眠れる森の人

私之若夜

第1話 迷いの森のクリス

 おてんばのクリスは、いつも隙あらば、家庭教師のマリーの目を逃れて屋敷を抜け出し、森へ遊びに行っていました。そうです。クリスは、こんなことばかりしているのですが、何故かこれが悉く成功してしまうので、周囲の大人たちからは『まやかしのクリス』と呼ばれるほどでした。

 その日は、いつもより温かく、よく晴れていましたので、森で遊ぶにはまさに絶好のシチュエーションでした。

「ちょろいもんよね。今日も、うまくいったわ。」

 いたずらの虫がうずうずしたのでしょう。いつものように、マリーや給仕たちの目を盗んで、こっそりと屋敷を抜け出し森へ向かいました。

「さあて、どこで何して遊ぼうかな。」

 ですが、不思議なことに、この日に限ってクリスは慣れ親しんでいるはずの森の中で道に迷ってしまいました。

「あれ?おかしいなぁ。さっきから同じところを行ったり来たりしているような気がするんだけど、なんでかなぁ。」

 見た目は、お金持ちのお嬢様なのですが、中身は野生児のクリスですから、もともと勘は鋭いのです。そのクリスが、何かキツネにでもつままれているかように、道がわからなくなってしまっているのでした。たしかに、森の真ん中にある湖のほとりの草原に向かって歩いているはずなのですが、一向に着かないのです。とうとう疲れ果ててしまった彼女は、道ばたにあった切り株に腰を下ろして一休みすることにしました。ふと顔を上げると、茂みの向こう側に立派なお城のような建物が見えます。

「えっ、こんなのあったっけ?」

 今まで、何度もこの場所を通っていたのですが、それが目に入ったのは初めてのことでした。でも、クリスの場合、見てしまえば最後、気になって気になってしかたがありません。好奇心は高まるばかりなのですから。

「予定変更!今日は、あの建物を探検しよう。」

と、そちらへ向かって足早に歩き出しました。目指すは、茂みの向こう側に見える、あのお城です。

(第2話に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る