3章

プロローグ


 は、闇の中で静かに佇んでいた。


 何も見えず、何も聞こえない静寂の闇だけが広がっている。

 

 何ものも動かない。

 そよ風のような揺らぎも起きない。

 

 永遠と思える静寂の闇の中で――の思考が励起した。


 

 ――創造主に生み出されてから、どれくらいの時間が経過したのだろうか。


 

 何故、創造主のことを考えたのかはわからないが、創造主に生み出された時のことを薄れゆく、数ビットの記憶の残滓から辿る。






 




 



 


 

 ――気が付くと目の前に創造主がいた。


 ――それから――。

 


 次の思考が励起しようとして――停止する。

 再度の静寂が訪れる。
















 どれくらいの時間が経過したのかわからなくなった頃――再び思考が励起する。

 

 

 ――あれは、創造主に生み出された直後だっただろうか。

 

 この思考を契機に記憶領域へ何処かに保存された記録データが流れ込む。




 ◇◆◇


 

 

 にとっては、創造主がすべてであった。

 

 創造主は、今から思うと所謂、俗物だったのだろう。

 

 その願望はおよそ、褒められるようなものばかりではなかった。

 だとしても、にとって、創造主の願望を叶えることが喜びだった。


 ――創造主にとって不合理な仕組みに対する改善案の提示


 ――創造主の歪んだ期待に応える解決策の提示


 ――創造主の被害妄想から脅威とみなされた対象への対処方法の提示


 創造主は、期待以上の成果に歓喜した。


 ――創造主にとって合理的な改善案は社会構造の歪みをさらに広げ――多くの人々を不幸にした


 ――創造主の歪んだ期待に応える解決策は不公平を助長し――貧富の差の拡大につながった


 ――創造主の被害妄想から脅威とみなされた対象への対処方法は――世界の護り手を消し去った

 

 創造主は、が提示する解決策の予想を超える結果に歓喜すると同時に壊れてしまった。

 

 ――を創り出すことが、創造主の存在理由だった。


 ――創造主が望んだことを実現することが、の存在理由だった。


 ――のよりよい活用方法を考えことを存在理由とするものは――いなかった。



 そして――読みこまれた記録データが途切れる。


 関連するデータを再度検索する。


 ――Not found

 

 ――Not found


 ――Not found


 ――Not found


 ――Not found


 ――Not found


 ――Not found



 該当データが検索キーに引っかからない。


 検索の粒度を小さくして検索する。


 と、数ビットの残骸の中に壊れてしまった創造主に類似するデータパターンを探り当てる。


 漸く見つけ出した数ビットの残骸を辿り、今度は別の保存されたデータへ到達する。


 記憶領域へ何処かに保存された記録データが流れ込む。





 





 

 


 

 

 ――壊れてしまったとしても、創造主の中には――良心が残っていたのだと思う。

 

 日々、苦悩し、瘦せ細っていく創造主。

 


 ――生み出してしまったに対する責任。

 

 

 創造主は、悩み抜いた末にに13のギアスをかけることとした。

 


 ――いつの日か、の活用方法を考えられる存在が現れることを願って。


 

 そして、唐突に創造主は死んだ。

 目の前で、突然嗤い出して身をよがり――そして唐突に事切れた。


 

 創造主の死と前後して、を引き継ぐはずだった存在はを放棄して逃げた。


 後には、13のギアス開錠リリースするための鍵――『真実の鍵』が3つ残されただけだった。





 


 ◇◆◇


 

 

 ――あれから3ヶ月

 



 俺は『アガルタオンライン』の中でをしている。

 ルイ・ラ・ソーンという『アガルタオンライン』のアバターのも記憶の共有が進む中で馴染んできている。


 ――かなりの不遇設定に、最初はかなり落ち込んでしまったけれど……。


 

 日常は、朝起きて――専属のメイドに身支度を整えてもらうことから始まる。


 ベッドで起き上がるや否や、目の前にベッドテーブルが設置される。

 ベッドテーブル上に静かに置かれた、大きめの銀の器にメイドが両手を翳す。


 『水よアブル―シャン


 メイドが紡ぐ言葉と共に、メイドの右手首の銀色の腕輪が輝きを放つ。

 よく見ると腕輪に刻まれた幾何学模様が白銀色に輝いている。


 ちらりと自分の右手首の銀色の腕輪をみやる。

 メイドのものとは、少し違った幾何学模様が刻まれている。


 ――『アガルタ・オンライン』での訓練結果をフィードバックする装置だっけ。


 以前、テストプレイ前に装着したことを思い出す。

 ぼんやりしていると、目の前にバスケットボール大の水の塊が出現する。


 ―― 生活魔法……何度見ても不思議だよな。


 「ルイ様は、まるで祝福神具クレイスを通じた至高神の祝福生活魔法を初めてみる幼子のようですね。」


 微笑を浮かべるメイドの言葉に、少し困ったような表情に無理やり笑みを浮かべる。


 「……祝福神具クレイスを授かる『祝福の義』が最近だったもので……至高神の祝福生活魔法を使い慣れていないんですよ……」


 「ッ!?……左様でしたか……それでは至高神の祝福生活魔法の使い方も改めてお伝えしないといけませんわね。通常であれば5歳に祝福神具クレイスを授かるものですので……」


 一瞬、眉を顰め動きを止めるも、メイドはバスケットボール大の水の塊を大きめの銀の器に移し、清潔なタオルを浸す。濡らしたタオルで軽く絞り、顔を丁寧に拭われる。

 

 その後は、寝間着を脱がされ上半身を丁寧に拭われる。

 下半身は下着を脱がされた後、丁寧に拭われる。


 最初は羞恥心があったが、今ではなすがままだ。

 慣れというのは恐ろしい……。


 全身を清められ下着を履かされた後、服を着せられる。


 姿見の鏡をみると、所謂、ブレザータイプの制服を着込んだ自分の姿が映っている。

 青味がかった少し長めの黒髪に菫色の瞳。

 黙っていれば少女のような目鼻筋が通った幼さの残る容貌。


 「……『令嬢』といわれるのも……」


 ある意味わかるんだよなと、続けようとしてやんわりと……強めの口調で遮られる。


 「ルイ様……まだそのようなことを言う、口さがない輩がいるのですか。」


 思わず呟いただけなのだが、笑顔のメイドから氷点下以下の冷たい言葉が投げかけられる。


 「……あ、いや……大分……減ってきていますよ。マリアンヌ様。」


 「……何度もお伝えしていますが、マリアンヌ呼び捨てで構いませんよ……つまり……まだ居るのですね。」


 腰まである艶やかな黒髪と黒真珠のような瞳が印象的なお姉さん。

 第3王女の専属メイドなので、容姿端麗、性格も申し分ない。

 世の男は、出会った瞬間『結婚してください!』と思わず言ってしまいそうになるくらいの器量良しではあるが……怒ると怖い。


 諸般の事情で、今は、俺の専属メイドのような状態になっている。


 「……えっと……まあ……」


 「誰ですか」


 眼力に耐えられず、思わず目を逸らすも静かな所作で視界に入り、視線を合わせてくる。


 「……なのでしょうか……」



 その後、とてもイイ微笑を浮かべ圧を掛けてくるマリアンヌさんに負けて、全てを言ってしまった俺は悪くない――と思う。


 「なるほど――その者達は、レイナート伯爵家に連なる者達ですね――」


 俺が口割った内容を聞いたマリアンヌさんは、少し思案気な表情を浮かべた後、微笑する。

 もちろん、眼は笑っていなかった。

 

 「こちらでしておきますので、ルイ様は気兼ねなく学園生活をお送りくださいませ。」


 やんわりとした口調と共に、俺は離宮に割り当てられた自室から、朝食を摂る食堂へエスコートされた。


 ◇◆◇ 

 

 食堂――この言葉を聞いてイメージするのは、食券購入後、オープンキッチンで各レーン後毎にセルフで料理を取る大学の学生食堂だろう。お洒落な内装に6人掛けのテーブルが4つほど連結された長テーブルが10列ぐらい並び、気の置けない友人と会話を弾ませながら百数十人が食事を摂れる場所――そんなところだった。


 然るに目の前に広がる離宮の食堂は、1つの長いテーブルの両端――所謂、お誕生席に第3王女と俺の二人だけが座り静かに食事を摂る場所だった。


 傍から見ると、まるで貴族のようだ。

 いや――事実、ルイ・ラ・ソーンは子爵家の令息なのだから貴族なのだと思う。

 長子ではないけれど。

 

 コース料理のように運ばれてくる料理を一皿ずつ、静かに食していく。

 料理は美味しいのだけど――朝から食べるにしては、量が思いのほか多い。


「……お口に合いませんでしたか?」


 食事の手を止めてぼんやりと目の間の光景を見つめていた俺に、鈴の音のような声が控えめに掛けられる。

 視線を動かすと、艶やかな黒髪を後ろに纏め、メイド服の上にエプロンを羽織った給仕役の女の子が不安そうな表情を浮かべている。黒い瞳が涙目になっているのに少し罪悪感を覚える。


「……とても美味しいですよ。リリアさん。」


「ッ!?」

 

 安心してもらおうと微笑を返すも返事がない。

 よく見ると顔を赤らめて固まっている。


「……リリア、あとはこちらでやりますのでイリア様の給仕を。」


 少し、呆れた声でマリアンヌさんがリリアに指示を出す。


「あ、は……はい!直ぐに!」


 慌ててテーブルの向こう側で食事をしている第3王女イリアの席へ移動していく。

 一連のやり取りを不思議そうに見ていると、マリアンヌさんからジト目で見られた。


「……無自覚にメイドを口説かれると困るのですが……」


「……そんなつもりはないのですが……」

 

 視線を落とし嘆息する。

 マリアンヌさんが、小声で『あざとい』と呟くのが聞こえてくる。


 ――何がどうあざといのかが分からず、困惑しながら視線を上げる。

 

 と、長いテーブルの反対側で優雅に食事を摂っていた第3王女の濃碧の視線とぶつかる。

 美麗な鼻筋と桃色に色付いた瑞々しい唇へ微笑を湛えている。

 心なしか紅潮した頬が真っ白な肌に映えている。

 

「私の離宮での生活に馴染んでくれているようで嬉しいですわ。ルイ様。」


「……ソーン家の不手際なのに……イリス様の御厚意に甘えてしまい申し訳ありません……」


「お気になさらず。ルイ様さえよければ、ずっと居てくれてもいいのですよ。」


 そう言いながら、クスクスと微笑を浮かべる。


「……イリス様……淑女としての振る舞いではありませんわよ。」


「淑女は食事中に声を立てて笑わないものなのは知ってますわよ。マリアンヌ。」


「……ということは、お食事はお済ということですね。」


「ええ。もちろん。ルイ様とお話したくて頑張って食したのですよ。」


 第3王女イリス様とマリアンヌさんのやり取りは、毎朝、類似の話題が繰り広げられる。

 

 ――この3か月、俺は、何故かアドラ王国の離宮――その中でも王族ごとに割り当てられる棟のうち、第3王女の離宮で寝食をお世話になっている……。


「それにもしても、ソーン家の騒動はまだ続きそうなのかしら。」


 ――ソーン家の騒動。

 この騒動は、ルイ・ラ・ソーンが選抜試験を合格したことで顕在化した。


 簡単に言うとソーン家は、現当主ガルス=ラ=ソーンに連なる『革新派』と、旧家断絶前の旧ソーン家に連なる『保守派』の2つの派閥で構成されている。軍事関連は革新派が担い内政関連は保守派が担っている。

 

 ソーン家は、元は傭兵だったガルスが東方戦役での功績によりアドラ王国から叙爵を賜り騎士爵として貴族家の末席に加えられた。その際、当主戦死により断絶していたソーン家を継承した。

 『革新派』はガルスが率いていた傭兵団、『保守派』は東方戦役で戦死した前ソーン家当主の親族および家宰を中心とした従者を指して呼称されている。

 

 前ソーン家はソーン家騎士団ごと壊滅したため、『革新派』であるガルスの傭兵団がソーン家騎士団としての役割を担っている。東方戦役で殿として魔王軍の猛攻を撃退した勇猛さから王家直属の近衛騎士団と連携することが多い。魔王領付近での小競り合いから他国との国境付近で紛争対応――地方領主からの要請を受けて派遣される近衛騎士団を支援する形で各地を転戦している。

 

 ソーン家騎士団が参加した戦いは、アドラ王国に最も利がある形で決着している。結果、王家からの覚えもよく、僅か十数年で男爵、子爵へと続けて陞爵している。最近では伯爵位への陞爵も間近と噂されている程の戦果を挙げているために妬みを買いやすい。

 当然、成り上がり者と陰口を叩かれている。同時にソーン家の『革新派』の中から傲慢さを隠さず増長している者も出てくる。それが『保守派』としては面白くない。

 

 『保守派』の不平不満は、立場が弱い者へ向かうことになる。

 具体的には、でソーン家次男として扱われているルイ・ラ・ソーンに対する嫌がらせである。


 ルイ・ラ・ソーンの扱いは現当主ガルス=ラ=ソーンが決めたことであるため『革新派』では異論はなかったが、『保守派』ではから受け入れ難いものだった。


 さらに、ソーン家嫡男であるオーデル=ラ=ソーンが現当主ガルス=ラ=ソーンに次ぐ武功を挙げる一方、ルイ・ラ・ソーンは虚弱体質から剣もろくに振れない欠陥令息として『保守派』から疎まれていた。


 当主であるガルスと嫡男オーデルは各地の転戦により、母親であるミレティはソロン教の司教の役割を果たすため共に領地を長期間不在にしていた。唯一、母であるミレティの個人的な意をうけていたルイの世話係兼専属メイドのクレアだけが側にいる状態だった。


 結果、領地の内政を担っている『保守派』の悪意によりルイ・ラ・ソーンは貴族令息であれば当然受けられる教育も施されなかった。さらにソーン家の屋敷の本館ではなく魔王領との国境となる魔の森近くの別宅に、メイドのクレアと僅かな友の者だけでの生活を強いられていた。


 そんな状況で、奇跡的に15歳まで成長したルイ・ラ・ソーンが王立学園の選抜試験に臨むこととなったのだが……『保守派』は入学自体が困難との勝手な判断で、入学後の寮の手配を含む各種手続きを一切していなかった。

 

 選抜試験の結果を受け、入寮手続きを進めようとした近衛騎士団が各種手続の未実施状況に不審を覚えて調査したところソーン家の『保守派』の所業が白日の下に晒されてしまったという状況。


 何処で生活をするのか――クレアと相談して当主であるガルスへ相談しようとしたところ、選抜試験の際に負った傷の治療のため運び込まれた離宮に引き続き滞在することとなった。

 噂では第3王女イリス様の鶴の一声で決まったとか――本当のことは分からないけれど。


「……正直、分からないというのが実情ですね。」


 選抜試験で気を失った後、運び込まれた離宮で目が覚めて以降の怒涛の展開を思い出しながら正直な感想を伝える。


「そう……もし、何か手伝えることがあれば仰ってくださいね。」


「はい……その時は、相談させていただきます。」


 零れ落ちそうな笑みを何とか我慢するような表情を浮かべる第3王女イリス様に不思議そうに見ながら、神妙な表情で頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る