第17話 この村に来て

 あれから十年がたった。村のあちこちで楽しそうな歌声が聞こえる。田んぼや畑一面には様々な実りが広がっていた。今年も豊作だった。

 多くの農作物の収穫に喜ぶ大人たちの周りを子供たちがはしゃぎまわる。みんな笑っている。そこには幸せと喜びが溢れていた。

「そんちょー、そんちょー」

 子どもたちが舌っ足らずの口で、私にまとわりつく。

「これこれ、村長さんがそれじゃ歩けないでしょ」

 カティが子どもたちをたしなめる。カティも、もう五人の子供のお母さんだ。

 村人総出で苦労して作った水路が完成すると、貧しかった村は、生まれ変わったように実りの多い土地に変貌した。田んぼや畑が青々として、様々な作物が実り、家畜が増え、村の子ども増えた。

今日は収穫祭だ。

母さんもその準備に、村の中を忙しそうに動き回る。

「メグ、トウモロコシもこんなに豊作だよ」

 母さんは採れたてのトウモロコシでいっぱいになった竹かごを抱え私の横を笑顔で通っていく。母の表情もここに来てからぐっと良くなっていた。兄が生きていた時にも見せなかったような、柔和で穏やかな顔をしている。

「母さん、少し休憩しよ」

「うん、そうだね」

 私たちは、縁の下に座ってお茶を飲む。日本の縁の下もわざわざ村人に言って作ってもらった。

「あっ、そうだ。お菓子があるんだ」

 そう言って、母さんは懐からお菓子を出した。

「そんちょー、何食べてるの」

 すると、それを目ざとく見つけた村の子どもたちがすぐに寄ってきた。

「はははっ」

 私と母はそれに笑い、子どもたちにお菓子をあげる。

 子どもたちは、へへへっと笑いながら、お菓子を食べつつ私たちに体を摺り寄せて来る。

「全部、食べられちゃったね」

 私が笑いながら母を見る。

「いいよ」

 母も気にしない。村の子どもたちは素朴でちょっといたずらで、でも、自分の子どものようにものすごくかわいかった。

「母さんごめんね。結局、家手放すことになっちゃって」

 結局、あれだけ頑なに守っていた家も、私たちが夜逃げしたことで借金の形に持っていかれてしまった。

「いいんだよ。その方がよかったよ」

 母は、何の未練もないさっぱりとした表情で言いながらお茶をすすった。

「愛美、収穫したコメ、多過ぎてもう倉庫に入らんぞ」

 そこに父がやって来た。父も、農作業にいそしむ毎日の中で、日増しに昔のバリバリ働いていた逞しい父に戻っていた。今では、米作りのリーダーになって、村人に頼られ、指導するような立場になっている。

「じゃあ、また、備蓄庫を増築しないとね」

「ああ、そうだな」

「ティマに言っとくよ」

「ああ、頼む」

 ティマも今では若手のリーダーになり、何かと頼りになる存在になっていた。

 全てがうまく回り始めていた。何もかもが円滑に見事なほどうまく回っていた。幸せだった。心の底から幸せだった。なんの憂いも不安もなかった。ただ、みんな温かく、幸せで、毎日が楽しかった。

「おうっ」

「あっ、マコ姐さん」

 マコ姐さんがやって来た。マコ姐さんには収穫祭があることを手紙で知らせていた。マコ姐さんも一度私の村を見たいと言って、ここに来ることを手紙に書いていた。

「久しぶり、なんか良い感じじゃねえか」

 村を見回しマコ姐さんが言った。

「なんにもねえけど」

 マコ姐さんはそう言って笑った。私はもうここの暮らしに慣れたから、とても豊かに見えるけど、日本の感覚だとそうなるのだろう。

「電気も来てねえんだろ」

「はい」

「電気の無いとこなんて 生まれて初めてだな。大丈夫なのか」

「はい、慣れですよ。あっ、マコ姐さんの子ども?」

 マコ姐さんの足元を見ると、二人のやんちゃそうな子どもが私を見上げていた。

「そう、やんちゃ盛りさ」

 まだ小さかったが、本当に元気が有り余っているといった感じの、マコ姐さんそっくりの男の子と女の子だった。

「結婚したんですか」

「ああ、旦那はあそこからやって来るよ」

 見ると、遠くの方から家族全員の荷物を一人大量に抱え、ヒーヒー言いながら歩いて来る男がいる。

「あっ、あの人」

「そう、あいつ」

「へぇー、遂に落としたんですか」

 前にマコ姐さんが言っていたヒロシという名のホストだった。

「まっ、女の執念だね」

「さすがマコ姐さん」

「まあ、今はホストじゃねえけどな」

「何してるんですか」

「配管工の見習いだよ。日当七千円」

「へえ~、確か年収一億とか稼いでた子ですよね」

「ああ、そんな時代もあったな。ははははっ」

 そこでマコ姐さんは豪快に笑った。

「マコ姐さんは今何しているんですか」

「まあ、基本主婦だけど、時々、近所のスーパーでレジ打ちやってる。時給八百五十円」

「へぇ~、確か月収二千万とか稼いでたんですよね」

「ふふふ、まあな、昔の最高月収な。まあ、そんな時代もあったな」

 マコ姐さんはおどけるようにして笑った。

「このあたしが、今じゃ千円二千円の金を節約節約の毎日だよ。自分で笑っちゃうよ」

 そして、またマコ姐さんは笑った。

「あの豪快な金遣いのマコ姐さんが」

 私も笑ってしまった。

「でも今が一番充実しているよ」

 マコ姐さんは穏やかな表情で言った。

「そうですか」

 そこでやっと、マコ姐さんの旦那が私たちのところに辿り着いた。

「あっ、どうも」

 息をハアハア言いながら、ヒロシ君がぺこりと私に頭を下げる。久しぶりに見るヒロシくんは、逞しく日に焼け髪も真っ黒で別人のようだった。大きな黒縁のメガネまで掛け、ホストをやっていたなんて信じられないくらいまじめそうな青年になっていた。

「ゆっくりしていってくださいね」

「よろしくお願いします」

 ヒロシ君はまじめに頭を下げた。その様子がおかしくて、また私とマコ姐さんは笑った。それを、なんで笑われたのか分からずヒロシ君が、きょどきょどと私たちを交互に見る。それがまたおかしくて私たちはさらに笑った。

 この人となら、絶対マコ姐さんも幸せになれる。私は思った。

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