00-02 『ジキル』  Side:Jekyll

高層ビルの屋上。電波塔のてっぺん。

そんな高い場所から街の夜景を眺めるのが、いつしか趣味になっていた。


ビルの窓から溢れ出る光の一つ一つが、遠くにぼんやりと光っている月と相対しながら、地平線まで宝石のように色を付けている。地上の賑やかさとは打って変わって、ここは心地の良い静寂と、僅かなそよ風で満ちている。


大都会の、新鮮・・・とは言い難いが、冷え切った空気を吸い込む。


今、俺は世界の頂点に立っている。この世の全てが、俺の思い通りになる。欲深い人間らしく、そんな妄想をするのが好きだった。


たとえ、それはもう叶わない願いだと自分では分かっていたとしても。


俺には双子の兄がいる。彼は俺とは正反対の人間だ――ただ一点、外見だけを除いては。彼は、絵に描いたような、文字通りの良い子だった。


物静かで、いつも本を読んでいる彼だったが、目の奥には現実を拒むような強い光を湛えている。


俺は、そんな彼が正直羨ましかった。


そんな感情を抱く事さえ無ければ、俺達の人生は違う道に進んでいたのだろうか。


着信音がピピッと鳴る。通信機をポケットから取り出して起動させる。音がして、録音されたメッセージが自動で再生された。


『Jekyll、こちらの撤退準備は完了した。あとはお前に任せる』


ノイズ混じりの低い声が無機質に流れる。


それが終わるのを合図に、手すりの上から右足を大きく一歩踏み出して、俺は――飛び降りた。


冷たい風が全身に強く吹き付ける。眼下に遠くまで広がっていた夜景が、段々と目の前へ、そして上へと流れていく。好きな時間が終わってしまった事に少しだけ寂しさを覚える。


でも、これ以上ここに居る訳にはいかない。


空中で器用にバランスを取りながら、半回転して、膝を付いて着地する。


よし、誰にもバレていない。


「作戦成功、帰還する」


そう低く通信機に囁いてから、俺は薄暗い路地裏を歩き出した。

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