5
赤い……。
テーブルを挟んで真向かいに座るサーヴァン男爵の顔は、鳥のソテーにかかっているトマトソースのように赤かった。
女性を見ると顔が赤くなると言うサーヴァン男爵は、先ほどから僅かばかり俯いて、ティーゼと視線を合わそうとはしない。
面白いくらいに顔が赤いが、冷静になって考えて見れば、「女性を見ると顔が赤くなる」と言う割には、彼の周りには普通にメイトたちがいることだった。彼女たちが給仕をしたりお茶を入れたりしていても、ティーゼを前にしたときのように真っ赤にならず、平然としているように見える。
人に世話をされることに慣れた人は、使用人を空気のように感じる人がいると言うが、もしかして彼もそのたぐいの人間なのだろうか。
「その……ノーティック夫人」
「ティーゼで大丈夫ですよ」
「では、……ティ、ティーゼ」
「なんでしょう」
ティーゼはナイフとフォークを置いて顔をあげた。
サーヴァン男爵は相変わらず視線を下げたままである。
「部屋のことだが……、その、不自由はしていないだろうか。ほしいものがあれば言ってもらえれば用意するし、何ならやはり身の回りの世話をするメイドを……」
「不自由していませんから大丈夫ですよ。それに、わたしは雇われてここに来たのですから、身の回りのことは自分でします。どうぞお気になさらず」
「だが……」
「そんなことより男爵様。失礼ですが、お話するときは相手の目を見るものですよ。赤面症をなおすのにも、その方がよろしいのではないでしょうか」
ティーゼが指摘すると、サーヴァン男爵は「う……」と小さく言葉を飲んで、それからそろそろと顔をあげた。そして、ティーゼと目が合うと、まるで天敵を見つけた野ネズミのように素早く視線を逸らす。もう、血が吹き出すのではないかと心配したくなるほどに、顔が赤い。
(これは……、先が長そうね)
サーヴァン男爵は思った以上に重症のようだ。
「男爵様は、昔から赤面症でいらっしゃるんですか?」
「いや、そう言うわけではない」
「では、ある日突然に、ですか?」
「まあ、そうだな」
それは大変だっただろう。これまで大丈夫だったものが急にだめになったのだから。
「それは、いつから?」
「……五年前だ」
「五年……」
ティーゼは思わず目を見張った。
偶然か、ティーゼが結婚したのと同時期に発症したらしい。
(五年……、急に自分の周りの環境が変わって、大変な思いをする気持ちはわかるわ……)
それが五年も続けば、さぞつらかっただろう。ティーゼもつらかった。
ティーゼはサーヴァン男爵のことが他人事のように思えなくなって、席を立つと、彼の隣に回り込んだ。
「男爵様。きっと治りますから、一緒に頑張りましょう」
そう言いながらテーブルの上に投げ出されているサーヴァン男爵の左手を取ると、彼はひゅっと息を呑んで、石像のように固まってしまった。
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