第26話 選ばれた理由

「しかし、どうして私なんですか?」

 リオンはドラゴンに尋ねる。

 協力してくれるかは別だが、自分より適任者や秀でた能力を持つ者は他にいくらでもいるだろうに。

 その疑問に対してドラゴンは困ったように答える。

『我の見てきた人間の中で、お前しか精霊と共にある者がいなかったのだ』

「精霊と共にある?」

『ほれ、お前たち人間は精霊の力を凝固させた玩具を使うだろう? あのような物で精霊の力を吸い出し利用するのではなく、真に精霊と共にあり精霊と対話を行ってその力を引き出していた者を他に一人として見なかった故にだ』

 ドラゴンは当然のように語る。

 むしろ“精霊の力を引き出せる者がどうして他のやり方に疑問を持たないのか”と首を傾げていた。

 確かに魔法石も精霊石も精霊の力を凝縮したものであるから、それは見方によっては精霊の力を吸い出していると言えなくもない。しかし精霊とは世界の自然や理に近く、その力は常に世界に満ち溢れているものであるから、やっている事はその力の形を任意のものへ変更しているに過ぎないのはずである。

 しかし目の前のドラゴンの話からすると、どうにも人間が理解しているほど単純ではないらしい。

 ドラゴンは精霊と獣の中間にある存在。

 人間とは比べ物にならないほど精霊に関し造詣の深い事は明白である。それが感覚的か理論的は分からないが、精霊に関する話で目の前の存在の言葉ほど真理に近いものは無いだろう。

『父に必要なのはこの山の持つ熱であり大地の鼓動だ。それが可能なのは精霊と対話できる者だけであり、つまりはお前しかいない』

「ドラゴンも魔法は使えるのでは?」

 そのような話を聞いたことがある。

『ああ確かに可能だ。しかし我らのこれは精霊の力を“作る”事であるがゆえ、既存の精霊を呼び起こすようなものではない。今の父に必要はものが燃え滾る山の熱である以上、我に出来ることはただ炉が冷え切らぬよう時間を延ばす事だけなのだ』

 自然界にあるものを使うのはなく、自らの力によって精霊の力を作り出す。

 それがどれほど人間の常識とかけ離れた行為であるかをドラゴンは自覚していない。

 そして、それほどの事を行える者ですら出来ない事はある。

「世の中は上手くできているのだなぁ」

 ただ一つの者が常に強者であり続けることは出来ない。

 世界は時という楔により、そのように形作られているのだ。

 もっともリオンが今から行おうとしているのは、その楔を否定するようなことなわけだが。

『そうだ。こっちに来い。必要かは分からないがお前の助けになるかもしれない物がある』

 そう言ってドラゴンは、今度は歩いて向かう先を教えてくれる。

 今度はいったい何を見せられるのか。

 原理不明な古代の装置など出てきはしないだろうな、とリオンは周囲の建物を眺めながら思う。

 暫くなんとなく既視感のある道を進んでいると、やがて見えてきたのはリオンが閉じ込められていた建物であり、その脇をドラゴンは通り過ぎていく。

 ふと、どうしてこんな場所に放り込まれたのだろうと思い尋ねると、

『人間は眠るときは暗い方がいいのだろう?』と気遣いからの行動であった事が判明した。

 そして更に全く未見の大理石の道を進んでいくと、やがて見えてきたのは巨大な神殿のような建物だ。これがどれほど大きいかと言えば、口を開ける入り口は多くの柱に支えられているのだが、その一つ一つの柱がまず目の前のドラゴンの体よりも太く、また大きな体が悠々と抜けられるほど間隔があいている。そんな柱がニ十本程度並んでおり天井は周囲建物を二つ積み上げて届くかどうか。

 そしてその巨大な口は正面から見て全体の二割ほどしか占めていないのである。

 柱の間を通り、正面に伸びる短い階段を上ると今度は一面の壁が立ちふさがった。

 ここは風に晒されていなかったのか細部に至るまで精巧な彫刻がほどこされている。何かの歴史や神話をモチーフにしたのであろう造形の各所にドラゴンと思しき姿もあり、ここに暮らしていた者たちの文化では崇められる対象であったことが見て取れた。

 その壁の中央正面に立ったドラゴンが、その爪で二つの景色を区切るように引かれていた縦の線をなぞる。直後、そこを中心に全ての掘り込みが赤い光を放ち出して地響きが起き始めた。

 リオンが何事か理解するよりもはやく、区切りの線を基準に縦に切れ込みが走り壁が開く。

『何を呆けている、行くぞ』

 ドラゴンが並んで入れる程に開かれた石門の間に立ち、ドラゴンが言った。

 クリフが見たら狂乱するであろう光景だったのだが、目の前のドラゴンには心底どうでも良いことなのであろう。

「あれ、明るい?」

『我が入ると明かりが灯るのだ』

 不思議なものだがな、とドラゴンもこの仕掛けに関しては詳しく知らないらしい。

 中は乳白色の外観とは違い、黒や白、金や銀など様々な色で装飾や絵画、絵や彫刻などにより彩られていた。しかし情報の洪水とも呼べる光景にも拘らずとても厳かな空気に満ち溢れており、自然と背筋が伸び不快感は微塵も無い。

 中央から正面にまっすぐ伸びる床は、金に縁どられた水晶の道のように見える。

 そしてその先には煌々と輝く黄金の山と宝石により作られた山があった。

 先を歩くドラゴンは小走りにその山へ近づくと無造作にかき分け、何かを手に乗せてリオンの正面に戻ってくる。

「これは――」

 リオンは驚き続く言葉を忘れる。

 ――それはリオンのカバンだ。

 旅の途中、目の前のドラゴンより逃れるため荷車と共において来たはずの荷物である。

 背負っていたものも、手に持っていたものも。

 中身は分からないが外観では何も失われていないように見える。

『人間は道具を使う事で可能となる事柄が大きく増えると聞いたことがあってな。必要になるかもしれぬと思い持ってきておいた』

「その、ありがとうございます。とても助かりました」

『うむ。しかしなぜあの場に戻ってこなかったのだ? 人間は命を賭してでも所有物に執着するものだとも聞いたことがあるのだが』

「それはまあ、人によると言いますか……」

 まあそうか、とドラゴンは納得してくれた。

「あの、いつごろまで荷車のあたりに?」

『お前を捕まえる少し前、太陽が二回顔を出すほどの期間だったか。それで諦めて空より探して見れば、下等な毛玉と仲良くしているとこを見つけたわけだ』

「そういえばキュリウス、あの鳥は無事ですか!」

『無事も何も、ピーピー鳴いているだけの毛玉など相手をするまでもない』

「そうですか」

 リオンはホッと一息つく。

 クリフの友人であり、心優しいあの鳥が無茶をして目の前のドラゴンに挑み、その結果八つ裂きになどされていたらどう先輩に謝ればよいか分からない。

 ドラゴンが意にも介さなかったというのは、少なからず誇りを傷つけていそうだが。

『ふむ。お前はあの鳥が大事か?』

「一応はそうなりますね」

『では取ってくるか?』

「いえ! 大丈夫です!」

 何でもないように言ってのけるドラゴンにリオンは即答する。

 きっとこのドラゴンの力であれば、キュリウスなど容易に無力化してここへ連れて来ることは容易な事なのだろう。しかしクリフがそれでどれほど悲しむことになるか、想像もしたくない。

 圧倒的な強者であるから、少し人間と感覚がずれているドラゴンは『遠慮などしなくても良いのに』と些か残念そうにする。

『必要な物があれば言え、我が如何なる物であろうと取ってこよう。……だが、その代わりに我が父の事は頼んだぞ』

 そう言ってドラゴンは神殿から先に出ていった。

 一人取り残されたリオンは、ドラゴンも人間とあまり変わらないんだと考えを改め、それから一人決意を固めるのだった。

 なんとかしてみよう、と。 

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