第2話「起きたらあの世でした」

「…さん。…あきらさん。…阿合あきらさん!」


 完全に酒で潰れた僕を誰かが呼び起こす。


「ん…。何ですか…」


 うつ伏せに寝ていた僕は、酒のせいで頭がズキズキ痛むのを我慢して、身体を起こし声の主の方に顔を向ける。


 そこには、金髪ロングで整った顔立ち、大きな胸を誇張するかのように胸元が開けた、眩しくなる真っ白なワンピースを着た女性が立っていて、そして彼女の頭上に輪っかが浮いていた。


 これは夢なのか。女性は僕が意識を戻したことを確認すると、胸を撫でおろして語りかける。


「目が覚めて良かった…。あきらさんはここがどこか分かりますか」


「どこって、ここは夢の中ですか?辺りは殺風景で何もないですが、僕が何かを思い浮べたら具現化されるってやつですよね。あの…おっぱい触っても良いですか?」


「おっぱいを触るのはご遠慮ください」


 夢の中ならばと、普段は女性に決して言わないセクシャルな発言を吐き、その女性の胸を鷲掴みしようと試みるも、そこにいた彼女が消え、後方に現れた。


「夢にしては思い通りにいかないものだな…。これは出来の悪い夢ですか?」


 夢の主は僕であるが答えを求めるべくその住人に訊ねると、彼女は溜息を吐いて告げた。


「分からないのも仕方ないですよね。ここはいわゆる『あの世』です。申し遅れましたが、私は恋愛の神、アフロディーテという者です」


 いきなり訳が分からない夢の展開になり、僕は戸惑った。あの世?恋愛の神?だとすれば、僕は…。


「はい。残念ながら、あなたはつい先ほど急性アルコール中毒によってお亡くなりになりました…。あなたが死ぬまでの一部始終を拝見していましたが、可哀そうに…。意中の女の子に振られるわ、散々見下していた友達に先を越されるわでヤケになったあなたは酒におぼれて死んでしまうとは…」


 彼女は僕を憐れんでくれているのだろうが、その悪気がない態度とは裏腹に僕が気に病んでいた点をピンポイントで突いてきた。


いや、それよりもだ。いま彼女は、僕、阿合ああいあきらは死んだ、と言わなかったか。


「死んだって…。でも今こうやって肉体がありますし、これって何かのドッキリですか?」


 彼女は首を横に振り、僕の目の前に指を向けると何もなかった空間からビジョンが現れた。


「今の現世です」


 そこには、顔が真っ白になっている僕が病室で目を閉じて眠っており、仙田は俺の手を握って泣いていた。いや、待てよ、そこは家族じゃないのか?


 そして、心拍数が映し出されているモニターには0の数字を表していた。


「夢にしては現実味がありすぎる…。ということは、僕はこれから天国か地獄か、無になるってことですか?」


 状況を飲み込めきれない狼狽えぶりを見せる僕に、彼女は興奮を和らげようと微笑む。


「本当なら、あなたは然るべき手続きを取った後に、天国か地獄に向かっていただくところなのですが…ちょっと事情がありまして…」


 どうやらあの世には天国と地獄が存在するらしい。じゃなくて、どうやら僕を篩い分ける前に何か問題があるらしい。


 そして、神妙な顔持ちだった彼女の表情が笑顔に切り替わった。


「なんと!厳選なる審査の結果、あなたは生き返ることができます!」


「!?」


 死んだと思ったら、今度は生き返ると言われた。やはり夢なのか。


「実はですね、天界では自分の管轄下の分野において、どなたか一人を生き返らすことができることになっています。阿合さんは私が管轄している恋愛部門で見事選ばれたというわけですね」


「生き返らせるって…何のために?」


「天界の慈善事業といったところですかね。悔いを残して死んでしまった方々への救済措置です、と言えば聞こえは良いですが、お偉いさんから一度死んだ人を生き返らせてウォッチしたら良い余興になるんじゃね?って言われまして…」


 なるほど、早い話が見世物になるわけだ。


 しかし、僕は蓬川さんには悉くフラれてしまって、恋へのモチベーションがかなり低下している。


 フラれてしまった後、彼女にどんな顔で会えばいいかも分からないし、他の女部員たちには僕のことを蓬川さんにフラれた哀れな男として烙印を押されるはずだから、もう目がない。


 今更生き返ったところで残りの大学生活は就職活動によって溶けるので、天界のお偉いさんが生き返ったその後の色恋沙汰を所望しているのであれば、僕なんかは不適任だと思う。


 もっと、プロポーズ当日になって待ち合わせ場所に向かっている矢先に事故に遭ってこの世を去った方だとか、同情すべき人達がいるはずだろう。


 ヤケ酒して死んだ間抜けを救うなんて話は聞いたことがない。


「先程『厳選なる審査の結果』選ばれたと言いましたが、何で僕なんですか?」


 疑問を投げかけると、女神様は優しく答えてくれた。


「大きな理由の一つとしては、あなたが大学生だからです。多くの時間を持ち合わせている方々がする恋愛って、凄く自由で面白いんです。社会人や勉強を強いられる中学生・高校生もその時にしか楽しめない恋愛模様を見ることができますが、大学生活はモラトリアムと呼ばれているように、大学生諸君はフリーダムな恋愛が許されています。私はそこから絞って、最後はあいうえお順の最初であるあなたを選びました!」


 なるほど、確かに中学・高校の時は子ども風情でできることは限られている上に勉強に追われる日々で、社会人になればお金は増えるが仕事三昧になり時間的制約があるというのは理にかなっている、とうんうん聞いていたが最後の決め方があまりにも雑ではないか。


「最後は投げやり感ありますね」


 あろうことか、今から生き返らせてくれる女神様の前で小言を洩らしてしまった。


 すると、それが図星だったらしく、オロオロと動揺を見せながら早口言葉を並べた。


「け、決して途中までしっかり絞り込んで考えてはみたけど最後の方は面倒臭くなって偶々あいうえお順に並んでいる名簿を見ていたら丁度あきらさんが死んでくれてそれを良いことに決めたんじゃないですからね!」


言わないで良いことをスラスラ並べてくれたおかげで杜撰な天界事情の一部を垣間見ることができた。


 要は、境遇の密度なんて考慮されずに名前順で僕が選ばれたのだ。


「ですが、僕はついさっき失恋したばかりなので…。見世物になるような恋愛模様はないと思いますよ…。僕は陰キャだし、せっかく生き返らせてもらって何ですが、恋愛部門で選ばれた程度の恋なんてできないと思います」


「なので、そんな阿合さんには特別サービスさせていただきます!」


「特別サービス!?」


 女神様の口から俗っぽい単語が出てきた。現世に迎合しようという取り組みでもしているのだろうか。


「まず一つ目は、ただ今の時点から生き返るのではなく、大学一年生の入学式の頃に戻ってやり直していただきます」


 誰もが憧れるあのタイムスリップという奴だ。


 ということは、蓬川さんにフラれてしまったという事実が無かったことになる。


 つまり、蓬川さんにもう一度アタックすることができるのだ。なんてすばらしい恩沢であろうか。


 女神様は続けて言う。


「そして二つ目は、大学生の間限定で、過去に戻る能力をお渡しします!大学生になる前には戻れませんが、大学生活中であればやり直すことができます」


 もはや、チート能力だ。


 これを使えば、自分の性的興奮を抑えられなくなった際に、道端の美しい女性にアレやコレやしても時間を戻せば無かったことにできるのだ。


 そんな邪な考えを見透かしたかのように、女神様はジト目で僕を睨んだ。


「ただし、非人道的な行為の目的で使われた場合は、阿合さんの頭が爆発することになっています」


 天界であるはずなのに、物騒な発言が聞こえた。現世で頭が爆発したら、きっとTwitterのトレンドは僕のことで溢れるだろう。晴れて僕は有名人だ。


「こんなに良くしていただけるんですね…。ここまでされると施しが重いっていうか…」


「その分、阿合さんが頑張って青春ライフを取り返してくれたら良いんですよ!お偉いさんもあなたの生き様を見物されるので、分かってますよね?」


 これだけしてあげたんだから、天界の見世物になるに相応しいラブロマンスを披露しろ、ということだろう。


「精一杯頑張ってみます…」


 僕は自信なさげに答えた。


 保証はできないが、少なくとも誰かとお付き合いできるぐらいには頑張ろう。


「期待していますからね!では、早速スタート時点まで転送いたします」


 女神はそう告げると、僕の身体は宙に浮き、天空へと召されるように舞い上がっていった。


 これから僕のリスタートが始まる。


 一周目で手に入れることができなかった青春を取り戻そう。

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