第27話 空腹の炉
リオンがまず最初に取り掛かったのは巨大なドラゴンに関する調査だった。
だがこれは想定していた結果を大きく超えていたので結局は無駄骨に終わることになる。
「……これでもダメか」
壊れた計器を持ってリオンは呟く。
短い棒状のものに持ち手のすぐ上に数字の並べられた半円の板が付いたもので、精霊の力の隆起度合いによって該当する数字を針が指し示してくれるのであるが、肝心の針は勢いよく振り切った結果根元からぽっきりと折れてしまっていた。
「最高位の精霊石でも一割くらいしか振れないように調整し直したんだけど、それでもダメなのか」
溜息と共にその場から離れるリオン。
非常識と呼べるほど強大で溢れだしている精霊の力はドラゴン自身の持つと生命力を示しているのだろうが、これで本当は力尽きようとしているなど信じがたいものだ。
この巨体が自由に空を飛び回っていた時には、いったいどれほどの精霊の力がその体の内より湧き出していたのだろう。それこそ噴煙を上げ燃え滾る溶岩を溢れ出させる火山に等しいほどの力を宿していたのではないだろうか。
そんなものを再び復活させるのであれば、普通に考えればこの冷たくなった山を噴火させるしかないように思える。人間にそんな事が出来るかは甚だ疑問ではあるが。
穴から上がるために配置した縄を使って、垂直に近い壁を登り外に出る。
深さは兎も角底の暑さは凄まじく、真夏とも思える熱気の充満しているはずの穴の周囲が秋口のような涼しさに感じられるほどだ。
こういった過剰な熱気により汗を流す場所があるらしいと、ふとリオンは同僚の言葉を思いだす。
取りあえずは温くなった水でのどを潤すことにした。
連れ去ったドラゴンは自ら言った通り、必要なものであれば大抵のものは揃えてくれた。とは言っても正確に伝わらなければまったく違うものが届くし、食料に至ってはその辺の牧場から奪ってこようとしていたので、今は水や薪などのごく一部の物しか頼まないようにしている。
もっと高度は計測器は学院の研究室にあるにはあるが、ドラゴンがあの町に現れたのでは血気盛んな連中が集まっているのもあり、混乱は想像も出来ないほど大きなものになってしまうだろう。
『父は元気になりそうか?』
リオンが口に含んだ水を飲み下し一息ついたところで、ドラゴンが声をかけてきた。
このドラゴンは今、リオンから何かを頼まれない限りはずっと穴の周囲を歩いたり座ったりして落ち着かない様子でいる。
「何とも言えませんね」
リオンは素直に答える。
状態も何も分からず、また専門家でないからドラゴンに対する知識も足りていない。今から参考資料を手に入れるのは無理であるし、読んでいる時間があるのかもわからないから、このまま手探りで何とか突破口を探すしか無いだろう。
ドラゴンは『そうか』とションボリするだけで、特に怒るような事も無ければ感情的になって無茶を言ってくるような事はしなかった。
ただその“そうか”と言う返事にはいつも諦めのようなものが滲んでおり痛々しい気持ちにさせる。
「まあ、頑張って見ます」
だから元気づけようとリオンはついそんなことを口にする。
なんと無責任な言葉だろうなと少しの自己嫌悪に襲われるが、目の前のドラゴンが頷き嬉しそうに目を細める姿を見ると、そんな自分の内心はどうでも良い事のような気もした。
リオンはカバンの方へ向かい一つの道具を取り出す。
『それはなんだ?』
ドラゴンは尋ねてくる。
見た事のない物を取り出すと決まってドラゴンは尋ねてきていた。
「これは眠っている精霊の力を魔力で活性化させながら送り込む道具、ですかね」
詳しく言えばいくらでも難しく説明できるが、リオンはそれの効果を簡潔に話す。
既に一度、へカルトの馬車に埋め込まれた精霊石に力を込めるのに使ったものだから機能に不備がない事は分かっている。
「微弱ながら山には精霊の力が残っているので、それをこれで注ぎ込むことは出来ないかなと」
『ふーむ、よく分からないが父が元気になるというのであれば何でもやってくれ』
首をかしげて話を聞いたドラゴンの結論は、それまでの回答とさほど変わらない。
リオンは道具を持って穴の中へ再び降りていく。
再びむせ返るような熱気に全身を炙られ始め目が痛くなった。
こんな事ならゴーグルの一つでも持ってきておけば良かったと、何度目か分からない同じ後悔の念を抱きつつ底に足を付ける。底と言っても巨大な窪みは丸みを帯びているため斜めになっており、また壁と巨体の間には人ひとりが歩ける程度の幅しかない。
鈍い赤色のウロコの一つ一つはリオンよりも巨大で、穴の底がほんのり赤く照らされているのは目の前のそれが微かに光を放っているからだ。その事に気がついたのは直ぐ近くまで寄って見てからだった。
リオンはしばらく壁伝いに歩き続け、恐らくは頭であろう場所の前に来る。そこで一呼吸入れ、意を決して目の前にある隙間に入って行った。
体を丸めた竜の頭と尻尾、そこを超えた先には腹があるはずである。
逆側は腹と言うよりも背中に近くなってしまっているので、目的の場所に近づくためにはこちら側を通っていくしかない。無論、この巨体が身動ぎの一つでもしようものならペシャンコだ。
だがリオンの懸念はそれではなく、そして懸念は事実だと直ぐに判明した。
「あっつい!!」
思わず裏返った声で小さな悲鳴を上げる。
布で口を覆い熱気が入ってくるのを和らげても全身を焼いてくる熱は防ぎようがない。まるで燃え盛る釜の中にでも放り込まれたかのような気分で、薄っすらと赤い光に照らされる小さく狭い隙間を進んでいく。ある時は身を屈め、ある時は這うように、どんどんと奥へ向かうに従って次第に熱気と赤い光が強くなっているような気がした。
遂にリオンは目的の場所へ辿り着く。
そこは腹の前で常識的に行くことのできる最も心臓に近い場所。
赤い輝きは若干の明滅が行われており、それは弱々しい鼓動のように感じられた。
リオンは暫し見惚れた後、首を振って我に返る。その勢いで汗が少し跳んだ。
観察のために来たのではない。
まっすぐに近づき、体に触れるか触れないかの距離で円盤の中央にある無色の石をかざす。
「上手くいってくれよ」
魔力を込める。
魔力は円盤の溝を通って最初は白、徐々に赤い色へと変化して中心の球を満たしていく。
球は真っ赤に染まり切り、ここから魔力により呼び起こされた精霊の力が巨大なドラゴンの中へと流れていくのだが――
「くっああああああああああああああっっ?!?!」
焼けつくような痛みが全身に走り、同時に魔力が凄まじい速さで吸い取られていく。
手は円盤に石のように張り付いて放そうとしても言う事を聞かず、体を内から焼き尽くされていく感覚はドンドンと強くなっていく。
意識が飛びかける。
リオンは歯を食いしばり、思いっきり円盤を地面にたたきつけた。
“パァン――!”
球は砕け赤く細かな粒子となったかと思えば、それらはまっすぐにドラゴンの中へと吸い込まれていく。ようやく手から離れた円盤の溝に残っていた赤い光も全て同じように吸い込まれていった。
いったい何が起きたのか?
考えている暇はないとリオンは即座に判断し踵を返す。
体を引きずるようにして通って来た道を引き返して外を目指した。
赤くはない光を見た時にホッとし、しかし同時に離れていこうとする意識を何とか押さえ込む。
壁に手を付いてなんとか立ち上がり、それから半身を壁に擦るようにしながら縄まで歩いて向かう。
何度も意識が飛んで倒れるが、その度に同じように立ち上がって足を引きずりながら動かした。
「気づいてくれよ――」
ようやく縄の場所まで来ると、その端を体に巻き付ける。
上手く力が入らなかったのでちゃんと結べているか分からないが、そこは信じるしかない。
今の己に出来る全てを行い体から力が抜ける。
今度こそリオンの意識は赤い闇の中深くへ沈んでいった。
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