第12話 渦 〚はらえことば〛

  しかし、


 《うちの場合、初祈祷料は二千円からですよ》


 料金の心配をする俺を、山城がおかしそうに笑った。

 

 《それに、悠里も朝美も私の友達だから、先輩が気にすることはないですよ》


 ホッとした俺は、彼女の家に連れて行ってもらうことにした。



 拝殿に入る前に身を清める意味でお手水する。

 御社殿ごしゃでんに通され、三人で正座して待っていると、御幣ごへい紙垂しでを持ち、神主の装束を纏った男性が現れる。

 山城リリの父親だろう。顔がそっくりだ。

 烏帽子、白い狩衣。

 まるで平安京からやって来たかのような神主の姿に、懐かしさを覚える。

 

「呪いを祓ってほしい、ということですが、身に覚えがあるのですか?」


 神主が目の前に座って、真直ぐに俺を見て尋ねた。


「呪いをかけられたのは俺じゃないです」


「あのね! 私の同級生に生霊が取り憑いて、おまけに髪の毛で呪いかけられてるみたいなの」


 山城が、父に寺院で見つけた髪の毛と十円玉が入ったペットボトルを差し出す。


「預かったのか? なぜ当人は来ない?」


 訝しげに首を傾げた神主は、今度は堀を見た。


「本人は呪われたのも知らずに追い詰められて飛び降り自殺図ったんですよ! かろうじて助かってますけど! 何とかしてあげてください!」


「うむ」


 と、半信半疑な様子でペットボトルの髪の毛を見つめた神主は、ゆっくりと立ち上がって祈祷の準備を始めた。


 はじめにお祓いの開始を告げる太鼓が叩かれる。

 次は修祓しゅばつ

 お祓いに先立ち、心身をお祓いする儀式。

 祓詞はらえことばと呼ばれる短い祝詞を奏上したのち、榊でお祓いしてもらう。この時は低頭しなけらばならない。


 シン……とした御社殿内に、神主が動く度に衣擦れの音と、そして禊祓詞みそぎはらえのことばを唱える声が響き渡る。


「高天の原に神留ります 神魯岐 神魯美の命以ち ―――諸々の禍事罪穢を祓い給い清め給えと白す事の由を天津神・国津神・八百万の神等共に聞し食せと恐み恐み白す」


 厳かな気持ちで神に向き合い、祈り続ける。

 神なんて信じていないと言っていたのに、山城は、真剣な表情で祓詞を聞いている。

 堀は、何か苦行に耐えるかのようなひたすら我慢したような顔で目を閉じていた。


 次に祓いに使われるのは、塩。

 清めの塩が使われ、盛り塩する際は木製や陶器製の器に盛られる。

 更にこの塩を溶かした塩湯に榊の葉に浸した後、お祓いする対処に降りかけるように使う。

 呪いをかけられたペットボトル入りの髪の毛にそれをかけて数十秒後――


 俺は、それから黒い霧のような、人形ひとかたにも見える邪気が離れていくのを見た。

 山城も同じようで、目を丸くし、おののいた表情で現象を見ていた。

 やはり、彼女は霊能があるようだ。

 堀は見えないのだろう。

 山城の顔を見て、え、え、何?と周囲を見回している。


 神主が、今度は榊を俺に向けた。

 俺も穢れを被っていることには間違いないから、希望は薄くとも、呪いが解けないかと微かに期待して祓いを受けた。

 しかし――




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