第2話 誘拐犯人たちとの戦い

 レオの目の前に、銃口がある。

 目の前の拳銃を、レオは掴んだ。自らの手首をひねる。

 レオに向けられていた銃口が空を向く。男の手首が折れる音が響いた。

 手首を折ったまま手前に引き寄せ、近寄った頭部をレオはブロック塀に叩きつけた。


 ブロックが崩れる。別の男が傍にいた。顔の半分を血まみれにした、ナイフを持った男だった。レオにナイフをつきつけ、顔面で床を破壊するはめになった男だ。男の顔に一瞬の恐怖が浮かぶ。レオを恐れているのだ。レオは男の恐れを見逃さず、男の持つナイフを掴んだ。

 ナイフを握り潰す。中腰のレオに向かって男の膝が迫る。


 膝頭を手のひらでつかみ、指を食い込ませる。

 握り潰した。

 破壊された膝が血を吹き出し、レオの指の関節から血が噴き出していた。怪我をしたのではない。酷使された筋肉が断裂し、内出血に止まらず皮膚を割って飛び出したのだ。


 すでに肉体の限界を超えている。レオは男の膝を握り潰し、地面に倒し、頭部を打って気絶させた。

 目の前に、まだ二人の男がいた。拳銃とナイフを持つ男達が倒されるのを見ていたからだろう、緊張した顔をしていた。レオは、肉体の強化も限界にきていることを感じていた。まともに動けるのも、あと一度が限界だろう。


「もう大丈夫、片付いたよ」

「えっ? そうか?」


 一人の男が立ち留まった。もう一人が、男の背中を叩いた。


「そんなはずがあるか。しっかりしろ」

「えっ……ああ、そうか」


 やはり、二人同時は無理があるようだ。

 会話に応じた相手の認識を操作することができる。精神操作に対するレオの能力である。会話が成立しない場合には意味がないし、相手が複数いる場合は破られることが多い。だが、少しでも時間を稼ぐことができた。

 残る力のすべてを足に込め、地面を蹴った。


 宙を舞い、男達の視界から消える。レオは空中で頭を真下にする姿勢をとった。足に集中していた力を腕に移し、両腕を伸ばす。二人の男の頭部を捉え、二つの玉のようにぶつけ合わせた。

 鈍い音とともに、男達は地面に落ちた。

 レオは、倒れる二人の上にゆっくりと降りた。






 五寸釘レオの受けた傷は深く、手も足もまともには動かなかった。レオの力であれば自分の肉体を操作して完全に治すこともできるが、時間がかかる。

 男達の衣服から携帯電話を取り出したレオの手は、真っ赤に染まっていた。無理な筋力を引き出し続けたため筋肉の繊維がちぎれ、出血していた。


 皮膚の内側で出血をとどめるより、皮膚を割って体外に排出したほうが治癒に必要な時間が短いといわれている。レオはあえて出血を止めなかった。

レオ自身の血により、携帯電話は真っ赤に染まった。

 痛む手を酷使しながら、携帯電話を操作する。


『警察です』

「誘拐された丑家レイカの代理の者です。担当者をお願いします」


 電話の向うで、警察の受付担当者が動揺したのがわかった。少し待つように告げられる。


「レイカ、もう大丈夫だ。出てきてくれ」


 壊れかけた壁の向こうから、真っ青な顔をした少女が顔を出した。


「……終わったの?」

「ああ。今、警察に電話したところだ。しゃべれるか?」


 青い顔をした少女は、小刻みに首を振る。少女とレオの間には、動かなくなった大人の男達が四人いる。本人の言動ほど気丈な少女ではない。幼いころから少女を知っているレオは、これ以上少女の負担になることは避けたかった。


「一言でいい。いたずらだと思われないためだから」


 少女に男たちを踏み越えさせるのは無理だと考え、レオは少女に向かって踏み出そうとした。拳銃で撃たれた右足と尻に激痛が走る。

左肩も撃たれている。自分の肉体を操作し修復ができても、完治させるにはあまりにも時間が足りない。

 予期していなかった激痛に耐えきれず、レオは膝をついた。


「レオ、大丈夫?」


 気が付けば、少女の顔がすぐ近くにあった。男達を踏みつけて駆けつけたのだろう。

 少女は、レオが思っていたほど弱くなかったのかもしれない。


「ああ。少し疲れただけだ」

「……よかった」


 言いながら、少女はレオの肩に触れた。手がレオの血で染まり、少女は固まったように静止した。

 携帯電話から声が漏れる。


『君は何者だ?』


 しわがれた、鋭い声だった。


「パパ?」


 少女が悲鳴に近い声をあげた。


『レイカか? そこにいるのか?』


 警察が、誘拐された家に直接電話をつないだのだろう。レイカの家には、警察が詰めていたはずだ。家の主である少女の父が直接電話にでることにしたらしい。


「うん。大丈夫。レオが……」


 自分の名前を出され、レオはすぐに少女から電話をもぎ取った。耳にあてた。


「電話はこのままつないでおく。位置はそちらから探ってくれ」


 そのまま、男達の上に携帯電話を捨てた。

 少女に向き直ると、心配そうな、不服そうな、複雑な表情をしていた。


「オレのことは知られたくない。普通の人間じゃないことが警察とかに知られると、レイカのそばにいられなくなるかもしれない」

「……レオは普通の人間じゃないの?」

「昔から、ずっとそう言っていたと思うけどな」


 幼いころから、少女にはそう言い続けていた。そのつもりだった。


「うん……ごめん、信じていなかった」

「そうか……まあ、仕方ないな。少し話せるか? 時間ならあるだろう? 警察が迎えに来るまで」

「レオの体は大丈夫なの?」

「そのことも話すよ」


 レオは痛む体を操り、少女が隠れていた崩れかけた壁に戻ろうとした。

 やはりふらつき、少女に支えてもらうことになった。

 少女はレオの血で汚れたが、今度は眉一筋動かさなかった。






 動かなくなった男達を横目に見ながら、五寸釘レオは壁に背中を預け、ゆっくりと腰を下ろした。こすりつけた背中の壁に、べっとりと血がこびりつく。

 少女を救出するときに流れた血のほぼすべてが、レオの血だった。


 誘拐された少女、氏家レイカは、男達から距離をとってレオの体の反対側に、寄り添うように座った。警察がかけつけるまで、数分とはかからないはずだ。ほんの一時、レオは少女と話せる時間がつくれたことを感謝した。


「……世の中に、魔法使いと呼ばれる人間がいる」

「突然だね」


 話し出したレオに、レイカは黙って聞いていたわけではない。大きな目を見開き、身を乗り出していた。少女のことはよく知っていた。痛む腕を少女の肩に回し、抱き寄せた。少女は緊張したように体を硬くした後、急に震えだした。

 誘拐されていた事実を、また思いだしたのだろう。


「オレは魔法使いじゃない。成り損ないってところだ。オレたちは中級魔法使いとか名乗っているが、本物の魔法使いたちは、オレみたいなやつのことを『半人間』と呼ぶらしい。オレは、自分の体の機能を意識して操ることができるし、会話を交わすことで、相手の意識をすり替えることができる」


 少女は返事を返さなかった。ただレオの胸に頭をつけ、震えていた。


「レイカが誘拐された後、魔法使いたちの組織にレイカの居場所を教えてもらった。ただし、『人間たちの社会の出来事に魔法使いが力を貸すことはできない』といわれた。だから、オレは一人だけで来た。どうやってレイカの居場所を見つけたのかは、オレにも説明はできない。普通の人間相手なら、どんな奴でも負けないつもりだったけど……ちょっと甘かったな」


 レオの体内に、鉛の銃弾が残っていた。時間をかければ、自力で体外に出すこともできる。今のレオにそれだけの力は残っていなかった。体内に残った銃弾が肉体の組織と癒着する前に、人の体を治療することができる中級魔法使いに助けを求めた方がいいだろう。

 レイカは言った。


「レオはすごい人……昔からそうだった。わたしは、親がお金持ちなだけの普通の子だったから、ずっと憧れていたのよ」


 少女がレオの話を理解しているのかどうか、レオにはわからなかった。レオは少女の気持ちが嬉しかったが、このまま少女の近くにいてはいけないとも思っていた。


「今まで、レイカに向かって精神を操る魔法をつかったことはない。そのことは信じてほしいけど……レイカが思っているほど、オレはすごい人じゃない。オレは自分の肉体の機能を操れる。それは、人間の一流のアスリートが長い訓練を重ねて可能とすることを、イメージするだけでできるようになるということなんだ。骨が折れ、筋肉の繊維が切れても、体調がよければ一瞬で直すこともできる。だから、通常の無理は怖くない。それに……脳の機能も自由にできる。一度見た教科書はすべて記憶できる。人間と機械を比べて、機械のほうが優れているというようなものだ。オレは、すごい人間なんかじゃない」

「……お兄ちゃん」


 少女は突如、ずっと幼いころ、少女がレオを呼んだ時の呼び方をした。記憶が混濁したわけではないだろう。少女はレオに呼びかけている。


「オレは、レイカの兄じゃない」

「お兄ちゃんは、わたしのそばに居るのが嫌なの?」

「……違う」


 最近では、一緒に登下校することもなかった。学校であっても、会話を交わすこともない。いつからそうなってしまったのか、レオにはわからなかった。

ただ、昔から知っていた少女が誘拐されたと聞いて、黙ってはいられなかったのだ。

 ずっとそばにいたという感覚はない。だが、少女がどう感じていたのか、レオにはわからなかった。


「お兄ちゃんがずっと私のそばに居てくれるなら、人間じゃなくても許してあげる」


 いつの間にか、少女の震えは止まっていた。レオには、少女の言葉の意味がわからなかった。ただ、『ずっとそばに居て』ほしいといわれたことだけはわかった。

面と向かっては言えなかったのかもしれない。少女の頭はレオの胸にあり、少女の呼吸が睡眠時特有のものに変わっていく。

 パトカーのけたたましい音が聞こえてきた。

 五寸釘レオは地面に少女を寝かせ、わずかに回復した足の筋肉に力を込めた。



 空き家の屋根の上から、警察に保護される少女を見ていた。少女の無事を確認し、誘拐犯人のアジトとして使われた倉庫から離れた。

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