プロローグ2

 幼少の頃は、何不自由のない生活をしていたと思う。


 姉と母がいて、仕事で帰りの遅い父がいた。

 気立てが良く、父を立てながら平穏な家庭を維持していた母は、それなりに発生していた苦労を俺に気取られることなく陰ながら頑張っていたと、後に知った時は頭が下がる思いだった。


 父は商社に勤務していたらしく、取引先との商談で海外出張へ行く度に俺や姉にお土産として、変わったモノを買って来てくれた。


「まーた、役にも立たないモノを買って!」


「いや……今度こそは、役に立つハズだ!」


「はあ……母さんが頑張って家計のやり繰りしてるっていうのに無駄遣いばっかり」


「それは……申し訳ないとは思ってるが、お前達のことを考えてだな……」


 姉は、その度に父へ文句を言っていた。

 今から思えば、父は、そんな姉の反応を面白がっていたのかもしれない。


 そんな俺と言えば、父が買って来てくれたモノをどうやって使うのか試行錯誤しては、姉から嗜められていた。

 

 姉は、俺が物心ついた時から何かにつけて色々と世話を焼きたがり、俺が父のお土産の使い方を試行錯誤して考えているのを見つけては『父さんが買ってきたお土産は、呪われているかもしれないから捨てなさい』と言ってやめさせられていた。

 

 俺はそんな姉が疎ましいと思う反面、俺の事を思ってのことだと思い従っていた。までは。


 あの日。

 突如、幻想洞窟ダンジョンが出現した。

 湧き出した魔獣モンスターによって俺達家族の住む街が蹂躙された。

 

 飛び交う怒号、逃げ惑う群衆。

 

 揉みくちゃにされながら姉と母を小さな身体で守りながらたどり着いた避難所。

 そこで、俺は御守り代わりに持ってた短剣型のアミュレットを握り締めていた。

 

 避難所までの道すがら、多くの魔獣に襲われた人だったものを目の当たりにした俺は、恐怖よりも激しい怒りを覚えていた。


「これはな、鞘から抜いて願えば何でも1つだけ叶えてくれるモノなんだよ」


「何でも1つ叶えてくれるの?」


「ああ、そうだよ。本当に困ったときに鞘から抜いて声に出して願いを言うんだ。御守りとして常に持っていると良いよ。」


 そう言って鞘に納められた短剣を、父さんはいつになく真剣な表情で渡してくれた。

 鞘は古びた幾何学模様で装飾されており、短剣自体は20cmほどの長さだった。

 

 幻想洞窟ダンジョンが出現したのは、それから1週間後の事だったから、父さんなりに何かの予感があったのかもしれない。

 短剣を渡してくれた翌日、海外出張で家を空けることに複雑な表情をしながらも『男の子なんだから、母さんや姉さんを守るんだぞ』との言葉を俺に託して。

 目線を合わせるために跼み、俺の両肩に手を置いた父さんの表情は今でも忘れられない。


 避難所は夜戦病院の様相を呈しており、母や姉が怪我の手当を手伝う傍ら、俺は配給の手伝いをしていた。

 国防軍や警察が避難所を魔獣の群から防衛してくれてはいた。

 だけど、負傷者が途切れることなく避難所に運び込まれてくる状況に焦燥感を覚えた俺は、気がつくと避難所の裏手で父さんから渡された短剣を握り締めていた。


「何をするつもりなの?」


 声がした方を向くと、負傷者の血で所々汚れた白いワンピース姿の姉が真剣な眼差しを向けていた。

 腰まである栗毛を後ろにポニーテールのようにまとめ、綺麗な焦茶色の瞳でこちらをジッと見つめている。長いまつげが、整った鼻筋と控えめな紅色に色づいた可愛らしい唇とともに、健康的な小麦色の肌に映える。


 弟からみても、姉は美少女だと思った。

 こんな時でも思わずその容姿にドキリとする。

 

「僕が……何とかしなくっちゃ」


「累が何かする必要あるの?それに……こんな状況を子供1人がどうにか出来る訳ないじゃない!」


「そんなの、やってみないと分からないじゃないか!」


 言うや、僕は手に持つ短剣の柄を握りしめた。

 

「えっ!?……だ、だめよ!……危ないから絶対にだめ!」


 姉は、俺が鞘から短剣を抜こうとするのを見て慌てて止めようとした。

 でも、俺は姉の制止を振り切って短剣を抜くと声に出して願ったんだ。


「僕に、幻想洞窟ダンジョンから湧き出した魔獣をやっつける力を下さい!」


 そう声高に願ったと同時に眩しい光が抜いた短剣の刀身から溢れだし、俺を包むように広がった。

 光が俺を包んだ眩しさに目を瞑る時、泣きそうな顔で姉が僕に手を伸ばしていた。

 それが、俺が姉を見た最期の光景だった。


 気がつくと、眩しい光は収まり、抜いた短剣と鞘はボロボロと崩れて灰になっていた。

 そして、目の前に居たはずの姉も居なくなっていた。


 とんでもないことをやらかしてしまった気がして、慌てて避難所で負傷者の手当てを手伝っている母を探した。


「母さん!姉さん……姉さんは帰って来てる?」


「あらあら……どうしたの?そんなに慌てて」


 血相を変えた俺を見るなり、母は戸惑い半分、苦笑い半分の表情を浮かべた。


「さっきまで姉さんと一緒だったんだけど急に居なくなったんだ……姉さんは戻ってきてるの?」


「姉さん?……累、何を言っているの?」


「だから、姉さんが居なくなって……だめって言われていたアミュレットに「累いい?」」


 支離滅裂なことを言う俺を落ち着かせようと、戸惑いながらも母さんは俺を抱きしめながら、言い聞かせるように優しく耳元で囁いた。


「あなたに、お姉ちゃんは居ないわよ。私の子供は、累……あなただけよ。」


「え?……」


「もう一度言うわね。あなたに、お姉ちゃんは居ないわよ。」


 諭すように優しく繰り返す母の言葉に、俺は頭の中が真っ白になってしまった。

 どうやって、避難所で割り当てられた寝床に戻ったかもわからない。

 

 気が付くと、慌ただしく重傷者を搬入している様子を呆然と見ていた。


「あ……手伝わないと……」


 ノロノロと起き上がり、近くに置いてあった救急箱を両手で持つと、搬入された国防軍の負傷した兵士に近づく。


「……あ、あれは……だ、だめだ……俺達……こ、殺されるんだ!」


 あと数歩までの距離に近づいた時、兵士は突然、発狂したかのように叫ぶと泡を吹いてこと切れてしまった。

 突然のことに俺は、尻餅をついて呆然と、その様を見ていた。


「……なんなんだよ……なんで誰も救えないんだよ……」


 拳を握りしめるも、目の前の負傷した兵士を介抱することすら、俺にはできなかった。

 

 ……俺は……何もできず、ただ人の死を目の前で見続けるしかなかったんだ。

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