第28話 姫とギャルと無を取得

「姫チーおめでとう!」


「「「姫が勝ったー!」」」



 困惑するだけ無駄だった。

 何せこの事態まで全て予測がついていた私以外の4人は、それこそ映画のクライマックスで主人公を事件解決まで見守ってきた管制室の人達が書類を中にばらまき始める場面の如く盛り上がっている。


 だったら私も素直に勝ちを喜ぶべきよね。


 そう思い、掴んだままのハシゴを登りきって城壁の上へ移動しこう叫んだ。



「みんな〜〜〜♡♡♡ ほんとうにありがと〜〜〜♡♡♡」


「「「「どういたしましてー!」」」」



 私は、私達は勝った。

 理不尽で命懸けな冒険に勝利した。

 自由を取り戻せるという真実を前にして、歓喜のあまり膝をついて両腕を天に突き上げたほどには嬉しい。涙だって出てくる。



「ところでぇ〜、今の間に聞いておきたいことがあるんだけど〜、いい?」



 ……ただ、当然だけど今頭の中には確かな疑問があるのよね。



「なになに姫チー?」


「ラスボスが落下死したのってどういう理屈〜?」



 正直、これが分からないままエンディングを迎えたくなかった。

 気になって当然じゃないの、あんな怪奇現象。



「それは僕の方から説明しましょう」


「お願〜い♡」


「これ“リビコン”のバグやグリッチを探究し続ける狂人ことぼ……“M氏”がDLCボスの〈リビングデッド・エンペラー〉とその第2形態〈成れの果ての修羅〉を倒せないからといってゲームそのものをクソゲー呼ばわりするバカ相手にキレたことがきっかけで検証された、ゲーム機本体に負荷をかけてマルチプレイでその負荷をさらに深刻化させながらゲームを正常な処理をさせない状態を作って一方的に倒してしまうネタ動画の再現です。本当はNPC“の従者”ではなく全てプレイヤーになるのもあって第1形態も出現前に倒せてしまえたんですよ。まあその、これは前機種版の頃はユーザーが程よく少なくてあまりそういった文句もなかったので、新規が一気に増えた“PM4”のリマスター版でのみ検証されています。あの落下死も、床の芝生が燃え盛る大地に差し変わる処理が終わるよりも前に〈成れの果ての修羅〉が登場することで、空から飛び降りてくる演出が発生してしまうことによって起きる現象ですね」



 オタク特有の早口で解説されるその説明は、不思議と聞いていられた。

 ある意味この冒険を通して“リビコン”と真剣に向き合った証拠かもしれない。自分の“PM4”を犠牲にしてまで検証するなんて。“M”氏、恐るべし。



「僕は断じてこれをバグとは認めてませんからね! こんなのは天然ではなく養殖みたいなモノですし、ゲーム機を破壊する行為を肯定するなんてありえません。“M”氏だってそう言っています」



 あっ、これってやっぱりバグとは言い難いモノなのね。

 一方で、ガイアとオルテガが話を聞くのに飽きた表情を見せている。「何度も聞いてきた長話をまた聞くのは耳にタコ」みたいな感じに。



「でも、その気まぐれの狂気が人の命を救う鍵になったんならそれもそれでいいんじゃね? あの動画がなかったらウチ、姫チーのこと守れなかったかもだし」



 こうして、知りたかった事の解説も終わり、私もそれで納得して落ち着いてきた。

 なら、あと残っているタスクはシンプルにこれよね。



「じゃあエンディングに行こうかな♡」


「おっと、それなら僕達も自然にこの場から消えるでしょう。楽しんでいってください」


「姫、また部室で会いましょう!」


「また月曜日に!」



 その言葉と共に、オタクくん達が憑依している“従者”達も砂のように光の粒子を放ち、姿を消していく。多分設定画面を開いてログアウトしたんだと思う

 オタクくん達が完全に消え去るとマルチプレイによる負荷がマシになったのか城壁の下にある床がちゃんと表示されていた。

 燃え盛る大地の中央に拳大の光の玉が浮いている。

 アレに触れればエンディングのようね。



「姫チー、家に帰ろっか」


「うん♡」


 私は光の玉に手で触れた。すると、視界の自由が効かなくなる。

 エンディングのムービーだ。



***


 光の玉に触れた私は全身が発光する。

 “屍人”であるプレイヤーが“生者の姿”に戻るという演出だ。

 そして、光が消えた私の姿は……特に変わらない。

 だって本来のゲームの目的である“屍人”から“生者の姿”になるのを無視してずっと後者の姿でいたから。


 この時点で「感動のエンディングが台無しだなぁ」と乾いた笑いがでそうになったものの、それだけでは終わらない。

 私は空からふわふわと落ちてきている“何か”をキャッチするのだけど、明らかに透明で何もなく、を両手で抱えていた。

 最後にムービーの中で私はどこかへ走り去っていく。



「ん???????????」



 すると、いつの間にか私の視界は遂に真っ黒な背景から人の名前とその役職がひたすら流れてくるスタッフロールに変わっていた。

 どうやらこれで本当に終わりの様子。



「え、なに、このエンディングは」


「本体の負荷に耐えきれなくて羽根を読み込めなかったんじゃない?」



 そうだった。最後の演出として天使の羽根のような物を拾い何処かへ消えていく、それがどういう意味なのかは人によって解釈が別れる感じの内容だったのよ!

 あくまで本来のラスボス戦として進んでたらこうはならなかった。正しいエンディングを見れたはず。

 つまり、ホットプレートで本体を焼いたせいで感動のエンディングが台無ってことじゃない!!!!!


 しかもムービーの処理が終わった途端周囲がバグで散々見ていた周りに何もなくて真っ黒な暗黒空間に変わっていた。

 その上で足元から全身へと辿るように私と風菜が体から光の粒子を放ち、消えていっている。

 多分全てが終わって、もう家へ帰るための前動作みたいなもののはず。



「姫チー、完走した感想は?」



 風菜は全てが終わったこともあって、私にインタビューを始めてきた。

 まあいいわ、答えてやるわよ! 思いの丈を全力でぶつければいいんでしょ! この際姫モードも解除よ!



「そもそも死にゲーのノーデスを命懸けでやっても悪趣味なデスゲームモノの延長戦にしかなんないし、確かにこのゲームは本当に面白いんだって再認識できるいい機会にもなったけど、正直バグの使いすぎで正しく楽しめた気はしてない。でも……」


「でも?」



 今から言うのは、本当に私の心からの言葉だ。



「このゲームを通してあんたと一緒にいる内に、そもそも嫌ってんじゃなくて可愛くて、同性として話が合う友達が欲しくって、だからこそこんな恋人が欲しかったんだって気づいちゃった」



 少し照れて小さな声になってしまった。

 でも、それが吊り橋効果だったとしても、ずっと一緒にいたい、仲良くしていたい。風菜と共に“リビングデッド・コンティネント”の世界を駆け抜けた事で、その気持ちは揺るがないモノになっていた。

 『嫌よ嫌よも好きのうち』とは言うけれど、それが風菜の存在そのものだったんだ。

 だから、続けて私はこう言い放った。



「だから……その……好きです! 私と付き合ってください!」



 そして、その言葉を前に、風菜はこう返事した。



「ウチも姫チーの事大好きだよ。明日からも仲良くしようね」



 その答えはわかっていた。

 でも、自分の手で相手の口から言わせたかった。

 だから、満足した。

 ……だけど、風菜は違う。



「あーでもこのまま終わるのはゲームに失礼だからちゃんとした感想で〆て欲しいかな」



 言われてみればそうだ、“リビングデッド・コンティネント”側からしてみれば恋愛のための踏み台にされたも同然なのだから。



「それもそうね、ちゃんと言うわ」



 なので、思いっきり叫ぶ、ゲームの感想を。



「今回の冒険のおかげで“リビングデッド・コンティネント”は本当に楽しいゲームだと分かったわ! 難しいからこその緊張感と、それを乗り越えた先の達成感は間違いなくそこにあるし、アイテムや武器の使い方1つで色んなことができる自由度の高さも素晴らしいゲームよ! バグにすら奥深さを感じられたわ! スタッフの皆さん、作ってくれてありがとうございましたー!」



 それこそ、まるで卒業式の日にお世話になった担任の教師へ別れの言葉を叫ぶような勢いで、喉の奥から大声で叫んでやった。

 だって、昔プレイした時も、今日の冒険も、すっごく楽しかったんだもの!

 これは心の底からの本音だと思っている。



 その言葉を最後に太田姫子と風菜はこの世界から消えた。

 長かった、3時間の冒険が終わった。

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