05-07 『ハーゼ探偵事務所』 Side:―
彼女は、とても心優しい人だった。
困っている人がいれば必ず悩みを聞いてあげて、出来るだけ解決しようと努めて。
私にとってはまさにヒーローのような存在だったのよ。
だから、10年前、突然「女の子を拾った」なんて飛び込んできた時も、「彼女ならそんな事もしそうだな」なんて思ってしまった。大して驚かなかったのを覚えているわ。
当時はこの商店街も随分と寂れていてね。お客さんもそんなに来ないからって、彼女は山茶花珈琲店の狭い屋根裏部屋で、何日も必死に看病していたのよ。
そして数日後、女の子はやっと目を覚ました。家族も、帰る場所も無いって言ってたけど、唯一名前だけは名乗ったの――ハーゼってね。
次に彼女が私のところに来た時には、もうハーゼちゃんが山茶花珈琲店に住み込むことが決まってた。
最初は私含め、商店街の皆が反対したのよ。素性も分からないような女の子を働かせるなんてダメだって。
私たちも無駄に排他的な部分があったから、商売上手く行ってなかったんでしょうね。
でも、反対を受けながらも、彼女の意志は強かった。
最後はハーゼちゃんの働きっぷりに押されて、自然と反対意見は消えていったわ。
知っての通り、ハーゼちゃんはすごく良い子で、頭も良かった。
山茶花珈琲店で働きながら、いつも誰かしらを手伝っては笑顔の真ん中に立ってた。
そのうち、ハーゼちゃんを目当てにお客さんが来るようになるくらいには、山茶花珈琲店やこの商店街も繁盛していったわ。
ハーゼちゃんは人を惹き付ける力を持っているのね、きっと。
でも、人気になればなるほど、それを恨む人も多くなる。
彼女が消える数ヶ月前から、定期的に嫌がらせのような内容の手紙が山茶花珈琲店に届くようになったの。
彼女から相談を受けて、私も実物を見たことが有るんだけど、なんていうか……その、違う言語で書かれているような感じで。全く理解できない気味の悪さがあったわ。
そしてとある夏のある日、彼女は忽然と消えたの。
部屋はそのまま。争った形跡もなく、まるで神隠しにでもあってしまったかのように。
その時のハーゼちゃんの悲しそうな顔は、一生忘れられない。
商店街の皆総出で、一ヶ月ほど捜索したのだけど、全く足取りがつかめなくてね。
結局、山茶花珈琲店は彼女の弟夫婦が次ぐことになって、彼女は亡くなったことにされた。
でも、ハーゼちゃんは諦めきれなかったみたいでね。「何があっても絶対に探し出す!」って意気込んで、皆が諦めた後もずっと探してた。
その様子に、私達もなんだか申し訳なくなってきてね。それで、何が出来たと思う?
そう、皆でお金を出し合って、『ハーゼ探偵事務所』を作ったの。
場所は、商店街からはちょっと遠くなっちゃったけれど、不動産屋のおっちゃんの知り合いに特別に安値で貸してもらって、家具は木材屋の知り合いのツテで余った木材を使って作ってもらって。
あそこは言わば皆の優しさの結晶ね。
……知らなかった?
まぁ、しょうがないかもしれないわね。ハーゼちゃんは子供の頃から、昔の話をするのが苦手みたいだから。
でも、探偵事務所に入らせてくれるってことは、飛鳥くんのことをきっと信頼しているんじゃないかしら。
……そうね。
ハーゼちゃんはまだ、彼女のことを探していると思うわ。
あの子はそう簡単に諦める子じゃないもの。
でもあまり思い出したくない思い出だろうから、この話はここだけの秘密ね。
ジキルとハイドと白兎 みぃ @Mily
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