第11話 知らせ

 ふとペンを握っていた手を止める。

 綴られた文字は絶えず流れる川のような流麗さで並び、ところどころ添えられるように書かれた紋様や魔法陣により一種の芸術作品のような風合を見せていた。

 もっとも、それは彼女にはどうでも良い事だった。

「なんだか騒がしいね」

 そう言う視線の先には沢山の鳥たちが慌ただしく羽ばたいている。

 普段は静かな森の中、ポツンとあいた小さな広場に足れたてログハウス。

 窓から見える景色など雪化粧か春の花くらいしか変化など与えない。

 しかし、そのどちらとも言えない違和感のようなものは確かにあった。

 窓の縁に一羽の白い鳥が止まり、コツコツと叩く。

 開けてやると鳥は肩に止まり、『チッチッチ、チチ、チッチチッチ』と独特な鳴き方をした。

 一通りを聞くと大きく溜息を一つ。

 それから鳥を開いている手の指に乗せると「待ってろ、て伝えな」と言って外へ放した。

 鳥が見えなくなると白髪交じりの灰色頭を掻いて、それからペンを置く。そして適当な麻布の袋を取ってくると、脇に山のように積まれていた、丸めた羊皮紙を乱暴に中へと詰め込んでいく。最後にその口を茶色の紐で結べば、袋に描かれていた魔法陣が淡い紫色の光を放ち出した。

「さて、こんなもんかね」

 そう言って今度は丁度インクの乾いた羊皮紙と何も書かれていない羊皮紙、ペンにインクなどを壁に架けてあった手持ちカバンへ丁寧に詰め込んでいく。

 箱型のしっかりしたカバンはいくつかの仕切りを持っており、それぞれの道具は区切られた空間にピッタリと収まるようになっている。綺麗で分かりやすく、しかし汎用性の無い作りだ。

 だが、他に入れる予定のものなどないから問題はない。

 仕事に関わる物を纏めたら次は純粋な身支度だ。

 使い古しで痛みところどころ色の落ちて白くなっている鳶色のコートを衣服の上に羽織り、厚手のベルトにはいくつものポーチを取り付ける。

 中身はそれぞれに決まった物を詰めていき、それが終わると大きな背負いカバンも物置の奥から引っ張り出してくる。

 先ほどの麻布の袋の他、干し肉などの水の入った瓶など最低限の保存のきく飲食物。ハサミや布、ロープ、ピッケル、チョークの予備(ポーチにも入っている)などと、おおよそ必要になるかもしれないと思った道具、最後に念のため何種類かの塗り薬と飲み薬を詰め込んだ。

 一つ一つは細々としていても、集まって見れば随分な量になるようで、カバンに隙間は殆ど空いていない。

 持って運ぼうとした瞬間、少しだけ体がフラリと揺れたのを踏ん張って堪え溜息。

「まったく、もうそんなに若くないってのに無茶を言うもんだよ」

 そんな事をボヤキながら、随分と内履きから随分と使い込んではいるものの手入れのしっかりとなされたブーツへと履き替える。

 ブーツにはこれまた紋様が描かれており、履いた瞬間に薄っすらと白い光を宿した。

 大きなカバンを背負い、小さなカバンを手に持って立ち上がると、一度部屋の中を見回す。

 目を閉じ、「よし」と言って開くと、扉の脇に掛けられていた杖を持った。

 外へ出て、扉を閉め、鍵を回すことで崩れていた守護の魔法陣を正しい形へと戻す。

 ちゃんと魔法が聞いている事を二度確認してから、指を咥えるにして“ピー”と甲高い音を一つ吹いた。その音は風に乗って森の隅々へと響き、コダマが返事のように帰ってくる。

 暫く待つと、『ピュイー』と指笛より少し低い鳴き声が聞こえてきた。

 更に待つと、広場のポッカリあいた空から一羽の鳥が降りてくる。

 離れてみたならば不思議に思わないかもしれない。しかし近づけばその鳥が異様に大きい事に誰もが驚く事だろう。

 広げた翼は片翼だけでも大人ひとりを軽々覆い隠せてしまうほどだ。

「キュリウス、悪いが急ぎなんだ。力を借りるよ」

『キュイ』

 ジッと目を合わせて真面目に頼めば、訳を言わずとも鳥は身を低く乗りやすくしてくれる。

 ふかふかの羽毛に半ば身を沈めながら登り、両羽の付け根の裏に膝が来るように座って一息。それから人間でいえば方に当たる部分を通すように首に腕を回して体をピッタリくっつける。

「それじゃあ頼むよ、全速力で!」

 いうのと同時にギュッと口を閉じる。

 直後、地面を蹴って飛び上がった巨鳥は翼の一振り一振りで猛烈に加速していく。

 地上からは豆粒のような高さまで舞い上がると、今度はその勢いを目的地へ進む力へと転化し軽い衝撃波を巻き起こしながら移動を始める。

 まさに風の如しだが、やはり若くない身には少々辛いものがあると内心で溜息を1つ吐いた。

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