第57話 お誘いの昼食

 こぶし大の袋には四つの小さな袋が入っている。

 それぞれ価値の低い物から、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨であり、多くの国で使用できる交易通貨としては更に金貨や大金貨、白金貨などもあるのだが、そこまで大きな買い物をする予定は今のリオンにはないので引き出さなかった。

 心配事の一つが消えたリオンは、向かい側に座るかつての教え子へ視線を向ける。

 卒業の時にはまだまだ落ち着きのない青年だったが、今ではすっかり立派な大人だ。

「まさかここで出会えるなんて思ってませんでしたよ。先生は研究一筋でずっと学院にこもっているものとばかり」

「まあ、色々と事情があってね」

 休憩の時間に入るからと誘われた昼食。

 レクシロンは気を使ったようで貴族や金持ちが好むような格式の高い店を避けて、中流層が利用するそれなりに賑やかな、しかし下品な客まではいないところを選んでくれた。

 おかげでミュールもフィリアンも遠慮せずに食事に舌鼓を打てている。

 ――少し自嘲して欲しいくらいには。

「それにしても、君があんな規律の厳しそうな場所で働いているなんてね。もっと自由の大きい仕事を選ぶものと思っていたよ」

「ははは、偉くなってしまえばそれほど厳しくはありませんよ」

「それはどれくらい?」

「あそこの警備に関する最高責任者、ってところですかね。他にも利用されている魔法の管理部もいつの間にか管轄になっていますが」

「その若さで?」

「先生の厳しい指導の賜物ですよ」

「そんな厳しかったかなぁ」

「まあ指導そのものは確かに厳しくはありませんでしたね。ただ評価の方に関しては学院で一番シビアだと生徒たちの間では話題だったんですよ? それで心を折られたイケイケの若者たちが何人いたことか」

 かくいう自分もその一人だと、レクシロンは懐かしむように目を細める。

 一方のリオンは、自分がクリフにされていた評価基準で判断していたのだが、それほど厳しいものだっただろうかと首をかしげていた。

「リオンさんって、実は凄い先生なんですか?」

 口いっぱいに頬張っていたバターまみれのパンを飲み込み、フィリアンはレクシロンに尋ねる。

「ん? 凄い先生も何も、リベリオ王立魔法学院で初めて卒業生以外から選ばれた先生だよ。あの時はたしか最年少記録も更新したんでしたっけ? あ、そうそう先生の去年の論文、俺の仕事の方でも有効に活用させてもらってますよ」

「にゃにゃにゃ、これは本格的に相手を間違えていた可能性……」

 ご機嫌に話を続けるレクシロンと、何やらブツブツと呟いているフィリアン。

 一方で我関せずのミュールは、手を止めていたリオンの頬を尻尾でペチペチと叩き新しい肉を所望していた。あくまでリオンに食べさせてもらう事に拘っているようである。

「あ、そうだ。先生今晩暇ですか?」

「暇と言えば、暇かな?」

 そもそも追い出されて来たようなものなので予定など入っているはずもない。

「じゃあ今晩行われる立食パーティに来てくださいよ!」

「パーティ? そういうのは基本的に身内でやるものではないのですか?」

「そのパーティを開くのは、この町一番のいけ好かない金持ちで自己顕示欲の塊みたいな男ですから、先生みたいな人なら大喜びで中に入れてくれますよ。私からも紹介しますし」

「でもそういう会は苦手なんですよね」

「そう言わないでくださいよ。俺も我慢していくんですから。……本音で言いましょう。その男がパーティを開く別荘なんですが、そこに使われてる精霊魔法は俺が特注の依頼で設計した物で、その完成祝いなんです。だからなんて言うか、是非先生に俺の成長を見て欲しくて」

 照れ臭そうに頭を掻く姿は記憶にある教え子の姿。

 こう言われてしまうとリオンとしては断り辛い。

 人脈云々であれば自分で作ると突っぱねるのだが、元教え子が自分の成果を自慢したいというのであれば、それに付き合うのも教師の仕事の一つだろう。

「分かりました。でも評価は厳しくいきますよ?」

「ははは、そこはめでたい席なのでお手柔らかにお願いします。お二人……そちらの女性と先生の使い魔? の方はどうしますか?」

「私は遠慮しようかな~。そういう会は苦手だし嫌な相手とかに会うかもしれないし」

『我は使い魔ではない。リオンの護衛だ。当然共に行くに決まっているだろう』

 フィリアンは手をフリフリと動かして不参加を表明、一方のミュールは少しムッとした様子で当然の事と答えた。

 それらを聞くとレクシロンはいつの間にやら取り出した手帳にメモを取る。

 前には見られなかった成長の姿だ。

「では、そのように先方に伝えておきます。……さて、もう少し団欒を楽しみたいところですが残念ながら、そろそろ私の休憩時間がお終いなんですよね」

「じゃあ一時お別れですね」

「はい。会計の方は済ませておきますので、先生たちはゆっくり食事を楽しんで下さい」

 そう言って立ち去るのかと思えば手帳を仕舞い、おもむろにフォークとナイフを手に持つレクシロン。

 何をするのかと見ていれば、物凄い速さで自分の前にあった料理を平らげ始めた。

 その姿は餌にがっつ空腹の犬のようで、おおよそ今の立場に相応しい人物の振る舞いには見えないものだが、リオンはただ苦笑を浮かべて見守る。

 その姿は過去に何度も見たものだ。

 レポートの提出期限に追われ、食堂で行われていた早食いは今でも教師たちの間で話題に上る事のある風物詩。何度、同僚たちに期限を延ばしてやれと説得を受けた事か。

 あまりよい類の思い出ではないのだが、とても懐かしくてリオンの顔はほころんでいた。

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