どっちが欲しい?
蒼之海
どっちが欲しい?
陽も傾きかけた夕方5時。
助手席で終始ニコニコしている絵未を乗せた車は、都心の遊園地へ到着した。
飲食系の仕事に就いている俺にとって、夏休みはかき入れどきだ。休みなんてなかなか取れやしない。
そんな多忙な日常にも、文句の一つも言わないで、絵未はいつも俺の家へと足繁く通ってくれていた。
せめて夏の小さな思い出に、デートらしいデートに連れて行ってあげたい。
同僚たちに頭を下げ、なんとかもぎ取った貴重な休暇。
休みと言っても夜勤がメインの俺にとって、日中から活動するのはやっぱりキツい。
絵未のささやかな「遊園地に行きたい!」との希望を叶えるには、選択肢はあまりにも少ない。夏の期間中のみナイト営業をしている遊園地を見つけ出し、ようやく実現した遊園地デート。
「早く行こう! 武志くん!」
互いに二十歳を超えてはいるが、いざ遊園地に着いてみると心が躍る。胸が弾む。
駐車場からエンジン全開、俺の手を引っ張って入園口まで走る絵未はまるで子供のようだ。
———そんな無邪気なところも、好きなんだよなぁ。
俺も笑顔で追い縋ると、後ろから覆いかぶさるように抱きしめた。
じゃれあいながら、園内へ。
世間での夏休みも後半に差し掛かっていたが、親子連れも比較的多く、遊園地は笑顔と笑い声で飽和していた。
俺たちも、その輪の中へと溶け込んでいく。子供が喜びそうな汽車の乗り物や、コーヒーカップ、ホラーハウスやコースター。いくつものアトラクションが俺たちを童心へと帰していく。
笑顔の絵未に引きずられひとしきりはしゃぎ回れば、お腹も悲鳴を上げてくる。
俺たちは、園内のレストランへと吸い込まれた。
メニューはあまり多くなく、クラブサンドとハンバーガーを適当に頼み、互いに取り分け合う事にする。車なのでジュースで乾杯すると、絵未は嬉しそうに色々な話題を持ち出してきた。
ご機嫌のとき、絵未はとてもよく喋った。もちろん今日は、いつにも増して口数が多い。
(最近仕事が忙しくて、あまり二人で外出はほとんどできなかったからな。今日は遊園地に連れてこれて、本当によかった)
ころころと笑う整った顔立ちに、赤のチェックのシャツがよく映える。絵未のお気に入りの洋服の一つだ。
ぼんやりと話半分で絵未の喜ぶ顔を見ていると、絵未の口調がちょっとだけ強くなった。
「———ちょっと武志くん? 聞いてるの!?」
「あ、ごめんごめん。絵未ちゃんの顔に見とれてた」
「……ホッント! そういう返しは天下一品なんだから! このスケコマシ!」
……いや、本当に見とれてたんだけど……。でもそれ言うと、照れて黙っちゃうか、さらに煽りを入れてくるかのどっちかだからな……。今日は、絵未が気持ちよく過ごせるようにしてあげよう。
なので、ここでの正解は「更に謝る」だ。
「ごめん。許してって。……で、なんだっけ話題。もう一回教えて。お願い」
「だからね。もし子供が欲しいとしたら、男の子か女の子、どっちがいいっかて話」
ストローで飲んでたジュースが逆流した。
「ゴホッ……な、ちょっと絵未ちゃん。……まだ気が早いんじゃない?」
「ちがーう! そう言う意味じゃないのー! 純粋に子供を持つならどっちがいいかってことぉ!」
ふーむ。そんなこと。
今まで考えたことすらなかったな。 今日の絵未はキレッキレだなぁ。
俺としては子供よりも、絵未とするその行為のほうが、好きなんだけど……。
端正な輪郭にやや童顔な絵未だけど、俺を受け入れるときは一心不乱に求めてくる。
絵未が恥じらいながらも乱れる様が、たまらなく愛おしかった。
今までの経験した誰よりも、体の相性も合っていた。
まるで互いの足りないところを、補うように。何をして欲しいか、してもらいたいか、考えていることさえ分かるくらいに。
「子供よりも夜の絵未が好き」って、一瞬口から出かかったけど、そんな答えを言ってしまったら、絶対雷を落とされる。
俺はしばらく考えた後、絵未の問いに真剣に答えた。
「……女の子、だな。うん、女の子」
「……なんで? ちゃんと理由を言ってください」
「だってさ、『パパと結婚したーい』とか、言ってくれるんでしょ? ウチの兄弟は男しかいないから分からないけど。それにさ、子供が大きくなっても、おっさんにならないで若い姿を保っていれば、『○○ちゃんちのパパ、カッコいいよねー』とか、子供の友達に言われたりするんじゃない?」
「はい、ダウト!」
「なんでダウトなんだよ!」
絵未が悪戯っぽくにやけながら、小さな拳を突き出してきた。
「まず一つ目。私は『パパと結婚したーい』とか思いませんでした。必ずしもそうとは限りません。それは男親の幻想です。そして二つ目。武志くんだって、歳をとります。そして確実にお腹が出てきます」
絵未は目尻を下げながら、とても楽しそうに指を一本ずつ立てていく。
「なんだよ! 男の夢を踏み躙らないでくれよぉ! ……じゃあそんなことを言う絵未ちゃんは、一体どっちなの?」
「絶対男の子!」
「……その心は?」
「だってさ……自分が大好きな人とそっくりな男の子が、成長していく姿を毎日見られるんだよ。こんなに幸せな事って、ないと思うの」
その言葉が俺の胸に突き刺さった。
俺が女の子と答えた根本が、まったく違う。絵未はどこまでも、好きな人のことが大前提なのだ。自分よがりな俺の回答が、とてもにちっぽけに思えてくる。
絵未には幸せになってもらいた。心から、そう思った。
……でも悔しいから、ちょっと意地悪言ってやろう。
「でも絵未ちゃん。男の子って、女親に似るってよく言わない?」
「そこは気合で! なんとかする!」
……なんでそこだけ根性論!?
おかしくて俺が笑い声をあげると、絵未もつられて笑い出した。
「フフフフ……それにね、一つ、絶対したいことがあるんだ」
「何、何? 教えてよ」
「どんなに歳をとっても手を繋いで、一緒に歩くこと。……素敵だと思わない? 武志くんがぽっこりお腹になっても、手を繋いで歩いてあげるからね」
「じゃあ絵未ちゃんも努力して、お肌の張りを保ってね」
絵未は一瞬だけ頬を膨らませると、いつもの優しい笑顔を俺に向けた。
どっちが欲しい? 蒼之海 @debu-mickey
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます