特別指定都市シーデン
ミコシバアキラ
彼らの仕事 前編
リベック・スーデルはのんびりと中央区画を歩いていた。
お使いがてら散歩に出ていると、先程の事だ、コンプレックスである低身長と女顔で女性と勘違いされてナンパされかけたのだった。
リベックが男と解るとすぐさま罵声を吐いて何処かへ行ったが、相変わらずどの様な対応をすればいいか困ってしまってどうしたらいいのか解らないままなのだった。
少々どんよりとした気分になりながらも、お使いはきちんとこなすリベック。
今のリベックの心情とは裏腹に、昼過ぎの雲一つない空はとても冴え渡っていて、清々しい天気だった。
何時ものコーヒーを買っている、名前も覚えてくれる程常連になった店へと入っていくと、中年の男性が笑みを浮かべながら近づいてくる。店の中はいろんな種類のコーヒーがところ狭しと並べられていて、店の中はコーヒーの芳醇な香りで満たされていた。
「スーデルさん、今日は良い豆が入ったよ、良かったらどうだい?」
「へぇ、そうなんですか!ちょっと気になりますね」
奥へと案内されると、カウンターへとやって来た。近くには淹れたてのコーヒーが置かれていた。
「これなんですけど、どうですか?」
店主はカウンターに置かれていた小さなカップにコーヒーを注いで渡してきた。リベックはそれを受け取るとコクリとコーヒーを口にした。
「わぁ、深いのにスッキリした味ですね」
「どうです?」
「それじゃ、一回きりのお試しの量で貰えますか?それと何時ものブレンドも何時もの量で」
「流石リベックさん、買ってくれると思いましたよ」
そう言いながらコーヒー豆の入った袋を紙袋に詰めていく店主。リベックは料金を支払うと、店主のにこやかな笑顔に見送られてその店を後にした。
ここは特別指定都市「シーデン市」は科学文明を押し寄せてくる北大陸と、魔術文明を押し寄せてくる南大陸に挟まれた緩衝地帯であり、その両方の文明が交じり合った混沌とした街である。全てを四十五の区画に分け、北大陸の影響の大きい西側と南大陸からの影響の多い東側とで大きく分かれている。そして一番東の端にあり『河向こう』と呼ばれる南大陸の影響を一番大きく受けている場所がある。そこは南北大陸からの不法移民も多く「シーデン」の中で一番混沌と化している場所であるのだった
市庁舎の第三十五部署「魔術解析捜査部」の扉を潜った。
「ただいま戻りました」
そう言うと部署長席に座るゾーロ・シュヴァルツは、
「お帰り」
と一言告げた。
十二歳程度の少年の姿をし綺麗な金髪の下には右目に黒い眼帯付けていて、サイズの合わない大人用の白衣をダボダボの状態で着ている。それに黄色いネクタイをしていて、アンバランスさが際立つ。
何故こんな子供が部署長をしているのか、等色々な事はあえて深く考えない様にしているリベックだった。一応部署長なので話す時は敬語を使っている。
部屋の隅にあるソファスペースで寝息を立てているのはキアナ・アベースト。
長身でオレンジの髪と眼鏡が印象的な男性だ。運動能力は他の追随を許さない程万能であるが、代わりに頭の方は残念極まりないのだった。
早速ゾーロに店で買った新しいコーヒー豆の袋を見せつつ、
「新しい豆をお勧めされたのでそれを淹れようかと思うんですが、良いですか?」
そうゾーロに尋ねれば、
「味見か、良いな頼む」
「はい」
リベックは給湯室へ向かうと、買って来た何時ものブレンドのコーヒー豆を棚に仕舞い、湯を沸かし、お試し用の一回使い切りサイズのお勧めされた豆をミルで削っていく。その後ドリッパーの用意をして、削った豆を入れたドリッパーに湯を注いでいく。
それをカップ二つに注ぐと、ゾーロの元へと持って行った。
「どうぞ」
「すまんな」
そう言うと一口飲んで味を確かめる様に味わうゾーロ。そしてリベックを見上げながら、
「……悪くはない」
「……でも、何時ものが良い、ですね?」
コクリと頷くゾーロに『やっぱりか』と思いながら、
「次は何時ものを淹れますね」
「ああ、頼む」
リベックも自分の席に着くとコーヒー片手に書類仕事を始めるのだった。
「リベック、特別指令が下った」
呼び出しの連絡があった後、第三十五部署を出て行き、そう言いながらゾーロは戻って来た。
「今回は軍警からの要請らしい、なんでも南大陸からの薬物を持ち込んでいる非合法集団が居るらしい。軍警が摘発して捕まえようとすると、何かしらの方法を使って逃げてしまうのだそうだ。おそらく魔術が関連しているのだろう。逃げた先を突き止めて捕縛の手助けをして欲しいというのが今回の依頼だな」
「成る程、逃げた相手を魔術の痕跡を追って居場所の特定をする、という事ですね………それじゃあ」
と言いながら席を立つとソファで眠っているキアナを無理矢理叩き起こすと、大きな欠伸をしながらソファから起き上がるキアナ。
「ふわぁ~おはよー」
「………おはようございます」
キアナが完全に目が覚めたのを確認すると、リベックは自分の席に戻った。
「キアナ、仕事だ、目を覚ませ」
「ふぁ~い」
もう一度大きく欠伸をしながら伸びをするとソファテーブルに置いていた眼鏡を掛けて立ち上がった。
「それでお仕事って何?」
「悪い奴らが捕まえようとすると多分だが魔術を使って逃げるから探すのを手伝え、というやつだ」
「なるほどー」
キアナに解る様に掻い摘んで説明するゾーロ。それを聞いてコクコクと頷くキアナ。
「それで、どんな魔術で姿を眩ませているのでしょうか?瞬間移動とかでしょうか?」
「そういった類のものはレベルの高い術者でなければ使えないだろう、小規模な非合法集団にそんな者が居るとは考えにくい……ならば……」
「ならば?」
「いや、ここで考えるよりも軍警に確認を取ってからの方が確実だな。軍警からの情報を得たら連絡してこい」
「はい、解りました」
リベックはキアナと共に上着の下から拳銃を取り出すと動作確認を一緒にした。そして特別越境許可証を仕舞いながら準備を一通り終えると、
「それじゃ、行ってきます」
「いってきまーす」
と第三十五部署の扉を潜った。
リベックはキアナと共に市庁舎を後にし、依頼のあった第四十区画の軍警詰め所へとやって来た。
顔見知りである所長のエドワード・ブロンソンは神経質そうに眼鏡を押し上げると、
「エドワードさん、今回はよろしくお願いします」
「よろしくねー」
「今回はもう、本当にくたびれてしまいましてね、そちらの力をお借りしたいのですよ」
目の下の深く刻まれた隈がそれを物語っていた。
「僕たちは非合法集団の摘発に同行すればいいんですよね?」
「そうです、恐らく今回も同じ手で逃げるでしょうから、その後を追って頂きたい」
「その、逃げるってどんな風に逃げるんでしょうか?煙が蔓延して追えなくなるとかですか?」
「いいえ、忽然と姿を消してしまうのです、その場所を調べても何も出てこない、近くをくまなく探しても見つからないといった状況なのです」
エドワードのその言葉にリベックは少々考える。そして、
「今回の事に関する記録を見せて貰えないでしょうか?毎回同じ手段なのかも気になりますので」
「ええ、構いません。持ち出しは厳禁ですが」
「それは解っていますので」
リベックの言葉に、その場に居た軍警数名に目配せをすると、部屋から出ていった。エドワードに案内された資料室隣の空き部屋にテーブルとパイプ椅子を設置すると、その机の上にどっさりと今回の事に関する報告書を乗せるのだった。
リベックは記憶力が良く、市庁舎の入社試験の筆記テストでトップクラスの知識と記憶力を持っているのだ。
「さて、頑張りますか」
と言いながら席に着くと一番古い報告書を纏めた分厚い冊子を手に取った。
「がんばってー」
と言いながらキアナは向かいの椅子に座って、ここに来る途中買った菓子を食べながらぼんやりと待つのだった。
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