毎日が晴れているような日。
ももいくれあ
第1話
私の朝は夜だった。
そう、正確には夜寝ることが殆どなく、朝を迎えることだった。
そして、それは私の特技だった。
殆どある時期においては毎日のことではあったが、夜になると昼間と違う感覚が舞い降りてきて、次から次へと物事が進んでいった。
そう、アイデアは無限に溢れ出し、新しい記憶で溢れていった。
それは一度始まると数時間にも及び、時には私を困惑させるほどだった。
真っ白い紙一面が真っ黒になりそうになるほど文字を書くと、軽い吐き気を覚えた。
そうね、そろそろかしら。
私は立ち上がり私のキッチンの奥へと歩いた。
空腹ではあったけれど、濃く淹れたウバをミルクティにして、カラダの隅々までに行き渡らせた。
深い夜には濃い紅茶がいつも寄り添って、少し怯えた私を支えてくれていた。
私のキッチンには無いものはなかった。何でも揃っていた。
ティーカップ10セットにワイングラスが赤白泡用にと8つほど、ケーキ皿もシンプルな焼き物からカラフルなものまで20枚。そして食パン専用トースター。
お箸やナイフ、フォークの類は必要なかった。
なぜなら、私の食事は酷く込み入っていて、尚且つ簡単で、すっきりしたものだったからだ。
最近まで全く興味もなかったし、以前一二度はいただいたことがあったマカロン。
今ではすっかり気に入ってしまい、私のキッチンから一番近い所にあるお店のピスタチオとパッションを好んで買ってきては、お気に入りのワイングラスにいくつも飾っていた。
少なくともここ数ヶ月は殆ど毎日。
キッチンと私のキッチンから一番近い所にあるお店を行ったり来たりしていた。
正確には、それくらいしか食べていなかったのかもしれない。そう判断できるだけの証拠があった。
食べることも、寝ることも、休むことも怠った私は、ただひたすらにひたむきに前のめりになって毎日を黙々とズキズキと進んでいった。
白い紙、私のキッチン、ウバティ、マカロン、頭痛に、吐き気、このサイクルで私は巡っているのだった。
時折訪れる激しい頭痛と軽い吐き気を除いてみれば、まぁだいたいは良い気分だった。
まったく問題はない。私はそう言い切れた。
ある夜、というより正確には4時半なので、朝になるのか。もうすぐ何かのイベントを控えていたはずの私は、新しいクレヨンを左手に握っていた。
紙いっぱいに色をのせてみては、クレヨンで少し厚みを増したその紙をランダムに細かくちぎり、ちぎっては大切な小さな箱の中へ入れていく。その繰り返しだった。ひたすらに。
いくつもに分けられたその小さな箱に規則性はあるのか。色別なのか、大きさなのか。
きっと夜が始まったばかりの私に聞いてみればその規則性は明らかになるはずだが、あまりにも作業に集中しすぎた私にはその規則性は、もはやその重要度は低くぼんやりしたものになっていた。そうしている間にも言葉が電気のようにワタシのカラダとココロを脈打った。
カラダとココロにまとわりつく電気、帯電した、充満した電気の部屋、キッチンの中でワタシはひとりもがいていた。
うっすらと明るくなる陽の光をカーテン越しに浴びて、朝の訪れを感じていた。
一体いつからだろうか。私に朝が来なくなったのは。
そんな思いが頬をかすめた。
その頬に触れてみると左手の薬指にほんの少しだけ血がついていたのが見えた。
そんなことが頭の片隅にぼんやりにじんでくると、キラキラ光る赤いライトが微かに視界に入ってきた。夥しいサイレン音と沢山の人の気配。両脇を固めた人だかりからストレッチャーが走ってきた。
もはや、記憶もここまでだった。
夥しい音や明るすぎる光が遠ざかって私はようやく目を閉じていたようだった。
さぁ、ここからが始まりだ。
私の深くて暗くて長い夜の闇が、静かにそおっと滑り込んでくる感覚がした。
毎日が晴れているような日。 ももいくれあ @Kureamomoi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます