第2章 第1ステージ2回戦 雑魚専のホームランバッター編

第8話 苦悩

練習が終わり、若本は家に帰ってきた。そして、泥まみれになった練習着から着替え、Tシャツ短パン状態になった若本は1人で黙々と夕食の焼き鮭を食べていた。母はリビングにいた。姉は自分の部屋にいるらしい。


「実は……前にも言ったかもしれないけど、家庭教師雇うことになったから!週2ね。よろしく!」

と母は言った。若本はマジで?という顔をしていた。


いや確かに家庭教師雇うとは言っていたけど……まさか本当だったとは……

……そうか……俺もう受験生だもんな……そういや進路希望調査も出してねぇや……期限いつだっけな……明日?明後日?


「2週間後、家庭教師の方が家に来るから、自分の部屋をしっかり掃除しておくのよ!」

と母は警告した。若本はわかったと返事した。


時は遡り、第1ステージの第1回戦が終わった翌日、栃木小山シニアに所属する選手達は、小山グラウンドにて、熱心に練習に取り組んでいた。今日は、投手捕手と内野手外野手で練習メニューの内容が異なっていた。若本はというと、キャッチャー防具を着けて、ブルペンで待機していた。投手捕手の練習メニューに取り組むそうだ。


「あれ? どうしてワカタクさんがブルペンに? 珍しいっすね? ここ最近、内野外野の方の練習メニューに取り組むイメージだったので……」


北がブルペンにやってきて、先輩である若本を不思議そうに見つめる。


「ああ、俺、本格的に捕手の練習がしたいと思ってな……ちょっと監督に頼んで久々にブルペンに入らせてもらえることになったんだよ」

「え? ワカタクさんって捕手に転向するんですか? たしかにちょっとだけ捕手を練習してたのは知ってたんですけど……」

と北は若本の驚いた表情をしていた。

「いやいや、捕手に転向するわけじゃないよ!」

「そんなんすね……」

と北は若本が言ったことに納得していた。


若本は前回の試合で、自身の捕手としての能力が圧倒的に足りていないことを実感していた。リード面、壁性能、フレーミング技術、他の捕手と比較しても圧倒的に劣ることを痛感した。梨田の暴投だって、あれは後ろに逸らしてはダメだろと思っていた。


なぜ、捕手としての能力が圧倒的に足りていないか。それは、捕手をしてみた、やってみた経験のなさが原因であると考えていた。


ブルペンで投手の球を受けるのも、ノックで捕手の守備位置につくのも、あるいは「ベンチにいる捕手がいなくなった場合」を想定した時のシチュエーションを交えたチーム内での練習試合といったケースも、すべて数える程度しか行っていなかった。


だから、ブルペンに入って投手の球を何十回何百回も受けて、自身の捕手としての能力を向上させたいと考えたのである。また、ブルペンには若本だけでなく、U-15日本代表の捕手、南風もいる。ブルペンでの南風のプレーはあまりよく見ていなかったけれど、今後は南風を間近で見て学んで、自身のプレーに反映させたいと考えている。


あのプロジェクトに巻き込まれるまでは、捕手というポジションにはあまり関心がなかった。ユーティリティプレイヤーとして、内野外野だけでなく、捕手が少しぐらい守れるといいよねぐらいな感覚でしかなかった。しかし、あのプロジェクト内のチームでは、俺が正捕手なんだ……捕手としてチームに貢献しなくちゃいけないんだ……

捕手としての能力が低いので、チームメイトの皆さん、俺を見逃してくださいなんてそんな甘い考え、通用するわけがないし、チームメイトはそんな考え、認めてくれるわけがない。

俺だけでなく、他のチームメイトの生死もかかっているわけだからな……

できないんじゃない。やるんだ。やるしかないんだ……と。


第1ステージ突破するためにも、何とか捕手としての能力を上げていかないと。


若本はそう考えていた。


「わかりました! ワカタクさん! 俺の球受けてください! 球種はカーブ、スローカーブ、ナックルカーブ、カットボール、ストレートです! お願いします!」

と北は若本に捕手をお願いした。若本は快く承諾した。


「ならサインは……これでいこうか」

「そうっすね。それでお願いします!」

と若本は球種に関するサインの提案を行い、北は笑顔で了承した。

「あと、実を言うと、全国大会以降、ナックルカーブ特訓中なんすよ。ってことで、俺の練習付き合ってくださいね!」

と北はそうセリフを残して、マウンドへと向かっていった。北だけでなく、俺の練習でもあるんだけどね。



練習後、若本が帰ろうとする際、


「そういや、ワカタク、今日は投手捕手練習の方に行ったんだってな。南風から聞いたぞ」

とチームメイトの尾崎が声をかけてきた。そして


「本格的に捕手に転向するのか?」

と問いただしてきたので、若本は違うと答えた。


「捕手は他のポジションに比べて守るのが上手くないから、上達したいという気持ちがあったんだよ。だから、野手練習はせずに捕手の練習をしていたわけ」

と若本は捕手の練習に行った理由を尾崎に話すと、尾崎はふうん、そうなんだと納得した表情をみせた。


「じゃ、捕手練習頑張ってね!」


尾崎はそう言い残して、自転車で漕いで去っていった。


若本が話したこの理由は半分本当であり半分嘘である。


たしかに他のポジションと比べて守るの上手くないから上達したいという理由は間違っていない。ただ、この理由は優先度としては2番目だ。1番の理由は第1ステージを突破するためである。


もちろん、1番の理由は尾崎には言わなかった。


野球の試合で負けたら死ぬルールのデスゲームに巻き込まれました。なので、デスゲームで勝つために捕手の練習してますなんて理由、絶対に信じてもらえないだろうし、厨二病だの妄想だの言われて馬鹿にされて終わりである。


そもそも、俺はスタメン勝ち取って試合で活躍したいという目標だったはず。


で、スタメンを獲るには何が必要か。バッティングだと考えている。スタメンで選ばれている選手に比べて、俺は圧倒的にバッティングが劣っている。だからこそ、バッティングを重点的に強化したい。


捕手の練習をしている場合じゃないのである。


そのまま捕手に専念してスタメンを勝ち取ればいいって意見もあるかもしれない。


今4月。夏の全国大会予選は7月初旬から。3ヶ月で捕手経験の少ない俺が、U-15日本代表の捕手、南風を差し置いてスタメンが獲得できるかと言われると、無理に近い。3ヶ月でどうこうできる話ではない。


スタメンを獲得するために最も重要なことと(バッティングの向上)、第1ステージ突破するために最も重要なこと(捕手能力の向上)にズレが生じているため、すごいモヤモヤしている。あのプロジェクトさえなければ……生死がかかっている第1ステージクリアの方が大事なのではあるが……すごいやりきれない……


そんな葛藤を、若本は心の中で抱えていた。


2週間後。

今日は練習は休みかつ、家庭教師がやってくる日だ。


若本は自分の部屋でベットに寝っ転がって漫画を読んでいた。


「拓也。玄関先に家庭教師がいらっしゃったから挨拶しなさい」

と母から呼ばれたので、若本は読んでいた漫画を机に置いて、階段を降りて玄関へと向かった。


階段を降りて玄関にいる家庭教師に視界が入ると、


若本は「えっ?」と声を発し、驚いた表情をしていた。


家庭教師も若本が視界が入ると、最初、目を丸くして驚いた表情をしていたが、

すぐさま気を取り直して、愛想のいい笑顔でこう挨拶した。


「若本拓也くんの家庭教師で来ました、梨田優佳です」


なんと、第1ステージ第1試合目で自チームの投手としてマウンドに上がった、あの金髪ポニーテールが特徴の荒球変則左腕女性投手が、家庭教師として目の前に現れたのである。




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