第2話
イネスが女性の後を付いてやって来たのは、ザイベリー城の来賓用の客室だった。こんな身なりで一緒に入るのはためらわれたが、女性が、
「同じ部屋はためらうだろうが、話がしたいのでな、入って貰えるか」
と言った為イネスは同じ部屋へと入った。
「まずは、その体を綺麗にしてきてくれるか?正直に言うととてもツラい臭いなんだが……」
「……分かりました」
それもそうだろうと、頷いて素直に従いながらどこか恥ずかしさを感じているイネス。
風呂場の場所を聞くとそこへと向かって行き、囚人服を脱ぎ捨てて風呂へと入る。
もうどれくらいぶりだろう熱いシャワーを冷えきった体に浴びて、失礼のないようにと何度もシャンプーや石鹸で汚れた体を清めていく。そうして体を綺麗にすると、浴室から出た。脱衣場には脱ぎ捨てた囚人服の代わりに真新しい服が置かれていた。
体を拭いてボサボサだった黒髪も綺麗に整い、服を手に取り、袖を通すとその服はイネスの低い身長には大きすぎる物だった。少々情けないが仕方がないかと思いだぼだぼの状態のまま脱衣場を出た。
その姿のまま女性の前に姿を現せば、
「ははっ、済まない服が少しばかり大きすぎたな。今もう少し小さい物を持ってきて貰うよう頼むよ」
と女性はそう言うに留まった。
窓の外は太陽が沈み真っ暗になってしまっていたが、夕食にはまだ早い時間だった。
その体に合った緑を基調とした少々首の詰まった服に着替え終えたイネスは、
「イネス、これから茶にするんだが付き合ってくれるか?勿論これからの事を話すつもりだ」
と言ってきたので、何故か赤くなる頬を不思議に思いながらイネスはただ頷いた。
そうして女性は係の者を呼ぶと「茶の用意を」と頼むのだった。
それからしばらくして使用人達が茶と茶菓子をテーブルにセッティングしていく。それをソファに腰かけて待つ女性と立ったまま様子を見つめるイネス。完成すると使用人達は礼をして下がって、イネスと女性の二人きりになった。途端に顔に熱が集中し手が震える。
女性は茶が用意されたテーブルに着くと、優雅な手付きでゆっくりと茶を飲む。
「どうしたイネス?向かいに座ってはくれないのか?」
と言われ、イネスは言われるがまま震える足で女性の向かいの席に座った。
「す、すみません。その……貴女を見ていると顔が赤くなって何をしたらいいか分からなくなるんです」
「…………そうか?」
イネスは茶の入ったカップを手の震えを押さえてゆっくりと紅茶を飲むのだが、味の良し悪しはさっぱり分からない。というより緊張しているのか味がしない。かろうじて不思議な味だなと思いながらカップをソーサーに置くと、女性はクスクスと笑っているようだった。
「いや、こちらの趣味に付き合わせてすまない、慣れない味だろう?」
「まぁ、そうですね」
震えそうになる声を必死に押さえてそう答えると、
「正直だな。さて、私の名はシャーレンブレントなのだが、そう呼ぶには長いだろう?……シャーリーと呼んでくれ」
シャーリーと名乗った女性はカップを手に取ると先ほどと同じ様に優雅な手付きで茶を飲むと、
「イネス、そんなにジロジロ見ないでくれ、少々恥ずかしい」
「あ……も、申し訳ありません」
女性の所作一つ一つが優雅で、イネスはそれに見惚れてしまっていた。
「その口調ももっと崩して構わない、私は気楽に話がしたいんだ」
そう言うシャーリーだったが、相手は三大大国の一つクロシドライトの王女だ、失礼な振る舞いはできない。
「そう言われても……王女様相手にタメ口なんて無理ですし、ここら辺りが限界ですかね」
「はぁ……まぁ、その程度で我慢するとしよう」
「そう言って貰えると助かります」
そうしてイネスは「自由に食べていい」と言われたカップの横にそびえ立つ三段重ねの皿の中から果物の乗った小さな菓子を手に取り齧り付く。久しぶりに食べた甘味は蕩けるように甘く、疲れていた体に充足感をくれるような気がした。
「それで、イネス、貴方を助けた理由だが、頼み事をする為だ」
「命を助けられた身です、できる範囲でなら叶えますが」
イネスはシャーリーをじっと顔に熱が集まるのを感じながら見つめて、
「……『神』を」
そう言いかけてカップの茶を少し飲むと、シャーリーは続けた言葉を続けた。
イネスの夕焼け色の瞳を射抜く様に氷の様な瞳が見つめてくる。
「……『神』を殺して欲しい、殺したい『神』が居る」
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