ドラマっぽいシーンにクロゴキブリを投入してみた

 そろそろ吐いた息が白くなりそう。

 今にも空から雪が降ってきそう。

 そんな錯覚を覚えつつも、まだ少し冬は遠い、秋の夜。


 彼は少し遠くの街灯の下にいる。

 淡く静かなスポットライトの下に。


 わずかな空間を照らす街灯の明かりは、春や夏より寒々しく、寂しげに見える。

 明かりの色も強さも、一年中変わらないというのに。なぜだろう。



 彼は身を屈め、何かを拾うと、私に近づいてきた。

 拾ったものを大切そうに両手で包んだまま、私の方に差し出す。


「何だと思う?」


 分からない、と私が答えると、彼は花びらのような細い指をゆっくり開いた。


 彼の手のひらには一匹のクロゴキブリがいた。

 その背は街灯の明かりを受けて、てらてらと輝いている。



「これを君に」


 彼は私の手のひらにゆっくりとゴキブリを移した。

 ゴキブリは素直に私の手に乗ってくる。


「そーっとね」

「うん」


 クロゴキブリを受け取った私は、手のひらで輝きを放つゴキブリを見つめ、思わず「綺麗……」とため息を漏らした。


 なんて可愛いのだろう。私の手の中で息づく小さな命。



 彼が私の手を優しく覗き込む。



「生きているよね。動いている」


「うん」


「目があって、脚がある。この世に生まれて、息をし、歩き、食べ、成長して子孫を残す……。こんなに小さいのに、僕たちとおんなじだ」


「うん」


「この子を僕たちの子どもにしよう」



 私はパッと顔を輝かせた。



「男の子かな、女の子かな」


「どっちがいい?」


「どっちでも。こんなに可愛いんだもの」


「そうだね」



 私たちは部屋に帰り、クロゴキブリを床にそっと置いた。

 ゴキブリはカサカサと冷蔵庫の裏に入り込んでいった。


 私たちは顔を見合わせ、微笑んだ。



【おわり】

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