たまにはこんな日も 後編
店を出るとゾーロが「帰り道に市場に行きたい」と言い出したので、先程の市場へ向かう事になった。
淡い橙の染まり始めた空を眺めがながら、少々肌寒くなってきた風に上着を羽織りなおしつつ、来た時と同じ様にのんびりと歩いて市場へと向かう三人。
「市場で何か買うんですか?」
と尋ねてくるリベックに、本当に面倒くさそうにゾーロは、
「夕食をな、面倒くさくて買って帰る事にした」
「確かお二人って一緒に住んでるんでしたっけ?」
「ああ、これを放っておく訳にはいかんのでな」
二人は一度、問題児キアナを見つめてからそっとリベックはゾーロに、
「……大変ですね」
「……解ってくれるか?」
「……ええ、まぁ」
そんなことを言い合いながら進んで行くと先程の市場に到着した。
今日は割引日なだけあってまだ人が沢山残っていた。時間的にゾーロの様に夕食を屋台で買って帰る客も少なくは無かった。
そして市場に入ると、
「あそこのが美味しいから食べたい」
と言うキアナの言葉に、
「それとあっちの店のサラダも追加でいいか」
と頷いてその店へと向かうのだが、一番人が混み入っている通路だったらしく中々先へ進めない。
「リベ君潰れてない?大丈夫?」
「大丈夫です!それよりゾーロさんは……」
「先に行ったよ」
と体格が小さいのを利用して隙間隙間から素早く動き、キアナが指さす場所にはゾーロが居てもう既に注文を終え料金を支払っている処だった。
「す、素早い…!流石!」
「そだねー」
等と言い合っていると、突然、
「トニー!ようやく見つけたよ!」
という声と共にキアナの袖を引く六十代程の白髪交じりの女性が、キアナの後ろに立っていた。
「えー、オレはトニーじゃないよー」
「……あら、ホントだ。また人違いぃー」
心底疲れた様に言うその女性にリベックは、
「もしかして一緒に来た人とはぐれちゃったんですか?」
「……そうなの、私がうっかりしてたのがいけないんだけれど…どうしようかしら…」
ため息交じりにそう話す女性に、
「あの、キアナ先輩はその人と一緒に居てください、僕市場全体に呼びかけとか出来ないか警備員さんに聞いてきます!」
「おー流石リベ君、オレには思いもつかない事だー凄いなー」
「良いですか、じっとして絶対に、そこから動かないでくださいね!」
リベックが近くの警備員に話を聞きに行ってる間、キアナは、
「そういえばお名前は?オレはキアナだよー」
そう言ってキアナは子供の様な笑みを浮かべると、女性は、
「私はジェニーよ」
と簡単な自己紹介をした。
「ジェニーさんかー可愛い名前だー」
「あら、もう孫もいるおばあちゃんなのよ」
と謙遜するジェニーに、キアナはうーんと頭を傾げて、
「孫ってことは、オレはパパさんに間違われたのかな?」
「そうなの、うちの息子って背が高くて赤毛なのよ、勿論私も今は白髪が多いけれど昔は綺麗な赤毛だったのよ」
キアナは自分のオレンジの髪を指さしながら、
「それで間違えちゃったのかー仕方ないねー」
「ホントごめんなさいねぇ~」
という会話をしていると、早めに戻って来たリベックが戻って来て、
「南側入り口の処で呼び出し掛けて貰えるそうです!行きましょう!あ、でもゾーロさんが…」
「ゾーロさんならここに居るよ」
とキアナは自分の左後ろを指さして、キアナの腕を潜りながら前へと出てくるゾーロ。
「あら?弟さん?おいくつ?」
「……ひーみーつー」
「あらら、もしかして難しい年頃だったりするのかしら?」
「……それもひーみーつー」
「あらあら、困ったさんねぇ…」
そう困った様に首を傾げるジェニーに、
「あー、えーと、取り合えず南側入り口へ行きましょう」
というリベックを先頭にはぐれない様にとジェニーを真ん中に挟んで南側入り口へと四人向かうのだった。
南側入り口に着くと、リベックが小さなテントの下の机に座っている係員の女性に、
「迷子、というか関係者呼び出しをお願いしたいんですけど……」
と尋ねれば、
「はい、承ります。呼び出し相手のお名前をお教えください」
と言いながら手にペンと紙を用意して、
「ジェニーさん、息子さんの名前おしえてだってー」
「はい!トニー・スコットを呼び出して貰えます?」
「畏まりました、それではお客様のお名前は?」
「私はジェニー・スコット」
「はい、承りました。少々お待ちください」
係員の女性がマイクの作動スイッチを押して、メモを見ながら、
『お客様のお呼び出しをします。トニー・スコット様、トニー・スコット様、お連れ様がお待ちです。南口前のサービスカウンターまでお立ち寄りください』
という放送が市場全体に流れた。
「はぁーこれでここに来てくれる筈です」
トコトコと歩いてキアナはベンチを発見すると、
「ジェニーさん疲れたでしょ、ここに椅子あるから座りなよー」
「ありがとうね、あなた、えーとキアナ君だったかしら?は大丈夫なの?」
「オレは平気だよ、ありがとー」
そんな風にやり取りする二人を見てリベックがぼそりと、
「キアナ先輩ってうんと年下かうんと年上かに好かれますよね」
「子供と老人に受けが良いらしい、不思議なものだ」
そうしてのんびりと待っていると十五分程経った頃だろうか、一組の家族がやって来た。先頭に居る男性は長身で綺麗な赤毛だ。
「ちょっと母さん、どこ行ってたんだよ!心配したんだからな!」
「ごめんなさいね、ついうっかり。次からは気を付けるから」
ゾーロより少し身長の小さい女の子が「おばあちゃーん」と言いながらジェニーに抱き着いた。男性はキアナ達の方を向くと、
「うちの母がすみません」
とキアナ達に謝ってくるので、
「気にしないでください、僕達がやりたくてやっただけですので」
とリベックが返事をする。
「それじゃ本当にありがとうね」
「じゃーねージェニーさーん」
と手を振るキアナと、後ろを向きながら手を二、三度振ると前を向いて市場の人混みの中へと消えていった。
「それじゃ僕らも買い物して帰りましょうか」
「そうだな」
「そうだねー」
そうして各々必要な買い物をした後、夕日がほとんど沈んでしまった橙と紫混ざり合う空を見上げながら、市場から出て途中の道でリベックはゾーロ達と別れ、自宅の団地へと帰るのだった。
今日は休日の筈が色々あって結構疲れた。けれども、
「んー………たまには、こんな日があってもいい…かな?」
なんて呟きながら帰り道を急ぐのだった。
きっと「遅いわねー」なんて言っている母の為に、好物の苺のタルトを市場で二つ買って帰るリベックなのだった。
後日、リベックは少々遅刻癖があったのだが最近めっきり少なくなった。それをゾーロが指摘すると、
「最近寝坊しなくなったというか、良い時間に目が覚める様になったんですよ」
「………成る程、例の時計のお陰だな」
「え!?あの時計のお陰なんですか!?ホントですか!?」
「時計は時を刻むもの、持ち主の時間を操っているとしても不思議ではないな」
「へーこれにそんな力が……ありがとう、大切にするよ」
と西の時計屋で買ったチェーンを付けた例の銀細工の懐中時計を内ポケットから取り出して、不思議そうに、大切そうに、眺めるリベックだった。
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