3
サーヴァン男爵の邸は、城の近くにあった。
邸はそれほど大きくはない。高い塀に囲まれた中にある庭は飾り気がなくすっきりしていて、いかにも独り身の騎士の邸宅という感じがした。
玄関の前で馬車を降りると、四十前後の姿勢のいい男性が出迎えてくれる。彼はポールという名前で、サーヴァン男爵家の執事だそうだ。
「ようこそいらっしゃいました、ノーティック公爵夫人。旦那様がお待ちでございます。さ、どうぞこちらへ」
優しそうなポールに案内されて、ティーゼは中央階段から二階に上がる。同じ執事いつも硬い表情のマイアンとはえらい違いだ。
サーヴァン男爵の書斎に通されると、キラキラと輝く銀色の髪の男が、窓の方を向いて立っている。入口からは後姿しか見えないが、騎士という割には細い人だと思った。身長は高いが、こう――、剣を握る様子が想像できないくらいに、すらりとしている。
ポールが部屋を出ていくと、男爵がティーゼに背中を向けたまま口を開いた。
「……君が、ティーゼ・ノーティック公爵夫人かい?」
「はい」
ティーゼが頷くと、サーヴィス男爵はそれきり黙り込んでしまった。そのまま一分近くが経過して、ティーゼがさすがに不審に思いはじめたとき、「よし」と小さな掛け声のようなものが聞こえてくる。
(……よし? なにが、よし?)
首をひねっていると、まるで気合を入れるように大きく息を吸い込んだサーヴァン男爵が、勢いよく振り返った。
ティーゼは目を見開いた。
綺麗な銀色の髪をしているなと思ったけれど、振り返った顔はさらに綺麗だった。青灰色の切れ長な理知的な瞳に、無駄な肉のないすっきりとした逆三角形の輪郭。きりりとした眉。高い鼻に、薄い唇。……彼は本当に、第三騎士団の団長職にある男だろうか。
ぼーっと見つめていると、ティーゼを見つめ返したサーヴァン男爵の顔が、まるで熟れたリンゴのように真っ赤に染まった。
(……へ?)
白い肌が、びっくりするくらいに真っ赤になった。大道芸人の見せる手品のようだ。どうなっているのだろう。ぱちくりと目をしばたたかせていると、サーヴァン男爵が両手で顔を覆って俯いた。
「す……、すまない。その、見ての通り私は赤面症で……」
「赤面症⁉」
なんだそれは。はじめて聞いた。目を丸くしていると、顔を覆ったままサーヴァン男爵がごにょごにょと言う。
「この通り、すぐに顔が赤くなってしまうんだ。女性がそばにいるとどうしてもだめで……」
「そう、なんですか……」
それならばどうしてティーゼを雇ってくれたのだろうか。ますます不思議に思っていると、赤い顔のままのサーヴァン男爵が、立ったままのティーゼに気づき、慌てたようにソファをすすめた。
ティーゼが座ると、男爵もその前に腰を下ろす。……それにしても、本当に真っ赤だ。
サーヴァン男爵はこほんと咳ばらいを一つして、ティーゼと視線を合わそうとしないまま言った。
「それで、だ。君にはその、私のこの赤面症をなおすために協力してほしいんだ」
「協力、ですか?」
「ああ。それが君に頼みたい仕事だ」
「ええっと、具体的に何をすればいいんでしょう」
「何、簡単なことだ。私と一緒に食事をして、話し相手を務めてくれればいい。私にも仕事があるから四六時中邸にいるわけではないから、邸にいるときにはそばにいてくれ」
(え、それだけ?)
ティーゼは唖然とした。掃除洗濯皿洗い、なんでもどーんと来いと息巻いて来たのに、まさかの「話し相手」。それは果たして、仕事だろうか。
「もちろん、給金は弾む。もしもこの赤面症が治ったならば、約束している給金の十倍を払おう」
「十倍ですって⁉」
なんて言うことだろう。契約期間は一か月間だったが、もしも提示されている給金の十倍がもらえれば、借金返済への大きな一歩を踏み出せる。
ティーゼは拳を握りしめて、顔を紅潮させて叫んだ。
「やります! なんとしても、男爵様の赤面症をなおして見せますから!」
目指せ給金十倍! 借金返済! 金に釣られたティーゼは、今にも踊り出しそうな彼女のことを、愛おしそうに目を細めて見やる男爵の様子に気がつかなかった。
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