2/27

朝。昨日はかなり寝た。眠気はない。パンとコーヒー。コッコアポEXを飲んだ。ダイエットのやつだ。人からどう見られようとどうでもいいが、そろそろ太っている感じが大きくなってきたと自分で感じ、自分でそれが嫌だなと気になり始めたので飲んだ。

日記の2/25が抜けている。まあ書いても書かなくても変わりはあるまいと思う。仕事、疲弊、風呂施設に行って宿泊。その程度だろう。仕事中はとにかく胸糞悪く、真に人間との交流は皆無、機械のように冷酷な人間相手にただただ演技をしていた、という感じ。宿泊施設は会話厳禁にも関わらずペチャクチャ喋ってるやつが多くて辟易とした。施設側も黙認というか、たまに注意するだけで強制退去などまずさせない。まあ、人間などこんなものだと思う。俺は本当にこの人凄い、尊敬できる、好きすぎる、みたいな人と出会ったことがない。だいたい、まあ、こんなもんでしょうね、と思う。そういう出来事ばかりの人生である。

2/25~2/26にかけて、嘉村磯多「業苦」小島信夫「ある作家の手記」古井由吉「先導獣の話」を読む。どれも私小説的な小説。葛西善蔵の小説を今日は読もうかと思う。

そして昨日ようやく先週買えなかったウサギちゃんのブックカバーを購入できた。

過去の話ばかりだ。今日2/27は特に予定なし。ゲイ動画を見てチンポを気持ちよくする作業を行った。洗濯機を起動させた。ベッドにわけのわからん菓子の粉がまき散らされていたので掃除機で吸った。

頭と体が汚れて来ているのを感じるので、これから台所の給湯器で頭を洗い、桶に湯を入れて、タオルを濡らし、首から下、脇、チンポ、ケツ、太腿、足など、拭いていく予定である。

昼過ぎ。家には食い物は何もない。電子レンジも上に荷物を置きすぎて開閉できなくなって、それを無理やり開けようと鉄アレイで何度もぶん殴っていたら壊れてしまった。貧弱すぎる電子レンジには遺憾の意を表明するばかり。2万円くらいで買えるなら近いうちに買いたいとこの数カ月思っている。結局数年は買わないかもしれない。メシをどうしようか考え中。うどん屋に行くか。花丸うどん。掛うどんにして磯部揚げだけ付ける、みたいな。

音楽プレーヤーにストラヴィンスキーの交響曲集を入れた。「ハ調の交響曲」「3楽章の交響曲」「管楽器のための交響曲」いずれも毛色が違うので楽しい。クラシックはストラヴィンスキーあたりの時代がピークだろうと思う。調性音楽がワーグナーやドビュッシーあたりで揺らいでいき、シェーンベルク以降、無調の音楽、現代音楽へと推移していく。ストラヴィンスキーはちょうど調性音楽が揺らいでいった時期から無調、現代音楽の入口あたりまでを生きた。「誰も聞いたことのない音を作ってやるぞ」という決意のもと、「春の祭典」含む、初期の音楽は作られている。その辺りから新古典主義の時代の音楽は、素直に、聞いていて楽しい。耳がこれまでほとんど聞いたことのない音を、ほんとに聞かせてくれる。複数の調性を同時に響かせて斬新な音響を作り出すとか、リズムに関しても「ポリリズム」複数の違ったリズムを同時に鳴らして凄まじい迫力のある音響を作り出すとか、アイディアも次々に浮かんで、それが正確に実現していったのだろう。容易に想像できる。

もちろん、ウェーベルンの1楽章1分とか30秒くらいしかない無調とか12音音楽を聴くのも、毎日聴くのは辛いが、ときどき聴くと、他では聴けない、ほんとに美しい音響だなと思うし、好きではあるのだが。

そんなことを考えていると「春の祭典」のCDが欲しくなった。予定はないし、ブックオフにでも行って、買ってこようと決めた。

とりあえず食い物が何もないので出かけなければならないのは確かなのだが。

電車移動。昼メシ。うどん。エビとワカメのかき揚げ付き。

ツイッターを久しぶりに見る。酷い。この時期に戦争小説の更新のお知らせとか、タイムラインにあった。俺は、現実における感覚が鈍い人が書いている物を読みたいとは絶対思わない派で、ファンタジーであっても、感覚がファンタジー(お花畑世界・現実からの圧倒的乖離賛成派世界)ではいけないと思うのだ。東日本大震災の時もそうだったが、「圧倒的な現実」が迫っているときには、ある種のフィクションは力を失うと思う。今、現状、力を持ちうる戦争小説とは何だろうか。作者は、そこまで問うているだろうか。無自覚に、戦争なんて遠い海の向こう大陸の向こうの話なんだから関係ない、そのような、無自覚の元になされているだけではないだろうか。いや、人類なんて一回戦争やら疫病やらで全部滅びた方がいいんだ、という思想ならば、ある意味、その人は強固な意思で世界に対峙していると言えるが、そういう思想から、戦争小説を更新しているとは、到底思えなかった。プロアマ問わず、この「圧倒的な現実」がある現在において、フィクションとして力を持ちうる戦争小説を書くのはかなり難しいことだと思う。まあ、本人が物凄い、これは歴史上類を見ない傑作なのだと断言するならば、誰もそれを邪魔する権限などないが……。

ブックオフで「春の祭典」のCDを購入。電車移動。コンビニでメロンパンと野菜ジュースとマスクを購入。帰宅。音楽プレーヤーに「春の祭典」を入れる。ゲイ動画を見てチンポを気持ちよくする作業に邁進。

youtubeのニュースを見る。リアルタイムコメントに「プーチンさんはドーピングしているのでしょうか?」と書き込む。誰も反応せず。離脱。

古井由吉「木犀の日」を読む。「春の祭典」を聴く。やはり素晴らしい。野性的な感じがいい。ショルティ&シカゴ響の演奏だからアメリカナイズされていてやや派手で、その分、底が浅い感じがしたが、まあ、良いと思った。

出前館でピザハットの「お一人様ボックス」みたいなやつを注文。コッコアポEXを飲んでおく。小さいピザにポテトとナゲットが付いてる。満腹にならない程度で、胃もたれしないし、なかなか良いと思った。スパークリングワインも合わせて注文し飲んだ。500ミリ飲んだが全然酔わず。ジュースみたい。サングリアだからか。ビールだと500ミリでけっこう酔うのだが。今回のは全く。アルコール入ってるの?という感じだった。

youtubeのニュースを見る。ウクライナ情勢。リアルタイムコメントに連投の荒らしが出現し「違法薬物使ってるから俺のチャンネル今すぐ見てください」と延々言い続けている。寂しい奴としか思わなかった。「連投してる人っておじさんだと思う」というコメントがその後すぐに流れ、ああ、それはそうだろうなと、おじさんである俺は大いに同意した。「おじさんって基本誰にも相手にされないから、ネットで暴走しやすいんだと思う」と俺は書いた。これは本音。

離脱してお気に入りの犬と猫の動画。柴犬と猫たち、みたいな。柴犬が猫をペロペロしてあげて可愛がっている。猫も、柴犬にもたれかかったりモフモフしに行ったり、甘えている。可愛い可愛いと俺は連呼した。

ゲイ動画を見てチンポを気持ちよくする作業を開始。程よいスリム筋肉くん(乳首が大きいのが可愛い)がケツをガンガン掘られ、乳首を舐められ、チンポを扱かれて「きもちいっ、あんっ、イクッ!」と可愛い声で言って射精してしまうという動画……俺はけっこう興奮した……なかなか良い動画を見つけたと感ずる。

イカ臭くもなってきていた。台所の給湯器で頭を洗い、桶にお湯を入れて、タオルを濡らし、体を拭いた。チンポももちろん拭いた。

ツイッターにキモイイラストを投稿。ツイッターはめっきり見なくなった。興味が失せたというか、小説を書いている連中の、あまりの能天気さに呆れたのかも知れない。小説宣伝ばかりでうんざりしていた部分もある。俺は宣伝をほとんどしないし、この文章だってロイヤリティ?要するに金銭を発生させるシステムみたいのに登録していない。自分の書いてるものにキモイ広告が付くのが嫌だったし、こんな文章で金を取るなんていうのも、なんか違うなと思うからだ。そこで先述した戦争小説への違和感の大きなものも理解できた。要するにあの戦争小説は著者に金が入るシステムになっている、ということだ。この無自覚な鈍感さにも、ほとほと呆れてしまったのだろうか。ツイッターは見なくなった。まあ、個人的にやりとりしてる人なんていないし……いいかなと。プライベートでの他人との交流は元々絶無だったし。気持ち悪いイラストを描いて、嫌がらせのためにツイッターに流すくらいのことは、するかも知れないが。


(了)


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