第2話 メジャーレースゲーム<エッジタイヤー>の世界
1話完結の短編アイディアだったのですが、なぜか第2話のアイディアができてしまいました……。
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この20年レースゲームと言えばという問に、最多の回答が得られるのが<エッジタイヤー>だ。最初の製品が発売された後も様々なゲーム機や筐体で継続的に発売された、超リアル志向のゲームで、現役のレーサーも新しいコースの下見などに使っていると言われている。
最新の<エッジタイヤー 2021>は衛星画像と車載画像を元に実際に2021年に撮影されたデータだけで背景が作られていることで話題となった。ようは○○マップとストリートビューの合成のような技術である。
これだけのゲームなのでやりこんでいるゲーマーは少なくない。
となるとこの世界へ異世界転生する人の数もかなりの数になる。
「私は死んだの?」
確か私はバイクに乗って高速を走っていて転倒した記憶が……。その後のことは覚えていない。
体を起こして腰掛け、周りを見回すと霧か霞がかかっていて遠くまでは見えない。
そもそもどこに腰掛けているのかもわからない。ベッドやソファが見えるわけでもない。
「死後の世界、なの?」
「その通りです」
ふいに声がした。
目の前にとてもきれいな女性が立っていた。ちょっときれいすぎる。彫像か何かのようにもみえるほどだ。
「あなたは交通事故で若くして亡くなってしまいました」
「そう」
私はあまり衝撃は受けなかった。
ずっと車とバイクが大好きで、今日?も先日買ったばかりのバイクで高速を快走していた。安全性の面で懸念があることはもちろんわかっていたが、走ることが生きがいだったのだ。
こうなる可能性はどこかでわかっていた。
「バイクはどうなったのかなぁ」
せっかく買った新車だったのに。
目の前の女性はどこからともなくタブレットのようなものを取り出した。
「あなたの乗っていたPANDA CB-999Qは大破していますね。おかげであなたの死体は大きくは損壊せずに済んだともいえます」
「最後に役立ってくれた、と。死体がまぁみられるものであった方が家族の衝撃も少しはやわらぐでしょう。ありがとう」
私はバイクに感謝を捧げた。
「親不孝だったものね」
「ご両親はとても悲しまれたそうですよ。
「さて、これからのお話をしても?」
「教えてくれてありがとう」
私はうなずいた。
「死後の世界があるとは思っていなかったわ」
「死んだら誰もが転生するんです。そういった知識は地球ではかなり失われているようですが」
「輪廻転生?」
「最近のトレンドはゲームの世界へ転生です」
「と、トレンド?」
「当然、神々の考えも時代と共に変わります。今は一番時間を使ったゲームの世界へ転生するルールになっています」
私はすぐに<エッジタイヤー>を思い出した。
私が小学生のとき、兄が買ってきたゲームだった。
兄はあまりはまらなかったけれど、私はそのレースゲームに魅せられた。
その後もすべての<エッジタイヤー>を買って遊んだ。というか他のゲームをしたことはない。
最近は仕事とリアルのバイクに時間をとられて<エッジタイヤー 2021>は買ったけれどもまだほとんど遊んでない。
「<エッジタイヤー 2021>の世界へ行けない?」
「シリーズものは連続性がないのでなければ同一の世界と考えられます」
私は思わず歓声を上げた。「やった!」
目の前の女性は困った人を見るような目でこちらを見た。
「喜んでもらえれば幸いですけれど。
「ではさっそく転生していただきます」
「喜んで!」私はわくわくして言った。
「ではさようなら」
どれぐらい経過したのだろう。
私はいつものスーツ姿で旧宿駅南口の前に立っていた。
「これが<エッジタイヤー>の世界!」
私は嬉しくなって周りを見回した。
「これが転生先なのね!」
大通りを挟んで向こう側にはバスダが見える。右手にはラミネ。振り返ればもちろんNR新宿駅……。
そして奇声を上げたOL(私)を見守る群衆……。
リアルすぎる。元いた世界との違いがわからない。
もっていたセカンドバッグを開けてみると生前もっていたものとまったく同じ財布やスマホがあった。
そこに私の肩を叩く人がいた。
「失礼ですが」
振り返ると愛想のよい40歳ぐらいの女性がニコニコとこちらをみていた。
「あなた、転生してきたのね?」
「はい、そうなんです! えーと、そうなんですよね?」
あまりにリアルでちょっと不安になってきた。
バイク事故が夢だったとか……。
「夢持ちだと思いますよね」
その女性は微笑んだまま言った。
「私もそんな風に感じました。ここは確かに<エッジタイヤー>の世界ですよ」
「本当に!」
「元いた世界にそっくりでしょう?」
女性はちょっと顔をしかめた。
「でもそっくりすぎるのよね。それに…」
「すぎる? それに?」
「よければお茶をしませんか」
女性にそう誘われて、近くのズタハへ行った。
お気に入りのキャラメル紅茶を買って、端っこの席で改めて話をする。
「手荷物は確認した?」
「はい。整然と同じ感じでした。このスーツも」
私は自分の体を見下ろした。
「いつもの仕事着ですね。すごくリアル」
「そう。凄くリアルなの」
女性もうなずいた。
「確約はできないけれど、たぶんあなたの仕事はそのままよ?」
「生前の?」
「そのまま。家にも帰れる。思い出せるでしょう?」
私は一人暮らしのアパートを思い出してみた。ついでにバッグの中を探ると案の定、鍵が出てきた。
「鍵もありました」
「ほらね? この世界はあなたの生きてきた世界とそっくり。死んでないということで考えればよいわね」
「で、でも<エッジタイヤー>の世界なんですよね? レースは、例えば都内公道レースは?」
私は一番大好きだったコースを上げてみた。実際にバイクで同じコースを何度も走ったものだ。もちろん安全運転で。
「ありますよ。それは安心して大丈夫」
女性は立ち上がった。
「これでおおよそわかったと思うわ。生活は心配ないはずだから、がんばってね」
「あ、ありがとうございました。何か御礼を。それにお名前も」
私も慌てて立ち上がった。
その勢いでカップを倒してしまう。
あたふたしている間に女性は立ち去ってしまった。
「第2の人生と思ってがんばってね」最後にそう聞こえた。
「私もあんな感じだったかしらねぇ」
異世界転生してきたばかりと思われる女性に簡単な説明をして、私は帰路についていた。
南口からそのまま階段を降りて京王線へ。
ちょうどタイミングがよかったし、今日は特別な日だったから京王ライナーに。待ち時間に家族のためにシュークリームも買った。ちょっと遅くなってしまったし。
席についてスマホで家族に帰宅が遅れる連絡を入れてから一息つく。
「あの子もこれからこの世界で生きていく。どんな風に感じるのかしら。
「私はショックだったなぁ。この世界にはリアルな<エッジタイヤー>のレースはあるけれど、ゲームの<エッジタイヤー>はないのよね……」
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