第11話 私ぐらいのもの

「はい、あ~ん」

 桐嶋にごはんを食べさせる。

 桐嶋はどこも引き取り手がなく、うちで面倒をみていた。役所も精神病院も、何回も行って交渉したのだが、なんやかんや言い訳めいた理屈をこねくり回すだけで、まったく誰も動こうとせず、さらにあっち行ってくれ、あっちに言ってくれと、様々な部署にたらい回しにされ、その地獄の無限ループで私はもう諦めた。

「ご飯くらい自分で食べろよ」

「あうあう、ぐぐっ」

 しかし、桐嶋はよだれを垂らしながら、あうあう言うだけだった。

「しょうがねぇなぁ」

 そして、私は結局桐嶋にまたごはんを食べさせる。

「本人がストーカーの面倒みるなんて私くらいのもんだよなぁ・・」

 自分で呟き自分で呆れてしまった。


 よりちゃんのお見舞いに行くと、よりちゃんがベッドの上で泣いていた。

「どうした」

 私が聞いても答えようとしない。布団を被って泣きじゃくるだけだ。

「そういえばなんか匂うな」

 私はよりちゃんの被る布団をひっぺがした。

「わっ」

 そこは、糞尿まみれになっていた。

「どうしたんだ。看護師は?医者は?」

 よりちゃんは泣いているだけだった。

 私は布団も汚物も全部片付け、よりちゃんのお尻もあそこも全部きれいに拭いてやった。

 よりちゃんは泣き続けていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。うっ、うっ」

「気にすんな」

 私はよりちゃんに新しい服を着せる。

「こんな病院すぐに出よう」

 私はよりちゃんの荷物をまとめ、よりちゃんを背中に負ぶった。

「何してるんですか」

 そこに、看護婦が病室に入ってきた。

「うるせぇ」

「ちょ、ちょっと誰か、誰かぁ~」

 看護婦が叫ぶ。しかし、私は止めに来る看護師たちを振り切り、負ぶったよりちゃんと共にすぐにその病院を出た。

「もう大丈夫だからな」

 私が声をかけると、よりちゃんは、私の背中で泣いていた。


「ああ、明日はダメです」

「なんでだよ」

 マコ姐さんが食べかけのホッケの干物を置いて私を見る。私たちはいつもの居酒屋池田屋にいた。

「入院するんです」

 私は湯豆腐を食べながら答える。

「はい?お前どっか悪いのか」

「いえ、私は悪くないんですけど、よりちゃんに腎臓を一個あげるんです」

「はい?」

 マコ姐さんは、突然宇宙人を発見したとか言い出す人間に遭遇してしまったみたいな顔をした。

 よりちゃんの転院先の病院はタコ社長の紹介で、すぐに見つかった。今度の病院は、医者も看護師も感じがよく、安心して任せられそうだった。

「腎臓って三つも四つもついてんのか」

 マコ姐さんがポカンとしたまま訊く。

「いえ、二つです」

「それを一個やっちまうのか」

「はい」

「・・・」

 マコ姐さんは、全宇宙の物理活動が一時停止したみたいな顔で、しばし茫然と私を見つめた。

「お前正気か?」

「はい」

 私は野菜ために箸をのばしながら答える。

「ここの野菜炒めおいしいですよね。量も多いし」

「ほんとお前はどこまで人が良いんだよ」 

 マコ姐さんが呆れる。

「ストーカーの面倒までみてんだろ」

「はい」

「世界中でお前くらいだぞ、ストーカーの被害者がストーカーの面倒見ているの」

「ええ、それは私も思いました」

「思いましたって、お前・・」

「もうやけくそですよ」

「やけくそでできることじゃないだろ」

「そうですかね」

「そうだよ。腎臓人にやるって、親でも考えるぞ」

「いいんです、私なんか、もう」

「赤の他人に腎臓一個やっちまうなんて。しかもお前の彼氏寝とった奴だろ」

「はい・・、もうなんだか。自分でもわけわかんないです」

 でも、私は後悔も悩みもしていなかった。むしろ逆に、不思議と私は晴れやかな気持ちだった。

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