15

「男爵様、手をつなぎましょう」


 夜。


 ダイニングで夕食後のお茶を飲んでいた時にティーゼが唐突にそんなことを言ったものだから、サーヴァン男爵は勢いよく口の中の紅茶をテーブルの上に吹き出した。


「な、な、な……!」


 真っ赤な顔がさらに真っ赤になっている。


 手をつなぐと言っただけでどうしてそんなに狼狽えるのだろうと首をひねりながらも、ティーゼはサーヴァン男爵の隣に移動して、ぎゅっとその手を握り締めた。


 赤面症をなおすには、とにかく「慣れる」しかないらしい。ティーゼが雇われたのは一か月だけ。こうなればなりふりなんて構っていられない。


「次のお休みの日はいつですか? よかったらどこかに出かけましょう。それから、今日から『おやすみなさい』と『おはようございます』のハグも追加です」


「…………」


 サーヴァン男爵は真っ赤な顔のまま硬直した。つないだ手がものすごく汗ばんでいる。頭のてっぺんから湯気が出そうだ。ちょっとかわいそうになって来たが、ティーゼは心を鬼にして、じっと男爵の顔を見つめる。


「あとは……ええっと。そう! 『あーん』って食事を食べさせあいましょう。それがいいです」


 医師は「夫婦」間でどうにかしろと言った。残念ながらティーゼとサーヴァン男爵は夫婦ではないが、夫婦でしそうなことを片っ端から試していけば近い状況にはなるだろう。


(あと、夫婦って何をするのかしら? 結婚したけど夫婦生活なんて一度も経験したことがないし……、あ! マッサージとか?)


 名案を思い付いたとばかりにティーゼは立ち上がり、さっとサーヴァン男爵の背後に回る。男爵は騎士団の団長だ。剣を振り回せばきっと肩がこるだろう。


「肩をおもみしますね」


「…………」


 話しかけるも反応がないので、ティーゼは構わずサーヴァン男爵の肩をもみ始める。もっと鉄板のような肩を想像したのだが、意外とそれほど固くはなかった。もちろん、柔らかくもないが、それほど肩は凝っていないようだ。そんなことよりも、まるで石像になったかのように微動だにしない男爵の様子の方が気になる。


「気持ちいいですか?」


「…………」


 せっせと肩をもみながら訊ねるも、やはり反応がない。


 だがやめろとも言われないので、駄目ではないはずだ。無反応のサーヴァン男爵の様子に首をひねりつつ肩をもみ続けていると、二人の様子を戸惑った顔で見ていた執事のポールが、見かねたように口を開いた。


「その……ノーティック夫人。大変申し上げにくいのですが……、旦那様はどうやら、気を失っているようです」


「え!?」


 ポールの指摘に慌てて手を止めて顔を覗き込めば、サーヴァン男爵は真っ赤な顔のまま目を見開いて、意識を失っていた。

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