数回にわたる手術、正式名称を『人体再構築(カーディナルフォージ)』を繰り返し、脊髄やら造血幹細胞の再構築やら、聞いているだけで正気を疑うような手術を以てして……あらゆる所に手を入れていく。自身の身体から取り出した細胞やその他諸々を、原型も無いほど弄くり回して、再度の移植。骨や筋繊維の入れ替え及び追加……等々、行っている改造は多岐にわたる。
内容は専門的過ぎて、一パーセントも理解できない。結果として人造人間が一丁上がり、という訳である。
定期的なメンテナンスは必要なものの、そうすることで、インチキ能力を持った連中に対抗……する為の、装備が扱える素地が整う。
「……よし。一通り問題なし、と」
装備一式の確認が終わって、再び、持ち運び用に箱の形へと戻す。これ一つとっても、世間とは比べものにならない技術。それもこれも、干渉者との接触によって生まれた。額縁の技術は、少なくとも五十年以上先を行っている。らしい
余談だが、日本が技術大国として再興したのは、技術の恩恵を受けているから。先進技術は他国の数歩先に進んでいて、一時は停滞衰退の一途を歩んでいたのが嘘のように、ニッポン万歳と、盛り返している。
一歩一歩、何年何ヶ月も掛けて行う研究をショートカット。まだ未発見の法則を見つけたり出来るのだから、V字回復するのも当然と言える。
それがまた、別の国家間の軋轢を生んでいるのだが、菜沙みたいな木っ端観測士は気にするだけムダ。。
ただ、先進技術を存分に振るって、対抗できる人間をひたすらに増やせば良い……という訳にも中々いかない。
人体再構築には一つ、問題点があった。
骨や感覚器官を多少触るだけなら兎も角、神経、細胞、その他諸々にまで手を入れる人道とか倫理とかを遠くに投げ捨てたモノ。公表すれば、国際社会からの批判、糾弾は避けられない。
技術を確立したのは、研究部と臨床部、双方の並々ならぬ努力の結晶……なのだけれど、どうしても、全ての人間に分け隔てなく適用できるレベルまでは落とし込めなかった。人体再構築の核となる部分(被験者である菜沙でも内容は教えてもらえない)には、適性が必要であった。
そこで出てきたのが、どれほど人体再構築が身体に馴染むかの適正を図った数値。
菜沙はその数値が理論値、実現不可と言われるまでの適正があった。それだけの話。
「ありがとうございました。今日は帰ります」
バッグを肩からかけ、アタッシュケースを手に持って、帰り支度は完了。さっさと、家に帰って、美味しいご飯と、明日の準備をしないと。
「言われ飽きただろうし、言い飽きたけどぉ、ちゃぁんと、準備してから出撃しなさいよぉ」
「善処します」
呆れたように、息を吐かれる。準備が出来る時はしている。そうではない時が、多いだけ……なんて言い訳をしようものなら、最低一時間のお説教コース。この人は、戸羽司令と違って菜沙に甘くない。
誤魔化すような一礼と共に、工廠部を立ち去る。家に一番近い出口に向かって、歩いて行く。
地下はバカみたいに広い。道幅も広い。なのだが、広さに対して人員は少ない。結果、やたらと広い地下道を一人きりで歩いていて、気が滅入る。
J7セクタでこれなのだから、本部とはどれほど広いものなのか……末端の下っ端に過ぎない菜沙は知る由も無い。
歩いていると、別の通路から一人の影。見知った顔。会釈を一つ。その人……J7セクタの古参観測隊の一人。男性小隊長。菜沙の顔を見ると、眉を顰めた。筋骨隆々で、顔も濃い。戸羽司令をミルクティーだとするなら、この男は豚骨スープ。男というよりも、漢って感じの人。
菜沙よりもずっと年上で、年は二十くらい離れていた、はず。
「鳥居、今日も、一人で突っ込んだんと聞いたが、本当か?」
「……時間的余裕が無いと判断しました」
「また、それか。俺達が到着するまで時間稼ぎに徹すれば、もっと安全で確実だった、と聞き及んでいるが?」
親子ほど年が離れている相手……虎伏隊長からの、棘のある言葉。
正しいのは虎伏隊長で判断を間違っているのは菜沙。意地悪や妬み……あるかどうかは分からないが、少なくともそれを表に出すことのない、厳格な人。好き勝手にやっている菜沙の負債を取り戻すように、忠実且つ確実に与えられる任務をこなしてくれている。
この組織は軍とは毛色が異なるが……それでも正しき軍人を形にしたような男性だった。
「私の部隊のみで対処可能だと判断したまでです」
「鳥居小隊……か」
形だけの小隊。元は戸羽小隊……コード名称『泥狼(マッドウルフ)』。だが、戸羽司令の昇進により菜沙へと隊長の役職が降りてきた。ある作戦を終え菜沙が小隊唯一の生き残りとなったため消去法で決まったとも言える。
菜沙が隊長就任に伴い泥狼のコードは手放した。
「部隊再編するのが最初の任務だと分かっているはずだ。いつまで戸羽に甘え続けるつもりか?」
知っている。菜沙が、未だに今の小隊……実質、壊滅した部隊に籍を置けているのは、一重に、司令が手を回してくれているから。単独の威力偵察及び、可能であれば撃破を請け負い、実力を示すことで自転車操業を続けている。
意地になっているのは、分かっている。
「いい加減、うちに来い。お前の実力は理解しているし、協力も援護も十二分に出来る。お前を基幹とした小隊運用に変えることだって可能だ……なにより、皆、鳥居を手伝いたいと声を上げている」
堅い人。真面目な人。けれど、信頼も厚い人格者。J7セクタの前線を支える柱と言える小隊長。扱いにくい数字だけの実績を重ねる菜沙よりも、よっぽど支部と人類に貢献している。
「ごめんなさい。失礼します」
これ以上、気を遣わせることも……気を遣うことも、したくなかった。
失礼だとは分かっていても、話を打ち切る。逃げるようにその場を後にした。
「……戸羽も、お前も、それほど、死に急ぐことはないだろうが」
その通りだった。改造人間の菜沙には呟くような声ですらハッキリと聞こえた。それを虎伏隊長だって知っている。
それでも、聞こえなかった。聞こえても返す言葉なんてないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます