第13話 やはり重くのしかかる借金

「どうしてそんなに良くしてくれるんですか」

 私は前から疑問に思っていたことを、タコ社長に訊いてみた。タコ社長は、何の縁もゆかりもない私に、ものすごく良くしてくれる。それは少し過ぎるほどだった。私はそのことが前から気になっていた。

「私の娘にそっくりなんだ」

 タコ社長は言った。

「・・・」

「君を初めて見た時、私は心臓が止まりそうになったよ。そのくらいそっくりなんだ。まさに生き写しだった」

「それだけですか」

「それだけだ」

 そういえば私がよりちゃんを助けたのも、唯と顔が似ていたからだけだった。

「私の娘はね」

「はい」

「自殺したんだ」

「・・・」

「それは私への復讐なんだ」

「・・・」

「私は娘を愛していた。世界中でこんなにかわいい存在はなかった。私は堪らなく娘を愛していた。本当に命に代えてもいいくらいに思っていたんだ」

「・・・」

「それを娘自身が奪ったんだ。それが娘の復讐なんだよ」

「・・・」

「娘は私を憎んでいた」

「・・・」

「私という存在を心底嫌悪していた」

「・・・」

「だが、私は娘がかわいくて仕方なかった」

「・・・」

 何があったのかは聞けなかった。


 何年振りかで家族三人で食卓を囲む。おやじもやっと酒が抜け、納戸から出ていた。母も父も大分依存症から回復して体力も思考力も戻り始めていた。家族という歯車が、また少しずつ回り始めていた。

 しかし、やはり借金問題は重くのしかかっていた。以前よりもさらに強烈な借金取りたちが、私の家にやって来ては、猛烈なその取り立てをする。

 雅男の三億、家の借金、よりちゃんの借金。カティの村からもお金の催促がやって来る。三人分の生活費も稼がなければならない。懸命に働いているのだが、生活は苦しくなるばかりだった。確実に私の支払える許容範囲を大きく超えていた。

「はあ、突然三億円が振り込まれてないかなぁ」

 ため息をつき、私はそんなありえない妄想をしながら、今日も振り込みのためATMの前に立つ。そして、いつものように暗証番号を押し、自分の口座残高を見た。

「ん?」

 そこに何か見たことのない数字が並んでいた。私は画面に顔を近づけ凝視する。

「えっ?なんだこれ?」

 私はとりあえず右端から桁を数え始めた。

「一、十、百、千・・」

 なんか今までにまったく見たことのない桁だ。私の心臓はドキドキと壊れそうになるほど高鳴る。

「三億?」

 それは三億だった。何回数え直しても、それは三億円だった。

「・・・」

 突然私の口座に三億円が振り込まれていた。

「どういうこと?」

 私は訳が分からず、茫然とATMの画面を凝視する。

「生命保険?」

 振込先の名前を見ると、そこには生命保険会社の名前があった。私は慌ててその振込先に電話した。

「天野雅男様の保険金のお支払いです」

 電話の先の保険会社の女性は、抑揚のない声でそれだけを言った。

「・・・」


 私ははふらふらと、帰り道を歩いていた。

「雅男・・」

 雅男は巨額の生命保険に入っていた。その支払額がちょうど三億だった。

「雅男・・」

 雅男は私を受取人にしていた。多分、雅男は自ら死ぬつもりだったのだろう。

「雅男・・」

 私の中に堪らない思いが湧き上がってきた。雅男はやっぱり、私のことを思ってくれていたのだ・・。

「雅男・・」

 これで雅男の借金は全額返済できる。家の借金だけなら私一人で何とか返していける。雅男のやさしさと、今まで背負ってきた重荷が取れた反動で、私は、空を飛べそうなほどに身も心も軽くなり、その晴れ渡った真っ青な空に飛び上がっていった。空をふわふわと漂う私を、雅男の温かさがやさしく包み込んでいく。

 私は、そんな雅男の温かさに抱かれながら泣いた。

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