第9話

「いいえ、大丈夫です」

 そう言うシャーリーの後ろには少女が立っていた。

 薄い茶色の髪を肩で三編みに結って、アイスブルーの瞳、黒いタイツにふわりとしたシックな色合いの赤いスカート、足元は磨かれた黒い靴を履いて、シャツの上から同じく落ち着いた色合いのオレンジ色セーターを着襟元を赤いリボンで飾っていた。

「紹介するよ、妹のエリザ」

「初めまして、エリザベチンスク・ルチル・レビ・クロシドライトと申します」

 そう言って淑女の礼をすると、シャーリー共々席に着いた。

「あなたが神殺しさん?」

「……そうですよ。イネス・デマントイドといいます。それと呼び捨てでいいですよ」

「おいくつですか?私は十三歳です」

「えーと、僕は二十九歳です」

「姉さまより年上なんですね、年上のお客様には失礼のないようにって言われていますから呼び捨ては駄目です」

 そうじっとイネスを見つめてくるエリザに、イネスは少々困りながらいると、シャーリーが、

「まぁ、そういう話はお茶にしながらにしよう」

 シャーリーはそう言ってティーポットから茶をカップへと注いでいく。三人分用意ができると、シャーリーは優雅な仕草で茶を飲み始めた。それを見てイネスも茶を飲む。今日の様な冷える日には嬉しい温かな茶だが、温室の中では少々暑い気もした。

「外の世界ってどんなのですか?」

 エリザが唐突にそう聞いてきた。それにイネスはぱちくりとしながらも、

「平和で物騒なところですよ」

「どっちなのか分からないです」

「どっちもなんですよ」

 そう言うイネスに、エリザは姉であるシャーリーを見つめて、

「その通りさ、塀に囲まれた国の中や街では平和だけれど、その外に出れば野盗に襲われる事もある。現に帰ってくるまでに盗賊に襲われたからな」

「盗賊!?」

「ああ、けれどイネスが蹴散らしてくれたよ」

 シャーリーがそう言えば、エリザの視線はイネスへと向けられる。

「神殺しさんはやっぱり強いんですね」

「そう言われる程のものか判断できませんけれど」

 そう言ってイネスは皿に盛られている小さな焼き菓子をパクリと口に入れた。

「ん、美味しいですね」

「そりゃ、ウチの料理人達が作った品だからね。自慢の味だよ」

「……甘い物好きなんですか?」

 イネスはそれに頷きながら茶を飲み、

「ええ、男では甘い物が好きな人は少ないんですけどね」

 と困ったようにぎこちなく笑う。

「それで、シャーリー様が僕を牢から連れ出した理由もわかりましたし、どうしてそうなったのか聞いてもいいですか?」

「あー……あまり思い出したくないんだがな、話しておかないといけないな」

 そう前置きしておいて、シャーリーは語り始めた。

「そう、あれは二年程前になる――

 二年程前、私は外交の仕事でヘスチング国に居た。

 同盟国との同盟継続の書をやり取りするためにヘスチングに向かったのだけれど、仕事は早々に終わってしまってヘスチングの王女や大臣達と茶を飲んだりして交友を深めていた。

 そんなとある温かい日。

 城の庭に出て散歩でもしようという話になって、お言葉に甘えることにした。

 王女は学習時間の為同行できなかったが、後から考えるとそれが良かったかもしれない。

 ともあれ大臣と庭の散歩をしながら政治について話していると、空から突然魔術弾が降ってきた。突然の事に自分の身を守るのが精一杯で、大臣や一緒に居た使用人に怪我人を出してしまった。

 そうしていると一人の『神』が白い翼を羽ばたかせながらゆっくりと下りてきた。

「俺はパラテルル、『神』だ。讃えろ」

 そんな事を言うパラテルルと名乗った『神』に、私は怒りをぶつけた。

「お前!何したと思ってるんだ!こんなに怪我人を出して何がしたい!」

「ほう?貴様俺が怖くないのか?」

 白い髪に白い翼、金に輝く瞳をし、この寒い世界で薄い布をでできた服を身に纏ったパラテルルと名乗る神に、私は腰に差したサーベルを抜いて構えただ叫ぶしかできなかった。

「今はそんなの関係ない!怪我させた皆に謝れ!」

「ほぉ?俺を恐れないとは、面白い奴だなぁ……」

「もういい!」

 私はそう言ってパラテルル神とのやり取りを止めて、怪我人の元へと向かい回復術を使って応急処置を始めた。回復術は得意ではないのだが、やらないよりマシだと思って術に専念した。

 それが面白くなかったのだろう、パラテルル神が私に近付いてきて私の首根っこを掴んだ。そうして引きずって怪我人達から引き離すと、

「俺を無視するとはいい度胸だな」

「五月蝿い離せ!今はお前に構ってる暇なんて無い!」

 そうして首根っこを掴んでいた腕を振り払うと、怪我人の元へと向かおうとする私の腕を掴み、引き寄せる。骨が砕けるんじゃないかと思う程の握力で掴まれ、痛みに顔を歪ませると、パラテルル神は笑い始めた。

「貴様、面白いやつだな、気に入った。特別に俺の嫁にしてやろう」

「は!?ふざけるな!こっちは結婚を決めた相手がいるんだ!お前なんかの嫁になる気はない!」

「はっ!その態度、ますます気に入った。貴様、年は?」

「答える気はない!」

「ならいい、他の奴に聞くまでだ」

 パラテルルはそう言うとシャーリーの腕を離して、軽症で済んだ大臣に近付き、怯える大臣に向かって尋ね始めた。

「おい、貴様。あの女の年は?」

「えっ、あ、十六歳とっ、聞いていますっ」

「なるほど、それで結婚の約束をした相手というのは?」

「そ、れはっ」

 大臣が言葉を詰まらせると、パラテルル神は大臣の足を踏んでめきめきと力を入れ始める。

「わかった、言う!止めてくれ!シャーレンブレンド様のお相手はタルウィッツ国のダキアルディ様だ!」

「そうか、分かった」

 パラテルル神はそれを聞くと大臣の足に力を加えてボキリと足の骨を折った。

 神は声を上げる大臣を見て笑いながら翼を動かすとゆっくりと宙へと飛び、

「では、タルウィッツとやらを滅ぼしてくるか、そうすれば俺の元に来る以外無いだろう!」

 そう言ってパラテルル神は飛び立つと空の彼方へと消えていった。

 後で聞いた話だが、私がヘスチングからクロシドライトに戻った後、もう一度ヘスチングへとやって来て、私がどこに居るのかを聞いてきたそうだ。城の者達は恐ろしかったのだろう、私がクロシドライトの王女であることを明かし、クロシドライトの王都の場所を教えたと聞いた。

 それから数カ月後タルウィッツは神の攻撃を受けて王侯貴族は皆殺しに合い、婚約者のダキアルディも殺されたと聞いた。

 その後パラテルル神はクロシドライトの王城の庭に姿を現して、

「どうだ、これで嫁ぎ先は無くなった、大人しく俺のところに来い」

 と言うのだった。

 パラテルル神の前に姿を現した私は、頭に血が上って、

「そんな事をしてもお前のところにはいかない!お前を殺す!殺してやる!ダキアルディの分もお前を苦しませてやる!」

「ほう?そんな事を?できるとでも思っているのか?それは面白い」

 ニタニタと笑いながらパラテルル神は何か思いついたように、

「それじゃ、賭けでもするか。貴様を娶るまで一年……は人間には短すぎるか、二年待ってやる。貴様の誕生日、十六月十五日らしいな、その日に迎えに来てやる。それまでの間に俺を殺してみせろ、出来るならなぁ?」

「…………首を洗って待っていろ、絶対に殺してやる」

 シャーリーのその言葉にパラテルル神は笑いながら、翼を羽ばたかせて宙を舞うと、

「待っているぞ!」

 そう言って去って行ったのだった。

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