墓地

@Black555

墓地


 セミが鳴り響く夏の日。

 小学生の宇和島恭介は父親の宇和島伸介と一緒に山道を歩いていた。

 私服姿の恭介に対して伸介は山に似合わない背広姿だ。


「お父さん、どこに行くの?」


 歩きながら恭介は何度も場所を聞くが伸介は黙ったまま歩き続ける。

 やがて、広い場所に出た二人。

 二人の視線の先には広い墓地がある。


「お父さん、ここは?」


 恭介は隣にいた伸介に聞く。


「……お母さんがいる所だよ」


 伸介は静かな表情で歩き出す。


「お母さんがいるの?」


 恭介は笑顔で後に続く。




 墓地に入った二人は奥へと進む。

 奥には一つの墓があり、二人はそこで立ち止まる。

 墓石には『宇和島家之墓』と書かれている。


「お父さん。お母さん、ここにいるの?」

「……そうだよ」


 不思議がる恭介の言葉に伸介は重々しそうに答える。


「どうしてここにいるの?」

「それはね……」


 言葉を詰まらせる伸介。


「……お母さん、寝ているんだ」

「寝てる?」


 伸介の言葉に恭介は首を傾げる。


「ああ…… ちょっと、疲れてな……」

「何で起きてこないの?」

「それは……」


 声を震わせながら俯く伸介。


「色々あってね……」

「そうなんだ……」


 恭介は寂しそうに墓石を見つめる。


「じゃあ、行こうか……」


 伸介はゆっくりと墓石に背を向ける。


「お父さん……」


 ゆっくりと恭介の方に顔を向ける。


「お母さん、起きると良いね!」

「……あぁ」


 笑顔の恭介に複雑そうな表情をする伸介。

 二人は手を繋ぎながら墓を後にした。 




 学校のチャイムが鳴り、ランドセルを背負った高島健吾はゆっくりと校庭に出る。

 校庭は下校する生徒達で溢れかえっている。

 うだるような蒸し暑さが襲い、黒色のTシャツと緑色の短パンから汗が噴き出す。


(早く帰ろう……)


 足早に校庭を歩く健吾に後ろから明るい声が響き渡る。


「健吾!」


 後ろを振り向くと友人の今井優太が走って来るのが見える。

 アニメのキャラクターが入ったTシャツに薄肌色の短パンを履いている。


「良かった…… 間に合って……」


 健吾の隣で息を整える優太。

 二人は家が近所で放課後になるといつも一緒に帰っていた。


「随分と遅かったね」

「先生の話が長くなっちゃって……」


 優太は笑顔で謝ると健吾に向かって手を合わせる。


「そうだったんだ……」


 健吾が歩き始めると優太も後に続く。


「あの先生、たまに話が長くなるんだよな……」


 優太は歩きながら頭を掻く。


「それよりさ、今日、暇?」

「何で?」

「今日、小暮山に行こうと思ってな……」


 優太は笑顔で答える。


「小暮山って…… うちの近くの?」


 首を傾げる健吾。


「あぁ。夏なんだしカブトムシでも捕ろうかなって……」

「なるほど」

「健吾も行くか?」

「そうだな……」


 健吾は考えるように顎に手を掛ける。


「やっぱり…… 駄目か?」


 優太は不安そうな表情で健吾を見る。


(面白そうだし行ってみようかな……)


「分かった。行くよ」


 健吾は笑顔で答えた。




 木々に囲まれた山道にセミの鳴き声が響き渡る。


「健吾! いたぞ!」


 優太は叫びながら大木に駆け寄る。


「ちょっと待ってよ……」


 健吾は急いで後に続く。


「ほら、見ろよ」


 優太は目の前の大木を指差す。

 そこには一匹のカブトムシが止まっている。


「結構、でかいな……」


 健吾はぼそりと呟く。


「早速、捕まえるか」


 網を持ちながらゆっくりと近付く優太。

 健吾はその様子を黙って見守る。

 優太と大木の距離が徐々に縮まり、カブトムシが目前に迫る。


「今だ!」


 優太が網を振り上げた瞬間だった。

 止まっていたカブトムシが羽を広げ、飛び立つ。


「あっ!」


 カブトムシは山道の奥へ飛び去る。


「追うぞ! 健吾!」


 優太は急いで奥へ進む。


「おい! 優太」


 健吾は足早に奥へと向かった。


 やがて、二人は広い場所へ出た。


「カブトムシはどこだ?」


 優太は辺りを見渡す。

 しかし、カブトムシの姿はどこにもいなかった。


「くそ! どこに飛んで行った」


 再び、辺りを見渡す優太だったが健吾は目の前の光景に釘付けだった。


「おい…… 優太……」


 健吾は静かに声を掛ける。


「どうしたんだよ?」


 健吾の方に顔を向ける優太。


「あそこ……」


 健吾はゆっくりと前を指さす。

 優太は目の前に視線を移す。

 そこにはたくさんの墓が置かれていた。

 隅々まで綺麗に並べられており、異様な雰囲気を醸し出している。


「これって……」

「墓地だよ」


 優太の言葉に健吾が答える。


「こんな所にか……」


 優太は静かに歩き出す。


「おい、優太!」


 声を上げる健吾。


「何だよ?」

「どこに行くんだよ?」

「もちろん。あそこさ」


 優太は墓地を指差す。


「……やめたほうがいい」


 健吾は真剣な表情で言う。


「何で? 面白そうじゃん?」


 優太は笑顔で返す。


「何でって……」


 健吾は辺りを見渡す。

 辺りは今まで聞こえていたセミの鳴き声が無く、木々のざわめく音だけが不気味に響き渡る。


「分からないけど…… 何か嫌な予感がするんだ……」


 健吾は不安な表情で言う。


「考えすぎだよ! ほら! 行くぞ!」


 足早に墓地へと向かう優太に対して健吾はゆっくりと後に続いた。




「凄い墓の数だな……」


 優太は目を輝かせながら辺りを見渡す。


「うん……」


 落ち着かない様子で優太の後ろを歩く健吾。


(何だろう…… 誰かに見られているような……)


 何度も辺りを見渡すが人の姿はない。


「ん? あれは……」


 何かを見つけた優太はいきなり走り出す。


「ちょっと待てよ!」


 健吾は足早に後に続く。

 二人は墓地の奥へと進んで行く。

 やがて、一つの墓に辿り着く。

 その墓は黒く汚れており、後ろの卒塔婆も朽ち果てていた。

 目の前に書かれている文字も汚れで霞み、読むことが出来ない。


「何でこんなに汚れているんだろ?」


 注意深く墓を見つめる優太。


「誰もお参りに来ないからかな……」


 健吾も同じように見つめる。


「何か…… かわいそうだな……」


 優太は寂しそうに墓を見つめる。

 その時、冷たいそよ風が吹く。

 それと同時に鴉の飛び立つ音が響き渡る。

 二人はビクッと体を震わせる。


「優太…… もう行こう……」

「あぁ……」


 健吾の言葉に優太は静かに頷く。

 二人は墓に背を向けて歩き始める。

 辺りはすっかり薄暗くなっていた。


「母ちゃん…… 帰ってきてるかな……」


 優太は深く溜息を付く。


「その時はその時だね」


 健吾は苦笑いする。

 その時、後ろから誰かの視線を感じた。

 勢い良く振り向いた健吾は息を飲んだ。

 二人が立っていた墓の前に一人の女性が立っていた。

 白い着物を着た髪の長い女性。

 顔は俯いている為、表情を確認する事が出来ない。

 しかし、視線だけが確実に健吾を捉えていた。


「どうした?」


 優太が不思議そうに声を掛ける。


「あそこに人が……」


 優太の方を向いた健吾が再び墓の方に視線を向けたがそこに女性の姿は無かった。



 夜の高島家。

 夕食を終えた健吾はリビングでテレビを見ていた。

 キッチンから水の流れる音と皿の音が響き渡る。


(そろそろ宿題でもするか……)


 健吾がソファから立ち上がった時だった。


 ピンポーン。


 インターホンの音がリビングに響き渡る。


「健吾! 行ってくれない?」


 キッチンから母親の声が聞こえる。


「分かった」


 リビングを出た健吾は玄関へと向かった。



「どなたですか?」


 玄関に着いた健吾は入口の扉に声を掛ける。

 扉には曇りガラスが入っており、こちらからは曇った景色が見える。

 しかし、扉に人の姿は無かった。


(いたずらか?)


 扉に背を向ける健吾。


 ピンポーン。


 再び、インターホンが鳴る。

 立ち止まる健吾、ゆっくりと振り返る。

 健吾は眉間に皺を寄せる。

 扉には女性の姿が映っていた。

 外の暗闇が女性の白い出で立ちを際立たせている。

 曇りガラスのせいで表情は相変わらず分からない。


「……どなたですか?」


 健吾は声を掛ける。

 しかし、女性は立ったまま何も言わない。

 健吾の背中に沸々と冷や汗が湧き出て来る。


「あの……」


 再び、声を掛けるが女性は微動だにしない。

 不安が沸々と沸き起こり、扉の方に足が向かない。


(どうしよう…… 開けたくない……)

 体が小刻みに震える。


「どうしたの?」


 後ろから母親が歩いて来る。


「あ、ええっと……」


 健吾は困り果ててしまう。


「あら、お客さんは?」

「え?」


 慌てて扉の方に目を向ける。

 そこに女性の姿は無かった。


(どういう事……)


 健吾は急いで扉を開けるが外は暗闇が広がっていた。


 雀の鳴き声が響き渡り、健吾はゆっくりと校門に入る。

 目の前に優太が歩いている。


「おはよう。優太」


 健吾は隣にやって来る。


「あぁ…… 健吾か……」


 優太は疲れた声で返す。

 目には軽いクマが出来ている。


「どうしたの? そのクマ……」

「実は眠れなくて……」


 優太は軽く苦笑いをする。


「何かあったの?」


 健吾の問いに複雑な表情をする優太。


「何かあったんだね?」

「……うん」


 優太は小さく頷く。


「……女が」

「え?」

「家の玄関に女が現れたんだ」


 優太の言葉に健吾は目を見張る。


「女が?」

「あぁ…… 白い服を着た」

「白い……」


 健吾はぼそりと呟く。


「俺、客だと思ってさ。玄関の扉を開けたんだよ。そしたら……」


 口をつぐむ優太。


「そうしたら?」

「誰もいなかった……」

「誰もいなかった?」


 健吾は眉間に皺を寄せる。


「あぁ。外には誰もいなかったんだよ。俺、怖くなって…… 扉を閉めたんだけど……」


 優太は怯えるように辺りを見渡す。


「どうしたの?」

「誰かに見られてる気がするんだ…… 昨日の夜から」

「誰か?」


 辺りを見渡す健吾。

 しかし、そんな人物はいない。

 学校のチャイムが校庭に鳴り響く。


「じゃあ、また後で」


 優太はそう言って昇降口に向かった。

 健吾はそれをただ見つめるしかなかった。


 帰り支度を終えた健吾は急いで優太のクラスへと向かう。

 クラスに着いた健吾は優太を探す。

 しかし、そこに優太の姿は無かった。


「ねぇ…… 今井君、どこに行ったか知ってる?」


 健吾は近くの生徒に声を掛ける。


「さぁ? 帰ったんじゃないかな……」


 辺りを見渡す生徒。


「分かった。ありがとう」


 健吾は急いで教室を後にした。


 優太の家に向かった健吾はインターホンを押してみる。

 しかし、反応は無い。


「いないのか……」


 顎に手を掛ける健吾。


(まさか……)


 不安を覚えながら健吾は家を後にした。


 小暮山に入った健吾は墓地の場所へと向かう。

 墓地に着いた健吾は急いで中に入る。


「優太! どこにいるの!」


 健吾は辺りを見渡しながら叫ぶ。

 墓地の奥へと歩を進めると優太の背中が目に入る。

 優太はゆっくりと奥へ進んでいる。

 その前を白い着物の女性が歩いている。

 二人の向かう先には例の墓がある。


「優太!」


 健吾は優太の元に駆け付け、肩を掴む。

 優太の体がビクッと震え、地面に倒れ込む。

 それと同時に女性の足が止まる。


「おい! 優太、しっかりしろ!」


 力強く優太の体を揺らすが反応は無い。

 健吾は女性の方を向く。

 その時、女性がゆっくりと振り向く。


「優太を連れて行くの?」


 女性は何も言わない。


「お願い! 連れて行かないで!」


 健吾は訴えるように叫ぶ。


「大切な…… 友達なんだ……」

 声を詰まらせる健吾。


 時間が止まったような沈黙が流れる。

 その時、女性はゆっくりと顔を上げる。

 女性の端正な顔付きが姿を現す。

 しかし、その表情は寂しそうだった。


「え?」


 健吾は驚きの声を上げる。

 その時、風が健吾を襲う。

 顔を手で覆う健吾。

 風が止み、目の前を見ると女性の姿は無かった。

 辺りを見渡す健吾だったが優太以外人の姿は無かった。



 数日後、健吾は再び墓地に来ていた。

 奥へと進み、例の墓に辿り着く。

 健吾は一輪の花を供えると静かに手を合わせる。


「あれ?」


 後ろから声が聞こえ、健吾はすぐに振り返る。

 そこには一人の男性が立っていた。

 綺麗なスーツに身を包み、右手には花束が握られている。


「君は……」


 男性は不思議そうに健吾を見つめる。


「すいません。この墓が気になったもので……」


 健吾は墓に視線を戻す。


「そうなんだ……」


 男性は健吾の隣にやって来ると花束を供える。


「この墓ね…… 母の墓なんだ……」

「お母さんの?」


 健吾の言葉に男性は静かに頷く。


「僕が生まれて間もない頃に死んだらしくてね…… 父が一人で僕を育ててくれたんだ」

「そうなんですか……」

「でも、中学生の頃に父が再婚してね。僕と父は母親の所に引っ越したんだ。そのせいで中々来られなくて……」


 男性は複雑な表情で墓を見つめる。


「お母さん…… ごめんね。そして、ただいま……」


 男性はゆっくりと手を合わせる。


(もしかして…… 寂しかったのかな……)


 健吾は再び手を合わせる。

 今まで静かだった墓地にセミの鳴き声が聞こえ始めた。

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