2章

プロローグ

 『間もなく、人工幻夢大陸ネオ・アトランティカへ到着いたします。本機は、北米連合からの直行チャーター便です。幻想的な人工幻夢大陸ネオ・アトランティカへの空の旅をお楽しみください。』


 機内アナウンスを聞き流しながら、正面モニターを見る。

 機内前方の中央席には、白のワンピース姿のセミロングの女性と白のスカートスーツ姿の女性2人だけが隣り合った座席で座っている。少し離れた後方の左右の廊下側の座席には黒いスーツと黒いサングラスを付けた男性が1人ずつ座っている。

 

 映し出された闇夜に浮かぶようにビルや家屋、灯台の灯で形作られた正12角形が幻想的だ。


 搭乗している航空機の速度に合わせて、正面モニターの正12角形がゆっくりと大きくなる。


「……帰ってきたんだ……お父様、お母様……塁君……会いたいよ……」


 呟いた言葉が震えているのに気付き、胸の前で両手をギュッと握りしめる。

 いつの間にか、正面モニターの正12角形が滲んでいる。


 北米連合では、本当にいろんなことがありました。

 北米連合でのへの参入のこと。

 睦月グループがとその対策のこと。

 

 私が人工幻夢大陸ネオ・アトランティカへ戻っている間は本田さんが、北米連合での事業を進めてくれているけれど、出来るだけ早く戻らないといけません。


 会いたい人への想いと、自分の立場に対する考えとが私の中でせめぎ合う。

 

 そんな私の中でのせめぎ合いを知ってか知らずか、熱い雫が頬を伝って、握った両手の上で弾ける。


「あッ……」


 泣いていることに気付き、手で拭おうとするも横合いから白い絹のハンカチが頬に押し当てられる。そのままあふれ出す涙をせき止めるように両目を閉じる。


「……メイクが台無しですよ……」


 言葉と裏腹に、優し気な眼差しの銀髪の専属メイドの言葉に頷く。


「……ごめんなさい……暫くこのままでお願いできますか?」


「……着陸態勢に入るまでですよ?」


「……はい……」


「……社長と奥様の容体ですが……意識が戻り始めているとのことでした。」


「……はい……」


「……それと……葉月様から、先ほどご連絡がありました……」


 その言葉に、思わず目を見開きステラさんを見る。

 頬に押し当てられているハンカチを両手で受け取る。


「と、智也くんからは、な……なんて連絡があったんですか?」


「……その、檜山様はアルバイトの関係で日程調整が必要だと……」

 

「えッ!?……あ、アルバイト……ですか?」


 予想外の内容に思考が真っ白になる。


「……学費などはご両親の遺産で賄えるものの生活費補填のための手段とのこと」


 社員の遺族が生活に困らないように睦月グループが支払っているはず。

 毎月、自分が決済しているのだから……と、そこまで考えてあることに気づく。

 

「……睦月グループが毎月、社員の遺族向けに立て替えている支払項目をおしえてください!」


 ステラさんは、膝上に置いたタブレット端末を両手で持ち、操作をする。


「社員の遺族に対して提供される住居の家賃、光熱費……生活費は月10万までが支給されるはずですが……」


「……そうですよね……」


 もしかして……私と会わないための理由として嘘を言っているんじゃ……。

 悪い方へ思考が向きを変え始める。

 

「ッ!?……これは……」


「ど、どうしたんですか?」


「檜山様に限っては……支払対象が、家賃と光熱費のみとなってます。」


「えッ!?……ど、どうしてですか?」


「……檜山様のお父様が生前に家賃と光熱費のみとする旨の申請をされているが原因のようです。」


「そ……それじゃあ、塁君は大学に通いながらアルバイトで生計を立てているんですか?」


 塁君の状況を知り、脚がすくむ。


「……わ、私は、塁君を助けられて……いなかった?」


 目の前が、一瞬、真っ暗になる。


「……いえ。少なくとも、住居の提供と光熱費だけでも学生には、十分ですよ。」


「えッ!?……で、でも……」


「恐らくですが、檜山様のお父様は、金銭を得る仕事を経験させたかったのではないでしょうか?」


「……」


「まずは、檜山様とお会いになってからかと……」


「……」


「その時、生活費の支給をご希望されるのかを確認されてはいかがでしょうか?」


「……わかりました。」


「……では、まずは葉山様と、檜山様とお会いする日程調整を致しますね。」


「……お願いします。」

 

 私は働くということがどういうことなのかを、この時理解できていなかったんだ。

 塁君と再会することで、自分が如何にものごとを知らないかを思い知らされた。


 そして……睦月グループの決済業務を行うことだけが、仕事だと思い込んでいた自分を恥じ入るのは、この後のことだった。

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