第26話 賢者の集い



「危なかった……」


 確実に体を引き裂かれたと思っていたロンベルトは何食わぬ顔で、俺の横に立っていた。

 のだが、明らかにおかしい。


「うお!? 生きてたのか……っていうか何だその体?」

  

 顔半分が黒く、爪で引き裂かれたあとが残っている。そして下半身が真っ黒な液体のようになっている。正直、気持ち悪い。

 一体どうなってるんだ?


「これは俺のスキルだ」


 ロンベルトは素っ頓狂な顔をしながら言ってきた。


「へぇ〜……便利そうなスキルだな」


 体を真っ黒な液体にできるのなら、色んな場所に潜り込むことができるかもしれない。もし俺がロンベルトみたいなスキルをもっていたら、冒険者なんて面倒くさい仕事なんてしてないと思う。

 俺のスキルは……戦闘向きじゃないから。


「ギャロロロロ!!」


 俺は勝手に自分の中で自分のスキルを悲しんでいると、ドラゴンがうなりだした。


「ねぇちょっと! ドラゴンが再起リターンしちゃったわよ! どうするの!?」


 唸りを聞いたサリィは、慌てて俺の服を引っ張って聞いてきた。

 そうだ。今はスキルなんてどうでもいい。再起リターンしたドラゴンをどうにかしなければ。


「そりゃあ倒す以外に選択肢ないぜ? ボロダイン、前に」


「どす」


 俺の指示通り、ボロダインが重い足を動かして俺たちの前に盾のように立った。


 この背中は頼りになる。そして、落ち着く。

 

「ティラ、大型魔法の詠唱を始めろ」 


「は、はいっ!」


 ティラも俺の指示通り、服の下に隠してあった杖を手にとって後ろに行き詠唱を始めた。


 この声は、遠い昔に忘れ去られた冒険の高揚感を思い出させる。


「サリィは俺と一緒にあのデカブツを食い止めるぞ」


「そんなの、言われなくてもわかってるわよ!」


 サリィはそう言って、腰に下げていた鞘から剣を抜き取った。


 こいつは、いつも俺に突っかかってくるように返事をしてくる。だが、この掛け合いもどこか安心させるものがある。


「えぇ〜……ロンベルトは……。まだどんな戦い方をするのかわからないから今回は、見学な」


「わかった」


 一緒に迷宮攻略をしようと思っていたのに申し訳ない。さっきのでロンベルトのスキルは見たけど、それだけで全てはわからない。ロンベルトは、俺たちとは違い一人の力でAランク冒険者になった立派な冒険者。だが、スキルがよくわからないという不安要素を残したまま背中を預けられない。


「よし! 賢者の集い! 俺たちは、だれも賢者とは呼べるようなつらじゃないが、この戦いは称賛してくれる人たちから賢者だと言われると信じて……」


 みんなの顔を見る。

 この先にあるものを見据えて、余裕がある微笑み。                

 冒険者として、最高な不安の顔。

 決意を感じ取れる真剣な表顔。


 それらすべてが、ここで唯一ただの人間でしかない俺の勇気となる。


「行くぞ!」


 俺とサリィは自分たちの身長の、ゆうに100倍もあるドラゴンに向かって飛びかかった!

 のだが、


「ギャギャロロロロ!!」


 ドラゴンは俺の雄叫びに同調するかのように、口から熱光線ビームを放ってきた。


「――――!」


 俺は空中ですぐさま反応して、サリィの腕を使い遠心力でふたりともなんとかかわすことに成功した。

 あともう少しで当たるところだった。


「――危ね! サリィ。大丈夫か!?」


「あなたに心配されるほどやわじゃないわよ!!」


 サリィはそう言って、熱光線ビームを放ち無防備になっているドラゴンに向かって剣を振り下ろした!


「――っく。さすがドラゴン。皮膚がおかしいくらい硬いわね……」


「何度も戦ってるんだからそれくらいわかってることだろ……」


「なによ! 喧嘩するつもり!?」


「ギャロォオオオ!!」


 ドラゴンはまた、熱光線ビームを放つかのように口の中に光を溜めだした。


 どうしよう。

 ここで俺たちがどうにか止めないと、後ろにいるティラやロンベルトに巻き沿いが当たる……。


「ここはおいらに任せるどす!」


「さすがボロダインだな」


「ギャロロロロ!!」


 俺はドラゴンがどんなに大きく唸っても怯えることをせず、頼りになる背中を見据えていたのだが……。


「ボロダインッ!!」


 熱光線ビームを受け止めきれたのだが、ボロダインの体は後ろに吹き飛ばされてしまった。

 俺は慌ててドラゴンのことなどそっちのけで、吹き飛ばされたボロダインに駆け寄る。


「お、おいらは大丈夫どす……。それよりティラのことを守るのどす……」


 ボロダインの体は迷宮の壁にめり込んでおり、ところどころ鎧が溶けているのでもう動けそうにない。


「そうだな……」


「ちょっとロット! 早く戻ってきなさい!! ここを私一人で食い止めるのはさすがにもう無理よ!」


 サリィは俺の方を向きながら言ってきた。

 仲間のことを優先してしまった。それは正しいのかもしれないけど、今は元凶となるドラゴンを倒さなければならない。


 そう決意し、ボロダインに背中を向ける。

 だがその時気がついた。こちらを向いていて気づいていないのか、サリィの頭に石がぶつかりそうだということに。


「今、来たぞッ!」


 そう言ってサリィの髪の毛を少しかすってしまったが、危機一髪で石を剣で弾くことができた。


「遅いわよ……」


 サリィはいつも通り、突っかかってきているのだが弾いた石に目が釘付けになっている。そして、声のトーンもどこか浮ついている。

 驚愕を隠せていなかった。


「――バサリ……」


 俺がサリィの様子を面白がって見ているといると、ドラゴンは後ろにいるティラからエネルギーを感じたのか飛んでいってしまった。


 上空に飛ばれたらなんにもできない。

 ある程度、時間は稼げたはず。

 あとは、ティラ次第。


「ティラ! 詠唱はあと、どれ位で終わる!?」


「10秒!」


 ティラは、焦りながら言ってきた。


 やばい。10秒も経ったらドラゴンがティラがいる場所に到達してしまう!

 そう思ったときの行動は早かった。


「オラァ!!」


 俺は目一杯振りかぶって愛剣をドラゴンに向かって投げつけた!


 そして、ドラゴンの進むスピードより先に剣が唯一外部から傷が残せる網膜に向かい……。


「ギャロォ!!!!」


 ドラゴンは空の上でよろけた!

 どうやら、俺の狙っていた場所に命中したようだ。

 よし……これで10秒ぐらいは稼げたはずだ!! あとは頼んだぞ。ティラ! 思いっきりぶっ放せ!!


イカズチッ!!」


 ティラ、渾身のイカズチがドラゴンの脳天に降りかかる。


「ギャロォォォ……」


 ドラゴンの体は頭からちりとなっていった。

 そして、地面にはいままでに見たことがない虹色の魔石が落ちていた。


「よし……」


 俺は魔石を見て安堵した。

 なぜなら、魔物が魔石となるということは戦いが終わったことを意味するから。

 ため息をついて壁に埋まり込んでいるボロダインのことを救出しにいこう思っていたのだが、


「ガ、ガ、ガ……がガガガギガギガギギギギ!!」


 魔石から気味の悪い音がした。


「なんだ!?」


「ギギガキガギガガガギギギギ!!」


 その音は止まらなかった。

 気味の悪い音と同時に少しだが、魔石が震えている気がする。


 なんだ? なんなんだ? こんな現象初めて見た。いや、初めて見たけどこれがなんなのか知っている。

 

「みんな! 今すぐこの魔石から離れろ!」


 声に出したときにはもう遅かった。


「ガッ……ギギギ……」


 きみの悪い音が聞こえなくなり徐々に魔石が光だし、そして……。


「ディキュキュキュキュ!!」


 こいつは迷宮には出ないのだが、再起リターンしたあとに倒された魔石からまるでゾンビかのように蘇る魔物。ディキリエンス。

 こいつはこの世界の中で4番目に強いとされている魔物。


「終わりだ……」


 なんで俺たちはこんなに悪運が強いんだ……。

 さっきの戦いで、力を消耗しきった俺たちではもうこの強敵には太刀打ちできない。というよりかは、こんな化け物、Sランク冒険者にしか倒せない代物。


 ここで終わりか……。


「キュキュキュ!!」


 俺は自分の体に向かって落ちてくる腕のような影を見ながら、ただただ絶望して諦めていたのだが……。


ダーク


 忘れていたロンベルトの声がした。

 そしてその声と同時に、地面に体がぬめぬめと引きずり込まれるような感覚に陥った。


「な、なんだ!?」


「ディキュキュ……」


 目の前にいるディキリエンスが、謎の黒い物体に押しつぶされていっている。

 なんだあいつは? どういうことだ?

 俺の頭の中には疑問だけ渦巻いていた。


 だがその疑問はすべて、すぐ解かれた。なぜなら先程まで、暴れそうだった魔物がいた場所には透明の魔石があったからだ。

 

「これで今度こそ、倒せましたかね?」


 そして体を元の状態に戻しながらロンベルトは、すました顔で聞いてきた。

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