赤毛の魔術師と義眼の錬金術師

佐々木雄太

第1章  赤毛の魔術師

 一八八〇年——

 まだ、マリスタン国が一つになる前の話。

 当時、五つの国が存在していた。

 隣国同士の戦争が絶えずして、人の殺し合いは頻繁に起きていた。

 そして、この戦争を最終的に終結へと追い込んだのが、五つの国の一つ、アーバン国であった。

 やがて、五つの国は、一つの国となり、マリスタン国となった。

 それから約三六年後——


   ×   ×   ×


 一九一六年——

 マリスタン国・中央都市〈オーマン〉——

 ギルド内本部——

 少年は、苛立っていた。

「だから、その依頼書はどこの誰に渡したっていうんだよ!」

 少年は、受付の女性を睨みつける。

 薄茶色の長ズボンに紺色の服、緑色のマントを羽織っていた。

 髪は金色。右目は茶色の瞳をしているが、左目は青色の奇麗な瞳をしている。

「ですから! これは上の意向で、その方に依頼することになったんです。私の権限では、どうすることもできませんから‼」

 女性は困っていた。

 女性は、この聞き分けのない少年を誰か早く止めてほしいと願った。

「私が依頼したんだよ…」

 と、誰かが助け舟を出す声が聞こえる。

「あ? 一体、どこの誰の権限だ、こらぁ!」

 少年は、声の聞こえた方へと振り返る。

「私の権限だが、どうかしたかね? ロイ・アーノルド君」

 そこには、二十代後半くらいの男が立っていた。

「げっ…トーマスギルド長……」

 ロイ・アーノルドと呼ばれた少年は、嫌な顔をする。

 ロイは正直言って、声を掛けてきた男、トーマス・レイトンが少し苦手である。

 若々しくて、このギルドの頂点に君臨しているからである。

 黒髪の短さと、国から支給されている軍服っぽい青い緑の服がよく似合う。

「それで、本来、俺が行くはずだった所に誰を行かせたんだよ…」

 ロイは、トーマスを睨みつけながら話を聞く。

「わかった。そのことについては、私から話をしよう。ついて来るといい。私の部屋に行こう」

 トーマスは、ロイをギルド本部のギルド長室に案内する。

 階段を上り、四階の奥の部屋がギルド長室である。

 二人は、部屋に入り、ロイはソファーに腰掛け、トーマスはそのままキッチンの方へと足を運ぶ。

「ロイ、君は、コーヒーと紅茶、オレンジジュース。どれがいいかね?」

「オレンジで!」

 ロイは、トーマスの問いに答える。

(それにしても一体、どういうつもりなんだ? あれは確かに俺が、やらないといけないんだが……)

 ロイは、考えながら貧乏揺すりをする。

 部屋には、いつもトーマスが座っている席に大量の書類が置かれており、周りには、本棚やタンスなどで埋まっている。

 一時して、トーマスが自分用のコーヒーと、ロイの頼んだオレンジジュースを持ってきて、テーブルの上に置く。

「さて、どこから話せばいいかな?」

 トーマスもソファーに座る。

「なんで俺が行くはずだった依頼が、別の奴に代わっているんだよ! あんたも俺の目的ぐらい知っているだろ?」

 ロイは、トーマスを責める。

「ああ、それはもちろん知っているさ。だが、今回に限っては、少し事情が変わってしまったのだよ」

「事情…だと…」

 ロイは、納得いかない。

「資料を見せた方がいいな。少し待っていてくれ」

 そう言うと、トーマスは、本棚に並んである本や資料の中から、今回に関する資料を取り出す。

 再び、ソファーに座り、資料を広げ、一枚ずつ目を通す。

 そして、見開き二ページ分のところで手を止める。

「あった…。これだ。これを見たまえ」

 資料をロイの方に向け、そのページを見せる。

 トーマスが見せた資料には、まだ、ロイの知らない事実が載っていた。

「これは……」

 ロイは、まじまじと資料に喰いつき、目が離せない。

「それは魔法陣の構築されたものだ。ちょっと知り合いに調査を頼んだら、これが追加で送られてきたわけだ」

「それが、俺を依頼から外した理由か?」

 ロイは、魔法陣を見て、それに関する文章を見る。

「そうだ。だが…それにはもう一つの理由がある」

「もう一つの理由…?」

 ロイは、もう一つの理由がどこにあるのか、探し始める。

 だが、何度も読み返すが、どこにも載っていない。

「何度も読み返しても無駄だ。そこには、そのことに関することしか載っていないからな」

 ふっ、とトーマスが笑う。

「はぁ⁉」

 ロイは、トーマスの方を見た。

 トーマスは、コーヒーを飲み、一息入れると、本題に戻る。

「君は、〈赤毛の魔術師〉の名を聞いたことはあるかね?」

「〈赤毛の魔術師〉? んー、聞いたことがないな…。魔術の方は、俺にとっては、専門分野外。それよりも、もう一つの理由とやらを話してくれよ、ギルド長」

「まあまあ、そう焦らずに落ち着きたまえ。これは〈赤毛の魔術師〉がもう一つの理由なのだよ」

「はぃいいいいい⁉」

 ロイは叫んだ。

 これは当初、錬金術師である少年、ロイ・アーノルドの依頼だったということは、トーマスは、承知の上で知っている。

 だが、それをどこぞと知れず魔術師が奪い取っていったのだ。

「〈赤毛の魔術師〉って、一体、何者なんですか?」

 ロイは、質問する。

「奴は、君と同じSランクの者だ。魔術師としての、な……」

「俺と同じクラスの魔術師……」

 ロイは、黙り込む。

 この国では、魔術、錬金術など、その他にもそれぞれの分野に特化した者に、その分野だけのランクによっての権限が与えられる。

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