第15話
翌朝、イネスは目を覚ますとベッドから起き上がり、緑を基調とした冒険者服に着替えると顔を洗う。それから長いオレンジ色のマフラーを首に巻くと、ソファに座って昨日読んだ、シャーリーから受け取った紙束にもう一度目を通す。そうしながら使用人のソーマスがやって来るのを待つ。
すると扉をノックする音が聞こえ「どうぞ」と声をかければ、ソーマスが入ってきた。
「おはようございます、デマントイド様」
「おはようございます」
「それでは朝食のご用意が出来おりますのでご案内致します」
イネスはソファから立ち上がってマフラーを整えると、部屋を出た。ソーマスが扉の鍵を掛けると、ソーマスの後を付いて行く。
迷路のような城の中を進んでいくと、昨夜夕食を取った部屋へと案内された。既にシャーリーとエリザは昨夜と同じ席に着いていた。イネスも昨夜と同じ席に案内されると、シャーリーを目の前にして少々顔を赤らめると、バンデンブランが来るのを待つ。その間にテーブルの上には美味しそうな朝食が並べられていく。
そうしているとバンデンブランが姿をあらわして杖をついて、ゆっくりと席へと向かい、着席すると、
「遅くなってすまない」
「いいよ、別に」
「大丈夫」
「気になさらないでください」
そう言いながら「食事にするか」とバンデンブランが言えば、四人は食事を始めた。
食事を取りながら、バンデンブランが、
「デマントイド殿、少し頼みがあるのだが構わないだろうか?」
「え、えーと、僕にできることでしたら」
パクリと柔らかいトロトロのオムレツを頬張りながらそうイネスが答えれば、
「下の妹、エリザに外の世界の事を話してやってくれないだろうか?」
「そんな事で……構わないのでしたら」
突然名前を呼ばれて驚いているエリザを横目に、バンデンブランは続ける。
「エリザはまだ幼い、この城の中の事しか知らない。外の世界の事を知る機会が少ないのでな、色々話してやってくれないか?」
「僕で、構わないのでしたら……」
それにエリザはバンデンブランの方を向き、
「兄様、そうしたらいつものお勉強の時間が少なくなってしまいます」
「ここ数日くらいは少なめにして、特別授業という事にしたらどうだ?」
「……それだったら……わかりました」
そう頷くエリザは頷くと、オムレツを頬張るのだった。
そうして今日も豪華な、果物と生クリームをふんだんに使ったデザートに、イネスは嬉しげに口に運んでいくのだった。
「美味しいですね、こんなに沢山の種類の果物を食べたの初めてかもしれません」
と言いながら次々口へと運び、幸せそうな顔をするイネスに、シャーリー達も幸せな気分になるのだった。
食事を一通り終えると、バンデンブランが席を立ち、それにならってシャーリー達も席を立つと、各々の部屋へと戻っていった。
イネスもソーマスの案内で部屋へと戻ると、ソファに座ってまたシャーリーから受け取った紙束に目を通していく。
そんな風に過ごしていると、扉がノックされソーマスが入ってくると、
「エリザ様とのお約束のご準備が整いました、ご案内致します」
と言って礼をしてくる。
イネスはマフラーを正してソファから立ち上がると、
「分かりました」
と言って部屋を出て、ソーマスの後を付いていくのだった。
辿り着いたのは昨日茶会をした温室だった。イネスは中に入り、既に茶会の準備の整っているテーブルの上を眺めると、その内の一つの椅子に座った。
暫くすると、エリザが部屋に入ってきた。その手にはノートとペンが握られていた。
「遅くなってすみません、神殺しさん」
「いえ、大丈夫ですよ。お茶の用意をしてくださっているので、お茶をしながら話しましょう」
「よ、よろしくおねがいします」
エリザはそう言うとペコリと頭を下げた。そうしてイネスに向かい合う様に椅子に座ると、イネスの注いだ茶をゆっくりと飲んで、
「お話を聞かせてください」
とノートを開いて書く準備を万端にして、イネスの話を待つ。イネスは少々緊張気味になりながら、それを解すように焼き菓子を食べ茶を飲むと、ゆっくりと語りだした。
「そうですね、僕がゼノタイム国にいた時の話をしましょうか」
「その前に、神殺しさんがどうして旅に出たのか聞いてもいいですか?」
手を上げてそう尋ねてくるエリザに、イネスは少々困った顔をしながら、
「聞いても楽しくない話ですけれど……それでも聞きたいですか?」
「教えて下さい」
「楽しい話じゃないですよ、ホントに……」
「聞きたいです」
そう言って聞かないエリザに頭を掻きながら、イネスはぼんやりとした目で思い出すように語り始めた。
「はぁ……分かりました。えーと僕はベーム国の田舎の山村の出身で――
僕は拾われた子なんです、子宝に恵まれなかった両親はベームの田舎の村の更に山深いところで赤ん坊の僕を拾い、子供として育てることにしたんだそうです。
両親から拾われた子だという言葉は聞いていませんが、田舎の小さな村です。噂は広まり物珍しい様に僕を見る大人達からそう察しました。
けれど両親は実の子の様に僕を育ててくれました。笑って怒って叱られて、たっぷりの愛情を注いでくれました。今でも感謝してもしきれないくらいです。何か返せるものがあればと思うのですが中々見つかりませんでした。
それで十五歳になる頃でしょうか、両親二人共クロリトイド症候群、クロト病に罹ってしまいました。
近くの山の奥に先の大戦で使用された兵器があってそこに汚染された物質があったらしく、そこから流れ出た汚染物質によって両親以外にも村の人の複数人が両親と同じ様にクロト病に罹ってしまいました。
僕は病気の両親の世話で手一杯で、自分が罹る危険も考えずただただ世話をする毎日でした。
けれどある村人に言われたんです「どうしてお前は平気なんだ、どうして病気にならない」と。
返す言葉はありませんでした、僕自身どうしてそうなのか分からなかったからです。それからですね村の人達が、沢山の病人が出ているにも関わらず元気でいる僕の事を気味悪がって見るようになったのは。
村のわりかし軽症な人々は両親を心配して二人の元によく訪れましたが、やっぱり僕をを気味悪がって見ていましたね。
昔から色々と普通ではない事をしてきたので、前々から僕の存在を認めてくれているのは両親だけでした。他の村人が気味が悪いという目で見るのも理解していました。だから不思議ではありませんでしたけれど。
そうして両親は病に罹ってから約半年で二人共亡くなりました。……不思議と涙は出ませんでした。
葬儀も終わって、一人でどうしようかと考えていると、村の人達は僕を気味悪がって、異物として見てきて、『ああ、ここに居場所はないんだ』というのが分かって、両親の残してくれた財産を持って一人そっと村を出ました。
まずはベームの大きな街に出て、何かできる事はないかと色々な事をしましたね。宿屋の下働きをしたり、食堂の厨房で働いてみたり、そこで貯めたお金で行商人と一緒に色んな国を回ったりして、色々な所を見て回りましたね。
各地を点々としながら、戦わなければいけない場面に遭遇する回数も増えてきて、その時に自分が魔術を使える事、自分が力が異様に強い事が分かって、旅の魔術師から魔術を習い、体術や剣術を鍛えて、武器や防具をそろえては、護衛や冒険者の傭兵としての仕事をして過ごし、各国を回って今に至ります。
けれどやはり、汚染物質の多い場所ではクロト病に罹る仲間もいましたけれど、僕一人だけなんとも無くて……何故なのだろうと考えることが多いですね。
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