あなたのお城の小人さん ~大きな森の小さなお家~

美袋和仁

第1話 大きな森の隠者


「なんやん、あんた」


「.....森の隠者殿?」


 ここはアルカディアという世界にある国の一つ、フロンティア王国。

 この国には、この国を建国した初代国王の伝説がある。

 魔物を従えて空を翔る王。その初代国王が艶やかな金髪と金眼だった事から、フロンティア王家に稀に生まれる金髪金眼の者を、代々金色の王と呼んでいた。


 王都近くにある深い樹海。ここにも生きる伝説がある。


 金色の王と同じく世界の空を巡り、神々の序列に加わった少女の伝説が。

 その人は子供に生まれ変わり、主の森と呼ばれる広大な樹海に隠遁しているという。

 それを信じた少年は、一縷の望みをかけて主の森へやってきた。


 そして見つけたのだ。鬱蒼とした森の奥深くに佇む、小さな家を。

 

 驚き、眼を見張る幼女に歩み寄り、少年は跪いて、その顔を正面から見据えた。


「僕は千歳・フォン・フロンティアだ。僕の友人を助けて欲しい」


「フロンティアって..... あんたさん、まだ成人もしてないよね?」


 名字に国名を名乗れるのは、現在の国王夫妻か、その後継者のみ。つまりは王太子。だが、成人前の王子が立太子した事はない。

 目の前の少年は精々十二歳程度。十五歳を成人とするフロンティアでは、まだまだ子供の部類である。


「昨年、父王が病で御亡くなりになって..... 男子は僕しかおらず、成人したら王になる予定です」


 ああ、そういう。


 納得顔で彼女は千歳と名乗った少年を見返した。


 小人さんが人間として生きていた時代から既に数百年が経過している。

 当時の家族や知り合いも全て鬼籍。小人さん自身も森に引きこもり、よほどの事でもない限り外界とは縁を切っていた。


 その自分に助けを求めてくるとは。


 畑仕事をしていた小人さんは鍬を置き、首にかけていた手拭いで汗を拭うと、跪く少年に、にぱーっと笑って見せる。


「まあ、立ち話も何だ。中にお入り?」


 少年は頷くと、小人さんに促されるまま中に入っていった。




「ほーん。料理人の対立かぁ」


「はい。王宮料理人の半分は平民です。今の料理長がそれらを虐げて追い出そうとしているんです」


 聞けば王宮の経費削減するため賄いの費用を削る話が出たらしい。

 王宮に勤める大勢の食事だ。一番切り詰めやすく、眼に見えて経費を減らせる部分だろう。

 ただ、そのやり方が宜しくない。

 伯爵以上の者の食事は据え置き、それ以下の者の食費のみを削っているらしい。

 しかも、すでに何回か同じ事がなされ、今ではカツカツな食費で回している。これ以上削るのは無理だと平民の料理人が反論した。

 結果、料理長の怒りを買い、反論した料理人が解雇されたらしい。


「彼は間違った事は言っていないのに..... その料理長が手を回して、彼は何の職にもつけなくなってしまったんです」


 御茶のカップを両手で掴み、少年は小刻みに指を震わせていた。


「なるほどね。それで、アンタはどうしたいの?」


 小人さんにじっと見つめられ、少年はしばし考える。そして、自分の思考をまとめるように、辿々しく言葉を紡いだ。


「彼に出来る仕事を..... 雇ってもらえないなら..... 自分にやれる..... 彼がやれそうな仕事のアイデアを頂けないでしょうか?」


 千歳と名乗った少年は真摯な眼差しで小人さんを見返した。


 黒髪金眼の幼女。


 彼女が自分の御先祖様である事を少年は知っている。

 長く続いたフロンティア王家には初代国王の文献とともに、小人さんの文献も残されていたからだ。

 神々に喧嘩を売り、アルカディアを解放した最後の金色の王と。


 結果、彼女は永遠を得て、こうして主の森の奥深くで世界の行く末を見守っている。

 主の森は大きな樹海。その深層に住まう小人さんを確認した者はいない。

 何故なら、この森には狂暴な魔物が数多く蔓延っている。その中でも特に、主と呼ばれる魔物の一族は災害級に指定され、万一怒りを買おうものならば国が滅ぶと言われているのだ。

 そんな恐ろしい森に入ろうとする者は無く、森の隠者と呼ばれる小人さんにも逢えた者はいなかった。


 少し懐かしそうに眼を細め、小人さんは愉快げに口角を上げる。


「良いよー、どうせやる事もないし、暇潰しに付き合おう」


 小人さんの言葉を聞き、千歳は、あまりの安堵にへたりこんだ。

 へなへなと椅子にもたれかかる少年を見て、苦笑する小人さん。


「クイーンらがアンタを通した。つまり、これは森の意思だ。アタシに否やはないね」


 顔に疑問符を浮かべる千歳。


 森の主と呼ばれる魔物は知性ある魔物。

 世界中に散らばる主の森でも、ひときわ特異なフロンティア王都の主は、巨大蜜蜂様である。

 無数の子供蜜蜂らを従え、空を翔る彼女の一族は災害級。その彼女らが少年を受け入れた。

 ここまで何事もなく彼が辿り着いたのが良い証拠。

 本来なら森の中腹辺りでクイーンの子供らに追い返されているはずである。


 つまり、クイーンが彼の行動を支援していると言うことだ。


「まずは、その料理人から話を聞かないとね」


 赤いサロペットパンツの幼女は薄い緑のポンチョを纏い、少年を連れて外に出た。


「カモーン、ポチ子さーんっ」


 空に向かって叫ぶ小人さんの声に反応して、多くの蜜蜂が森から姿を現す。

 大小様々な蜜蜂達。

 大きい物は幼児サイズ。小さい物でも赤ん坊大。

 その中の一匹が小人さんを抱えあげ、さらに幼児サイズの一匹が千歳を抱えあげた。


「ひいぃぃぃっ?!」


 狼狽えもがく少年を笑いつつ、小人さんは数百年ぶりに王都へと向かう。

 澄渡った青空に千歳の悲鳴を谺させながら、二人は一路王都へと翔んでいった。




「.....という訳で、やって来たさぁ♪」


 にぱっと笑う幼女と王子殿下。

 ちぐはぐな二人を目の前にして、元王宮料理人だという男性は固まっている。


「殿下..... これは一体?」


「アズル、僕は君を助けたいんだ。王宮で君だけが僕の友人だった。だから.....っ」


 森の隠者に逢いに行ったのだと千歳は話した。


 国王唯一の男子である彼は、黒髪に金の眼。過去にキルファンという国の皇族が嫁いでいたため、その先祖帰りなのだろう。

 キルファン国の人々は、黒髪黒眼なのだ。

 しかし、金髪金眼を貴ぶフロンティアでは異質。如何に魔力が高く、王族として相応しくとも、その髪色だけで蔑まれ見下されてしまう。

 そんなささくれだった王宮の中で、唯一、彼を特別視せず、腫れ物扱いもしなかったのが、この料理人である。


 まだ若そうな料理人は思わず額に手を当てて困ったような顔をした。


「そういう事やるから、腫れ物扱いされるんすよ? 殿下」


「君は間違っていないだろうっ? なんで周りは分かってくれないんだっ?!」


 激昂する千歳を宥め、小人さんは取り敢えずアズルの家に入れてもらった。




「一応話は聞いてるにょ。仕事は見つかったかい?」


 ちょこんっと座る幼女に御茶を出し、アズルは言いにくそうに頭を掻いた。


「あ~、まあ。ねぇ? 誰も御貴族に睨まれたくはないっすから」


 つまりは、まだ見つかっていない。


「.....時代かねぇ。世知辛いにょ」


 音もなくソーサーを片手に御茶を飲む小人さん。

 その美しい所作に、男性陣は眼を奪われる。

 たおやかに、しっとりと佇むその姿は、どんな高貴な女性も及ばない。


「ああ。そうか、元皇女殿下であらせられましたね」


 古い文献を思い出して、王子は納得の顔をする。

 森の隠者となる前はフロンティア貴族の娘として育ち、その前にはフロンティア王族で金色の王と呼ばれた方だ。

 立ち居振舞いが美しいのも頷ける。


「そんな昔話は忘れたにょ。それより、これからどうするかでしょ?」


 にっと笑いつつ、小人さんはアズルのこれからを話し合った。




「成人してから十年ちょい。長く王宮勤めをしておりましたから。それなりの貯蓄はあります。でも.....」


 詳しい話をアズルから聞くと、店の一つもかまえられる貯蓄はあるらしい。

 だが、貴族である料理長に睨まれている彼に店を売ってくれる者はおらず、さらには万一店が買えたとしても、やはり貴族関連の諸々で集客が見込めないとの事。

 

 話を聞き、千歳は拳を震わせた。


「何故だ..... なぜ、正しい事を言っただけなのに、こんな目に合うんだ?」


「世の中はそういうモノだにょ。出る杭は打たれるってね」


 しれっと宣う幼女に、千歳は眼を剥いて叫んだ。


「そんなの、おかしいじゃないですかっ!!」


「そう思うなら、アンタさんが変えな。アンタは王様になるんだろう?」


 にっとシニカルな笑みを浮かべた幼女に毒気を抜かれ、千歳は椅子に座り直した。


 僕が変える.....?


 物憂げな顔で思案に耽る王子様。

 

 そう。考えな。右往左往して、悩み惑うのは若者の特権だ。


 だが、これからを千歳が変えたとしても、アズルには間に合わない。


「店の集客が見込めないのは、その店に嫌がらせとかくる可能性があるからだよね?」


「ぶっちゃけ、そうですね。破落戸とか雇って店を壊されたり、御客様に暴力を振るわれたりしたら事ですから」


 それ以外にも、無いこと無いこと噂され、風評被害もあるだろう。店をかまえる者には致命的だ。


「なら、店をかまえなきゃ良い。バスケット一つで事足りるさ。アンタに腕があればね」


 にかっと笑う小人さん。


 その快活な笑顔に騙くらかされ、アズルは話を聞いた。




「いらっしゃいっ! どれにしますか?」


 翌日、道具を揃え、アズルは仕事を始める。


 何の事はない、ただの露天売りだ。

 

 サンドイッチやホットドッグなど、片手に食べられる軽食を作り、それを籠に詰めて売り歩く。紙袋に入れた商品を売るだけの簡単な御仕事。

 あらかじめ作り置きしたモノを販売するため、店要らずもコストもかからず、嫌がらせが来れば、そそくさと退散出来る。


 さらに小人さんは冒険者ギルドに話を通して、アズルの職場を確保した。

 冒険者ギルドは世界をまたぐ組織だ。国の横暴にも反抗する力を持ち、騎士団などは冒険者ギルドと持ちつ持たれつな関係にある。

 ここで暴挙を行えば、たとえ王宮であれど、ただでは済まない。

 冒険者ギルドの規則で、雇われるのは平民のみと決まっている。

 貴族が関わる事はギルドの損失しか生まないためだ。

 なので、小人さんは冒険者ギルドの厨房に、アズルの保護を含めて、雇ってくれるよう頼み込んだ。


「腕は確かだにょ。美味しい御飯は正義だにょ」


「また、アンタはそういう..... で? 見返りは?」


「蜂蜜と蜜蝋、十年の専属契約でどうよ?」


「のった!」


 にやりとほくそ笑む二人。


 代々の各ギルドマスターらと小人さんは親密にある。

 冒険者ギルドを筆頭とした各種ギルドは素材確保のために繋がりがあった。

 その素材の中でも貴重なのが主の森の素材。

 魔物が闊歩する樹海の素材は、冒険者に依頼して確保するしかない。

 他にも貴重な食材など、各ギルドは冒険者ギルドに頼りきりなのだ。

 そういった人々と常に親交を持ってきた小人さん。

 国を支えるのは王宮ではない。その税を収める多くの平民達だ。

 なので王宮とは縁が遠くなったが、平民の中枢にあたるギルドとは、未だに縁を持つ小人さんである。


 この幼女を前ギルド長から紹介されて、どれほどたっただろうか。

 あれから、全く姿形の変わらない幼女。

 最初は森の隠者だと聞いて疑ったモノだが、今では信じる他はない。

 豊かな黒髪に金色の瞳。はるか昔には冒険者だったともいう王族の姫君。


 古い文献に残る最後の金色の王。


 その人が神々の序列に加わり、樹海の隠者となったのは僥倖である。


 こうして時々顔を出し、何かしらの頼みを引き受ければ、樹海の恵みを譲ってくれるのだから。


 本来なら大枚はたいて冒険者に依頼せねばならない素材の数々。今回は蜂蜜と蜜蝋だ。どちらも魔物蜂からしか手に入れられない逸品である。

 特に蜜蝋は、魔物蜂の巣を剥がして持ち帰らねばならない難易度の高さ。

 これで作る蝋燭は超高級品で、高値でも貴族らに飛ぶように売れる。


「でも、王宮がかなり胡散臭いね。.....巣の譲渡をやめるか」


 冴えた眼差しで、窓から王宮を見上げる幼女。

 その瞳に温度はなく、冷ややかな冷笑を浮かべていた。


 森の主であるクイーンは、建国の初代国王サファードと親しく、その国造りを手伝い、さらには代々、古い巣の譲渡をフロンティア王宮に行ってきた。

 その譲り受けた巣を、絞り、解体して、王宮は無料で蜂蜜や蜜蝋を手にしてきたのだ。


 それを止める?


 一大事である。


 クスクス笑う幼女に背筋を凍らせつつ、ふとギルマスは思い当たった。


「それで、今回の見返りが蜂蜜と蜜蝋なのか?」


「さてね。まあ、良い儲けにはなるっしょ?」


 王宮の一年を賄える量のクイーンの巣。

 それを失ったのなら、当然、冒険者ギルドに採取の依頼が来るだろう。しかも、品薄で混乱が巻き起こるのは必須。

 それを見越して、彼女は話を持ちかけてきたのだ。


「まあ、ギルドの食堂が美味くなるのは願ったりだしな。かまわんさ」


「助かるにょ。じゃ、よろしくぅ♪」

 

 快活な笑みを残して空を翔る小人さん。

 それを見送り、ギルマスは仕事に取りかかる。




「アズルが仕事をしてるだとっ?!」


 ここは王宮厨房。


 綺麗にしつらえた口髭を震わせて叫ぶのは初老の料理長、バンドアル伯爵。

 フロンティア王宮の料理人は、常にその腕を第一とされ、平民でも成り上がれる登竜門として名高かった。

 しかしいつの頃からか、その風習が薄れ、仮にも長がつく者には貴族がなるべきだとの声が高まり、何代か前あたりから、料理が好きだという変わり者の貴族がその地位に着くようになる。

 そこから、無茶な賄いの削減も始まったのだ。


 バンドアル伯爵も、そんな変わり者の一人である。

 

 正直なところ、料理の腕は中の上。王族関係の殆どの調理を賄っていたのはアズルだった。

 だから彼の腕が喉から手が出るほど欲しい伯爵は、何とかしてアズルを厨房に戻すべく画策している。

 裏から手を回して就職先を潰し、アズルが頭を下げてくるのを今や遅しと待ちわびていたのだ。


 伯爵は、貴族だろうが王族だろうが、料理に関しては口を挟ませないアズルが気に入らなかった。

 王太子と仲が良いのも癪に触った。


 だから、そこに降って湧いた経費削減の話を、彼への嫌がらせに使ったのだ。


 今でも、残り屑で作っているような賄いだ。どうするのか見物だと高をくくっていたのだが、まさかの真っ向から批判が飛んできて、思わずカッとなった伯爵は、アズルにクビを言い渡してしまった。


 後悔先にたたず。


 その詳細も暴露され、料理長は窮地に陥っている。


 削られた経費は、上役である別の貴族の懐に入っていたからだ。

 伯爵もそれに加担し、私服をこやしていた。

 このままでは、それらが全て明るみに出る。それだけは何としても防がなくてはならない。

 これが今までバレなかったのは、アズルの卓越した料理の腕があったから。

 どんな粗末な食材でも、試行錯誤の工夫でそれなりの料理に作られていた。

 だから、誰もが気づかなかったのだ。賄いの食費が削られている事に。

 それに胡座をかき、ドンドン削っていった結果、アズルの反撃を受けた。

 

 事の露見を恐れ、今は伯爵が自腹を切って、良い食材で賄いを作っている。

 だが、これもずっととはいかない。王宮に勤める人々全ての食材だ。莫大な金額になる。


 なんで、こんな事に.....


 今まで自分達がポッケないないしていた因果応報なのだが、それを認めたくない伯爵。


 彼は奥歯を噛み締めて、自分の召し使いに命じた。

 破落戸を雇い、アズルの職場を荒らせと。


 ここまではアズルの予想どおりだったが、ここでアズルの予想外が起きた。




「うわあぁぁっ!」


「なんで魔物がっ?! ひーっっ!!」


 中央広場で軽食を売っていたアズルに絡んだ破落戸だが、バスケットを叩き落としたあたりで、魔物蜜蜂に襲われた。

 噛まれ、刺され、ほうほうの態で逃げ出す破落戸達。

 こういった事も想定内の小人さん。しっかりと護衛に蜜蜂をつけていたのである。


「はあ..... 見抜かれてるのに、バカな奴等」


 散らばったサンドイッチやホットドッグを拾い集めて中身を確認し、アズルは眉をひそめる。

 紙袋の中の商品はバラバラのぐちゃぐちゃ。もはや売り物にもならない。


「こんなんが続いたら商売にならないなぁ。露天売りは諦めるかな」


 せっかくの小人さんのアイデアだが、こうなってしまっては続けられない。

 しかし独りごちるアズルの言葉に、なんと返事が返ってきた。


「おいおい、そりゃないよ」


「ここの飯、美味いんだから。楽しみにしてるんだぞ」


「それでも構わないからさ、売ってくれよ」


 わらわらやってきた御客様達に、アズルは眼を見張る。

 だがこんなモノを売る訳にはいかない。料理人の矜持がすたる。

 懇意にしてくれる御客様に感謝しつつ、バラけてて申し訳ないがと、彼は無料で商品を配った。




「ちょっとやそっとじゃ崩れない軽食?」


「そう。今のコストは上げたくないから、似たような軽食で、落ちたりしても崩れないようなモノってないですか?」


 ほみ、と考え込む小人さん。


 そしてふと思い付いた。


 前々々世、地球人であった頃の母親が、よく作ってくれていた軽食。


「こういうのは、どうよ?」


 彼女が説明したのは、食パンと呼ばれるモノを厚切りにし、それをトーストして一方から中に切れ込みを入れて袋状にする方法だった。


 中身は何でもアリ。


 スタンダードにハムや玉子等を野菜と共に入れても良いし、多少汁気があっても袋状の性質から入れる事が出来る。


「これなら、崩れやすくて露天売りは無理だと諦めていたカツサンドやチキンサンドも作れますね」


 うんうんと眼を輝かせるアズル。


「芋サラダとか、フルーツとカスタードクリームとか、何でも作れるにょ♪」


 ベターなのはホットサンド式なのだろうが、今はその道具が無いし、何よりホットサンドは暖かいのが美味しい。

 軽食として作り置くなら、ボリュームの出る、この方法が良いだろう。


 試しに作り、にまにまと頬張る小人さん。


 懐かしいね。よくお母ちゃんが作ってくれたっけ。


 小人さんのお気に入りは、小口切りにしたウインナー入りのスクランブルエッグ。

 トースト袋の内側にマヨネーズを塗り、スクランブルエッグを詰めた物が我が家の定番だった。


 うまうまと食べる小人さんを余所に、アズルは試作を繰り返し、いくつもの小人さんトーストを作る。


「良いですね、これ。ホントに何でも入るや。あはははっ」


 心底楽しそうに作ったアズルは、翌日、袋トーストと銘打ち、新たに露天売りを始めた。




「うまっ、カリカリしたトーストが良いなっ」


「具材の周囲全部がくるまれてるから食べやすい。ボリュームもあるし」


「甘いパンなんて初めてだわ。美味しいっ」


 試行錯誤の末、アズルはハムと玉子、斜め切りにしたソーセージ、芋サラダ、季節の果物inカスタードの五種類を作って販売する。

 それぞれ千切りにした野菜も詰め込まれ、なかなか好評だ。


「挟んだり乗せたりはあるが、パンを袋にするとはねぇ。考えたモンだなぁ」


「これなら、子供にも安心して持たせられるわ。甘いのはオヤツにもなるし、あと二つちょうだい。子供らにも食べさせてあげたいの」


「ありがとうございますっ」


 商品の紙袋はみるみる減って行き、一時間もたたない内に、袋トーストは完売となった。


 これに目をつけた商人が類似品を販売するも、味の差で押し負け、類似品は類似品として定着していく。


 どんな作り方でもそれなりに食べられ、比較的簡単に誰でも作れるため、類似品の売れ行きはイマイチだったからだ。


 だが、中身の質が違うアズルの商品は常に完売状態。

 毎日、日替わりで提供される彼の袋トーストは、フロンティア王都広場の名物にもなっていった。




「また来ましたか?」


「来たね。すぐに叩き出されていたけど」


 冒険者ギルドの方にも破落戸らがやってきていたが、腕に覚えのありまくりな猛者が集う食堂だ。

 暴れる暇もなく文字通り叩き出されたらしい。

 袋トーストで名前の売れ始めたアズルが夕方からギルドの食堂で働いていると聞きつけた人々も来客し、微笑むアズルの前途は順風満帆だった。


 そんなこんなで穏やかならざる日々が過ぎ、何時しか誰もが騒動を忘れた頃。


 王宮の謁見の間に不穏な空気が漂っていた。




「バンドアル伯爵。これはどうした事か?」


 そこには座るのは王太子。


 多くの宮内人からの苦情を受け調べさせたところ、バンドアル伯爵や他数名の汚職が発覚したのだ。

 代々の料理長によって長きに亘り着服された食費は天文学的数字で、もはや言葉も出ない。

 

 まさか、食事が不味くなったというクレームの裏に、こんな大それた着服が隠されていたとは。


「このような背信行為は許されぬ。そなた、民の税金を何と心得るか」


 炯眼な瞳に見据えられ、ただただ項垂れるバンドアル伯爵。


 それもこれも全部アズルのせいだ。あいつが要らぬ反論をしてこなくば、このような事にならずに済んだモノを。

 忌々しげに唇を噛む伯爵を見下ろし、千歳は小人さんの言葉を思い出していた。


 小人さんに言われてから、ずっと考え続けていた千歳は、厨房への苦情がやけに多い事に気づき調べさせる。 

 結果は惨憺たる有り様。こんな汚職が代々続いていたことにも気づけなかった己を含む王族の情けなさを小人さんに愚痴った王太子。


『気づかないよりマシっしょ。どうしたかではなく、どうするかだにょ。ちなみに、そういう輩は反省しないにょ。人生全て、悪い事は人のせいって考えだからね。どうしようもないから、スパっと切っとけ』


 脳裏でサムズアップする幼女に、思わず心の底から同意する千歳。


 目の前の伯爵に反省の色は見えない。


 王太子は過去を遡り、着服された税金を奪い返して、その税金で王都の広場に小さな店を作る。

 そこはアズルの袋トースト店。

 バンドアル伯爵に一方的にクビにされたアズルへと御詫びと退職金を兼ねたお店だ。


 面食らったアズルだが、これを快く受け取り、元祖袋トースト店として長く人々に愛されることなる。

 ときおり訪れる黒髪の少年が王太子である事は公然の秘密。


 そして、その影でほくそ笑むのは可愛い小人さん。


 王宮にも喝が入れられ、相応の腕を持たずば料理人になれないよう基準が設けられた。

 勿論、貴族であろうとも、まずは下積みから。

 平民を厭う者に王宮の食を与る資格はなしと、王太子直々の命によるものである。


 こうして、それぞれに決着がつき、千歳は窓から空を仰いだ。

 樹海の森にも続いているはずの空。そこに数匹の蜜蜂を見つけ、彼は柔らかく微笑む。


 感謝いたします、隠者殿。


 直接関わらずとも王宮の問題を解決し、飄々と空を翔る幼女。


 あなたのお城の小人さんは、今日も明日も元気です♪

 

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