第26話 あなのなかにいる
*あなのなかにいる*
入るなり、蜘蛛が襲い掛かって来た。粘着性の糸を飛ばして腕を絡み取られたが、これ幸いと逆に引っ張り飛んできたところを反対側の拳で叩き潰す。
「う……」
ドロリとした嫌な蜘蛛の体液を思いっきり被ってしまった。
素手だとこういった弱点があるよな……気持ち悪い。
《称号「無の境地」により、麻痺毒を無効化しました》
ん。久しぶりに脳内メッセージが流れたぞ。
「ベルヴァさん。蜘蛛の体液に触れると麻痺するらしい。気を付けて」
「ヨシタツ様はべったりとなってますが……」
「俺は平気らしい。どうも麻痺毒に耐性があるとかで」
「無茶苦茶です……。ですが、ヨシタツ様ですもの! 当然と言えば当然です」
喜ぶのはいいけど、ランタンを振り回すのはやめよう、な。
どうどうと彼女に手を向け、落ち着いてもらう。
おっと、ペタペタと地面を歩く駄竜にも一応促しておいた方がいいか。こいつ、飛べるのだから宙に浮いておけばいいのに。
「聞いての通りだ。蜘蛛の体液に気をつけろ」
『我の鱗にこのような下賎なものが通るわけがないだろう』
「それならいい。まあ、麻痺しても尻尾を掴んで連れてってやるから」
『失礼な持ち方はやめろと言っているだろ!』
「おや、噛みつかないのか? いいぞ、いつもみたいに噛みついて」
『ワザと言っておるだろう? べたべたのお主に誰が』
そうかそうかあ。呉越同舟って言葉を知っているか。
ささっと、駄竜の尻尾を掴み上げ、胸に抱いてやった。ほら、喜ぶがいいぞ。尻尾を掴むぞんざいな扱いじゃないだろ?
『我の鱗が汚れるではないか』
「おっと、ほら、ブレスだ」
顎を掴んで襲い掛かって来た蜘蛛に向ける。
ゴオオオとレーザー状のブレスが蜘蛛を切り裂き、燃え上がらせた。
素晴らしい。駄竜レーザー。
これなら汚れずに済む。酸欠が心配だけど、まあ、何とかなるだろ。
「ファフサラス。ひょっとして真っ暗でも見える?」
『見えはせぬが。熱を感知できる』
「そいつはいい」
『我を頼っていいのか? 気が付かぬふりをしたままかもしれぬぞ』
「俺がいいが、ベルヴァさんに蜘蛛が噛みつくと事だな。頼るのもいいけど、やはり自分の目で確かめないと」
『真実を言わぬかもしれぬと言っておろう』
「頼る時は頼る。できることは自分でやる。まあ、そういうことだ」
『……もういい』
駄竜が拗ねてしまったが、ベルヴァに前方を照らしてもらい、音と目を頼りに蜘蛛を潰しながら進んで行く。
駄竜には当然、駄竜レーザーで活躍してもらう。俺に飛び道具はないからな。
「しっかし、岩窟都市の更に奥深くにこんな横穴があるなんてな。蜘蛛たちの巣なのかな?」
『ふん。アリアドネの差し金であろう』
ベルヴァに聞いたつもりが、意外にも駄竜が喰いついて来た。
吐き捨てるような忌々しい感じだったことから、こいつ、何か知っていそうだ。
その間にも襲い来る蜘蛛をブレスで焼く。
落ち着いたところで駄竜に聞こうとしたら、先にベルヴァが口を挟む。
「蒼竜様が……古くからドラゴニュートに伝わる話があります。かつて蜘蛛とナーガの絶え間ない戦いがあったとか」
『我は火の粉を振り払ったのみ。アリアドネは確かに我と同じ十二将の一角であるが、我とは比べものにならぬ』
察するにアリアドネとファフサラスの喧嘩みたいなもんか?
「喧嘩をするなら一対一でやれよな。周りを巻き込むなよ」
「ヨシタツ様。私もあなた様に完全同意です。ですが、ドラゴニュートが遥か昔のおとぎ話として聞いていた戦いが突然起こるなんて思えません」
「そうだよな。蜘蛛がここに巣を作っただけで、アリアドネとやらが関わっているわけはないか」
「はい……」
頷くものの、ベルヴァの顔は優れない。ランタンの灯りで暗く見えるのかとも思ったが、そうじゃないよな。
俺にも懸念がある。でもまさかなって程度だ。彼女も同じ気持ちで、歯切れが悪く返事をしたのかもしれない。
一抹の不安が頭をよぎったが、考えても答えはでないことだ。思慮深い俺はすぐに思考の渦に飲み込まれてしまう。
考えないようにすることは難しいけど、次々と襲い来る蜘蛛のおかげで思考を断ち切ることができた。
◇◇◇
急に広い空間に出たぞ。
いかにもな場所だな……見なくても分かる。この気配……大物が俺たちを待ち受けているぞ。
ファフサラスと比べると遥かに劣るものの、ドラゴニュートの村からドロテアの間で出会ったモンスターとは蟻とゾウくらいの差がある。
どの程度強くなるとこうなるのか不明。だが、この先にいる奴は強者の雰囲気って奴を持っている。
ギロリと赤い目が幾重にも光り、こちらを睨みつけた。
ベルヴァに目くばせし、ランタンで照らすように頼む。
しっかりと彼女の前に立ち、護れるようにすることも忘れない。
『ナーガの眷属か……呼ばれぬ客が混じっているようダナ……』
「これは、ファフサラスと同じで頭の中に語り掛けているのか?」
『招かれざる客が前にいるが、ナーガの眷属も落ちたものヨ。主の力が衰えたのは眷属たる配下が不甲斐ないからダ』
「よく分からんが、人間の俺は眷属じゃないってことか?」
キイキイキイとガラスを擦り合わせたような甲高い音が響き渡る。
時を同じくして、ランタンの光が赤い目を照らす。
現れたのは巨大な蜘蛛だ。頭部にいくつもの赤く光る目を備え、八本の脚にも同じく赤く光る斑点がある。
さっそく嫌な予感が的中したってわけか!
ファフサラスの言っていたことは真実だったのだろう。彼の力はアリアドネとやらより優れていた。それ故にアリアドネは彼と張り合うのを止めたのだ。
そもそも、駄竜には眷属という意識はない。蜘蛛軍団が勝手に爬虫類型のモンスターやドラゴニュートを眷属と認定して争っていたって線が有力だと思う。
「街の下で巣を作り、人的被害を出されたら黙ってはおけない」
『ふむ。地上に群れる脆弱な者達の代表カ。このような者どもをのさばらせておくなど、ファフサラスもとことん堕ちたものヨ』
『何だと! うぐう。拒否だ。拒否!』
絶対に口を挟んでくると思ったから、収納しようとしたのにちゃんと拒絶しやがった。
頭に血が昇っていたらワンちゃんあるかなと思ったけど、そうそう甘くはないか。
「ファフサラス。こいつがアリアドネって奴か。まあ、お前の力の源を折ったのは俺だし、こんな奴らを抑えていてくれたんだな」
『抑えてなどいない』
「まあ、お前の威があってのことってわけだ。ここは俺がこいつをぶっ潰して終わらせる」
バキバキと両手を鳴らし、首を回す。
対する蜘蛛の化け物はキイキイキイと鳴き、言い返してきた。
『アリアドネ様のことを子虫が語るナ! 我はヴィラレント。アリアドネ様に仕える眷属が一匹ダ』
「どっちでもいいさ。とっとと帰って、ご主人様に二度とここへ来るなと伝えてもらえるか?」
『片腹痛い』
「話が通じる奴と戦うのは本意じゃないんだけど、退かないのなら仕方ない」
喋っている途中だというのに、蜘蛛の化け物ヴィラレントが口から糸を吐き出す。
ほう。精密だな。正確に俺の腕に糸が絡みつきやがった。
引っ張ってやるのもいいが、ここはそうだな。
「収納」
糸を丸ごとアイテムボックスの中に収納する。
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