13
次の日は、雲一つないいい天気だった。
サーヴァン男爵家の庭にテーブルとティーセットが用意されて、騎士団長という役職には何とも似つかわしくない可愛らしい真っ白なパラソルがテーブルの上に屋根のように取り付けられる。
白い猫足のテーブルの上には、色とりどりのお菓子が山のように並んでいた。ドリンクはチョコレートで、どうやら昨日のティーゼとの会話から用意してくれたものだと推測する。
真っ赤な顔のサーヴァン男爵は、そわそわと落ち着かない様子だ。
せっかくのお茶の席だからと、ティーゼはちょっとだけおしゃれをして、編み込んでまとめた赤銅色の髪に白い薔薇をさしている。
チョコレートドリンクを一口飲んだティーゼは目を輝かせた。昨日カフェで飲んだチョコレートよりもこちらの方が何倍も美味しい。ほんのりと苦みのある濃厚なチョコレートだが、甘すぎないからか、後口は意外なほどにすっきりする。口の中が少しだけすーっとするから、もしかしたらミントが入っているのかもしれない。
(なにこれ、すっごく美味しい!)
ティーゼがすっかり夢中になってチョコレートを飲んでいると、その様子を見たサーヴァン男爵がにこにこと微笑んだ。顔は赤いが、ティーゼの顔を見ることには少し慣れたのか、そわそわと視線を彷徨わせるようなことはない。いい傾向だ。
「気に入った? いつでも用意させるから、ほしいときはメイドに言うといいよ」
それは悪魔の誘い文句だった。
贅沢は敵! と自分自身に言い聞かせるものの、チョコレートの誘惑に乗ってしまいたくなる。これが毎日飲めたらどんなに幸せだろう。
(って、だめよ! これは今日のお茶会の正当な報酬なんだから! 毎日は駄目!)
嫁ぎ先のノーティック公爵家でさえ心苦しいのに、雇われ先のサーヴァン男爵家で贅沢をするなど言語道断である。
そう言い聞かせるものの、勢いよく飲み干したチョコレートのお代わりをくれるというから、ついついお言葉に甘えてしまう。
(贅沢は敵、贅沢は敵、贅沢は敵!)
ティーゼは心中で呪文のように同じ言葉を唱えながら、二杯目のチョコレートはもっとゆっくり飲もうと心に決めて、目の前に並べられたクッキーに手を伸ばす。そして、一口かじって後悔した。どうしよう、これもすっごく美味しい。
目の前のテーブルの上が宝の山に見える。どうしたらいいのだろう。全種類食べたい。
ティーゼが目の前のお菓子と葛藤していることに気がついていないサーヴァン男爵が、優雅にティーカップを傾けながら言った。
「ティーゼにはすごく感謝しているんだ。こうして君とお茶が飲めるなんて、少し前の私には考えられないことだったからね。今日はそのお礼も兼ねているから、好きなだけ食べてくれ。足りなければ追加も用意させよう」
「――!」
なんと、これすべて「お礼」らしい。つまりは、正当な報酬である。だから食べても大丈夫。ティーゼはぱあっと顔を輝かせて、今度はマカロンに手を伸ばす。
(なんていい仕事場かしら? 世の中美味しい仕事があるものね!)
素敵な仕事場を探してくれたイアンには感謝である。一度も会ったことがない夫だが、こんなに素敵な仕事場を探してくれるなんて、案外いい人なのかもしれない。五年も会いに来ないくらいだからティーゼのことは好きでも何でもないのだろうが、衣食住を整えて素敵な仕事先まで紹介してくれるのだから悪い人ではないはずだ。これは彼のためにも、さっさと借金を返済して、離婚してあげなくては。公爵家には後継ぎが必要だから、いつまでも好きでもないティーゼを妻の座に座らせておくわけにはいかないだろう。お飾りな妻は、さっさと退散すべきだ。
そのためには、サーヴァン男爵の赤面症を治して、十倍の給金を手に入れる必要がある。十倍の給金をもらったところで借金返済には程遠いが、まずは千里の一歩目だ。
(でも、本屋にいい情報がなかったから……次はどうしようかしら?)
タフィを口の中で転がしながら考える。
(……こういうときは、やっぱり専門家かしらね?)
十倍の給金のためには労力は惜しまない。
ティーゼは「正当な報酬」であるお菓子を次々に口に運びながら、うーんと思案した。
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